第6話 転落

 かき分けた葉が擦れ、踏まれた枝が折れる音だけが響いている。音が聞こえたのは一度だけで大まかな方角くらいしかわからないから、もしもう一度音がしたとき気付けるように、僕も先輩も息を潜めて歩いていた。


 とはいえ道をつくりながら進まなければならないため、かなりゆっくりとしたペースだ。登っていたときと比べてもなお遅い。仕方ないことではあるが、やきもきする。


「なにもありませんね。こんなに離れてなかったと思うんですけど……やっぱり気のせいだったのかな」

「低く響く音、だったか。動物の鳴き声ではなかったんだろう?」


 先輩は脇の茂みを覗き込み、抑えた声で僕に尋ねる。


「たぶん……というかほんとに聞いたことがない音で、しかも一瞬だったので……」

「その音の前に何か、前兆みたいなものはなかったのか?」


 前兆。何か、あっただろうか。僕は数分過去の自分に思いを馳せる。先輩ほどの記憶力はないが、できる限り鮮明に思い出す。


 ――そうだ。僕はあの時何かに違和感を覚えたはずだ。あの時の僕は、いったい何を『妙だ』と思ったんだっけ。


「……あっ」

「どうした?」

「前兆かどうかはわかりませんけど、音がした少し前から辺りが騒がしくなりませんでした?」


 あの時は僕の意識の問題だと思って気にしていなかったが、もしかして本当に音が増えていたとしたら。現に今はあれほどの音は聞こえない。慣れからくる余裕が原因なら、今の僕はもっと音に注意を払えて然るべきなのに。


 さらに足を進めながら、僕は先輩の方を顧みる。


「なあ、神田。ひょっとするとその音って――っ!」


 言葉の途中で何かに足を引っ掛けた先輩の身体が、斜面だったことあって大きく傾く。まずい。僕は全力で彼女の腕を掴み取り、こちらへ引き寄せる。


「――えっ?」


 木が横倒しになっていく。視界が下に流れる。地面の感覚がない。先輩は僕の身体にしがみつき、目をかたく閉じていた。


 そして、衝撃。反動で軽く浮いてしまうほどに、身体側面を何かに強く打ち付ける。くぐもったうめき声が口から漏れる。そこで初めて、自分が彼女もろとも倒れたのだと気付いた。


 全身が何かに擦られるような感覚。思わず閉じていた目を開く。視界が未だに流れていて、戦慄する。身体が浮いたせいで勢いを殺しきれなかったのか、僕らは斜面を転がり落ちていた。背中や肩を何かにぶつけ、その度に目の前を火花が散った。


 ――あ。また、地面がなくなった。今度は長い。どうして。

 瞬間、内臓がすべて口から飛び出たのではないかと錯覚するほどの衝撃が背中に伝う。抗うこともできず、僕は意識を手放した。

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