第4話 調査

 この学校は片側が町、反対側が山に隣接する場所に立地している。そして校舎は敷地の中でも、山にほど近い所に建てられていた。よって、山と校舎に日が遮られ、ほぼ丸一日日陰になる場所が存在するのだ。そのためこの場所は夏場の運動部にとって格好のサボりスポットになっているが、他の季節にここに来る生徒はあまりいない。日陰以外はなにもないのだから当然といえば当然だ。近道として通るだけならまだしも、まだ肌寒さの残るこの時期にこの場所自体を目的とする人間がいるというのは考えにくい。


「先輩、どうですか? なにかありました?」


 僕はスマートフォンのライトを頼りに地面を探っている人影に、声をかける。影は身体を起こし立ち上がると、また周囲にライトを揺らした。


「うん……そういう君はどうだ? なにか引っかかることはないのかい?」

「そうですね……小野寺さんの言っていた通り、あの葉と同じようなものが地面の至る所にあって……これの配置になにか意味があるのかとも思いましたけど、特に規則性もなさそうです……強いて言うなら端の方に多いような気がします。目立たないようにしてるんでしょうか」

「なるほど、いい着眼点だ……これを見比べてみろ。左が小野寺が持ってきた葉、右が今ここで拾った葉だ」


 先輩は僕の方に歩み寄ってきて、手を差し出す。僕は自分の携帯のライトで、先輩の手元を照らした。


「見比べろって言われても……葉の細かい形とかの違いはありますけど、同じものじゃないんですか?」

「そう、同じだ。どちらも同じ種の若く綺麗なみずみずしい葉が三枚貼り合わされている。そしてここにはこれが大量に用意され、配置されている……ところでこの葉、いったいどこから持ってきたんだろうな」

「あっ……落ち葉ならそこらにありますけど、そんな緑の葉はこの辺りにはどこにもない……! だとしたら……」

「そ、この山から持ってきたって考えるのが妥当だよね」


 それに、そもそもまだ若々しい葉がこんなに沢山自然に落ちるわけもない。どこかの木から直接葉を取ってきたとするのが自然だろう。あれ、でもそれだったら――


「あの、先輩、葉を違う場所から持ってきたっていうのは同意なんですけど、山とは断定できなくないですか? それこそ犯人の家の庭とかにあったりしたのかもしれないし……」

「この葉をつける木は太く、大きく育つ。庭木には向かない種だ。不可能というわけじゃないが……少なくともこの近辺にこれを庭木として植えている家はないよ。公園などの場所にもなかったはずだ」


 先輩は自信ありげに、僕の疑問に答えを返す。その膨大な知識と類まれな記憶力をはじめて目の当たりにしたときは、僕も思わず舌を巻いたものだ。いくら観察力に優れても、知識がなければそれを正しく分析できない。言ってみれば当たり前だが、当然誰にでもできることではない。そしてそれが彼女の推理を根底から支え、名探偵たらしめている。


「単独か複数かもわからないが、犯人はなにか意図をもってこの状況をつくりだした。これだけの労力をかけたんだ。おそらくこの葉自体が目的ではなく、つながるなにかがあるんだと思う」

「なにか……」

「うん……というか、実を言うと、ほんとになんの確証もない妄想レベルの仮説なら、もうあるんだ」

「えっもうですか!? 教えてくださいよ」

「ダメ。間違ってたら恥ずかしい。名探偵は、間違っちゃいけないからな」


 そう言って、先輩は葉を二つともスカートのポケットにしまい込むと、明後日の方へ歩いていった。僕は慌てて、追いかける。


「ちょっ……先輩、どこ行くんですか。そっちは山ですよ」

「邪道ではあるが、仮説を立てたんだ。次にすべきは、証拠あつめだろう?」

「邪道……? とにかく、もうかなり暗いし、今から山に入るのは危険です」

「ささっと問題の木があるかどうか見に行くだけだ。大丈夫だよ」


 僕の制止を払い除け足を進める先輩に、僕はじっと唇を噛む。これがあるから、僕は先輩に事件の調査なんてしてほしくなかったんだ。調査となると、先輩はいつも必要のない無茶をする。また明日、明るいうちに行けばいいものを、わざわざ危ない橋を渡ろうとする。


 自分の知るフィクションの名探偵ならそうするからというだけで、超人でもなんでもないただの女の子が、その身を危険にさらそうとする。危うい名探偵信仰だ。


「ちょっと……待ってください!」


 止められないなら、せめて目を離さないようにする。彼女の渡る危ない橋を先に回って叩くのが、遺憾ながら助手である僕の仕事だ。こう言うと逆に危険な感じもするが、まあいいだろう。山道を進んでいく先輩の背を追って、僕も急いで山に入った。

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