第2話 放課後

「暇だ! 暇すぎる!」


 突然の大声に、僕はキーボードを叩く手を止め、先輩の方へ目を向けた。机に思い切り身体を預けて「ゔぅー」と妙な声を上げているその少女に、僕は何度目かもわからないため息をついて、言葉を返す。


「小説を書けばいいじゃないですか。ここは文芸部ですよ。先輩もあと何週間か経てば三年生、こんな風に時間を使えなくなるんですから。せっかくだし、作品のひとつくらい遺して引退しましょうよ」

「そんなこと言ったって、わたしが文章を書くのが苦手なこと知ってるだろ……あーあ、またなにか面白い事件でも起きないかなぁ。わたしがズバッと推理して解決してやるんだが」

「推理もなにもここに持ち込まれる相談事、だいたいが斉藤さいとう部長関連じゃないですか」


 現在文芸部に所属しているのは、一年生の僕と二年生の先輩が二人だけ。さらに言うなら、この中で常日頃からこうして真面目に執筆に励んでいるのは、悲しいことに僕一人しかいない。


『わたしは小説家じゃなく、名探偵になりたいんだ!』


 そう公言してはばからない変わり者が、今僕の目の前でだらけているこの先輩。部室前の看板を勝手に〝ミステリー研究部〟と書き換えたり、どんな相談事も解決できるといった噂を流したり、以前からいろいろと名探偵を目指して暗躍している。その甲斐あってか、それを真に受けて実際に相談にくる生徒もたまにいるが、フィクションの名探偵が扱うような魅力的な怪奇がやってくることはほぼなく、その相談事のほとんどはうちの部長がやった意味不明な悪戯の後始末になっていた。


 彼は一応部長と言うだけあって、部誌発行などの際にはきちんと作品を出してくれる。それはありがたいが、僕としては普段の行いをもう少しどうにかしてほしい。たった二人の先輩が、それぞれ違うベクトルの奇行に走るから、僕の心労が尋常ではないのだ。


「そういえば、斉藤のやつはどこに行ったんだ? 姿が見えないが」

「ああ、部長ならさっき『日常の中に仙人が混ざってたら面白くないか?』とか言ってどっか行きました。仙人になるためにしばらく霞食べて生活するつもりらしいですよ」

「ははっそりゃあ面白いな……なあ神田かんだ、ひとつ昼食を賭けて勝負しないか? そのチャレンジの結果、斉藤がどうなっているか予想して当てられたら勝ちだ。わたしは三日目くらいでお腹を壊して病院行きに一票」

「人は水だけでも一週間は生きられるって言いますし、僕はそれぐらいもつと思いますよ。斉藤先輩って結構こだわり強いですから。一週間水だけ生活の結果倒れて入院に一票です」

「どのみち病院送りかい? かわいそうに。ただでさえあいつ出席日数ピンチなんだぞ」

「それはお気の毒に」

「辛辣だな……確かに自業自得だけども」


 知らないうちに賭けの材料にされている部長の冥福を祈りつつ、僕は先輩の言を受け流す。先輩方の言動にいちいちまともに反応していては本当に日が暮れてしまう。僕がここに入ってすぐに学んだことだ。


 画面上の文字に目を通し、再び構想を思い起こす。そしてまた、続く言葉を紡ぐべく、僕はキーボードに手を乗せた。

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