第2話 大きな変化


 それから数日後、最初にやってきたホームルームの時間。

 彼は教壇に上がり

「じゃあクラスの出し物の劇の内容を決めたいと思います」

と言い教室内のクラスメイトの顔を見回した。そして、

「なにか良い作品を知りませんか?」

と言った。

 するとすこし派手なシャツを着た男子生徒が、確か名前は前島くんだったかな

「んなのなんでもいいよ。簡単で楽なやつでいいだろ。つか劇をやること自体めんどくさい」

と言った。すると彼は

「そんなこと言っても劇をするって決めたのはクラスのみんなでだから全力でやろうよ」

と言いつつ笑顔だった顔がすこし怒ったような顔に変わり

「いまさらけちつけて楽しようなんて、かっこわるいよ?」

と言い放った。それを聞いた前島君はイラつき立ち上がった。そして彼に文句を言おうとした瞬間

「前島、座れ」

と低めの厳しい声が響いた。

 担任の枯谷先生の声だった。壇の横から壇上に上がりながら

「めんどくさいかもしれんが、みんなで決めたことだ。それにもともとそういうことは決まった瞬間に言わないと決めただろう。約束は守れ」

と言った。そして話は終わりだというかのように元の位置に戻った。

一瞬全員はぽかんとした。

 クラスの運営には完全にノータッチだと思っていた枯谷先生が口をはさんだことにみんな驚いていたからだ。そんな雰囲気を壊したのは彼だった。

 パンパンと手をたたくと

「はい、そういうことだから前島君も協力してね」

と有無を言わせない笑顔を向けた。

こうしてクラス全体が前向きにではないけど動き始めた。


「じゃあ元の話題に戻すけど劇の内容をどうするかを話したいと思います。なにか良い話があるって人いますか?」

と続けた。しかし、だれも手を挙げることなく長い沈黙が続いた。

困った顔をした彼は突然私に目線を向けて

「松田さんは図書委員だよね?何か面白いお話知らない?」

とさも当然のという風に名指しで話を振ってきた。

 私は戸惑った。クラスになじみもしない、輪に加わろうともしない、そんな外れた人間にクラスの委員長、それも人気者がクラスの前で、しかも名指しで呼ぶ。それは私からしたら死刑宣告も同然のような行いだ。さらに、ここで何か発言して彼が気に入る態度を示せば

「なに調子乗ってんだあいつ」

という風に捉えられてしまう。それは、平穏に過ごしたいだけの今までの生活とはおさらばを意味する。それだけは嫌だった。だから無難に

「特には思いつかないかな」

と返した。

すると彼は

「別に遠慮しなくてもいいよ~」

と返してきたが私は

「本当にいい作品が思いつかないんだ。ごめんね」

と返した。

「そっか~残念」

と心から残念がると

「どうしようかな。そろそろ決めないと間に合わなくなる」

とつぶやいた。

すると前島と呼ばれていた男子生徒が

「こうやってうだうだ考えるのもめんどいしもう松田が脚本かいちまえば?図書委員だったらそれができるくらい本読んでんだろうし」

と唐突に言った。

 私は驚いて言葉が出なくなった。

 しかし、彼は目を見開いて

「なるほど、それは良いアイデアだ!みんなもどうかな?」

とクラスを見回していった。当然あまり反応は良くなかった。

「えーこんな誰とも知らない人間にかけるの?」

と否定的な意見さえあった。

「もちろん、脚本の内容が悪くはならないようにフォローは俺がする。それにありきたりな作品をするよりオリジナルでやったほうがおもしろいと思うよ?」

といった。そしてダメ押しとして

「それに何かのお話をやってほかのクラスと被ったら比べられるよ?今からだと絶対勝てるってものが作れると思う?」

クラスの全員が沈黙した。準備期間は残り1ヵ月。早いクラスはもう準備を始めていて、劇をやるクラスは豪華な衣装やセットを作り一部は完成させている。それを見ているからこそ勝てる自信があるとはみんな言えなかった。

「みんなが思っているのはたぶん、文化祭劇とかするのはめんどくさいでもやると決まった以上恥はかきたくないってことだと思う。それは当たり前だと思う。でも今ここでうだうだやって何もしないほうが恥をかくと思う。それはありきたりなお話でやっても変わらないと思う。だからこのクラスの誰かの書いたお話でやるべきだと俺は思う。みんなはどうかな?」

とクラス全員の顔を見回しながら説得するように話した。

 正直これで心が動かなかったといえば嘘になる。こんなまじめにやることを馬鹿にするような空気のあるクラスでまじめにやろうと先頭に立って言葉にできる彼がすごいと思った。そして自分と違う生き物と感じた。

 教壇に立っていた彼は何かを決めた顔をして

「反対意見のある人」

といった。

 誰も手を挙げることはなかった。ううんちがう。誰も手を挙げることができなかった。そうすることがまるで異端であるという空気を彼は作り上げた。彼は何かしらのカリスマを持っていた。

 それを見て彼は

「誰もいないね。では脚本は松田さんにお願いしようと思います。何か意見のある人」

と決定したというふうに口に出した。

 しかし私は思い切り手を挙げて

「私にはできないので違う人がしてください」

といった。

 当たり前だ。突然そんなこと言われてできるわけない。何より本を読むのが好きだからと言って劇の脚本を書けるわけがない。

 しかし、彼は

「もちろん全力でサポートする。だからお願いクラスのために脚本を書いてくれないかな?」

とどうしても他はいないという口ぶりで話す彼

「でも、私じゃみんなが納得させられるお話が書けない」

するといい加減決めない私に苛立ちながら前島君が

「みんなが納得する話が書ける書けないじゃねーよ。かけそうなやつがお前しかいねーんだよ。だから書け。もし、内容に納得がいかねーなら徹底的に喧嘩すればいい。それこそお互いに納得するまでな」

と言い放った。

そしてそれに続いて彼が

「俺は松田さんが小説を少しずつ書いていることを知ってる。この前、間違って松田さんのノートを見てしまったから。その時から松田さんの書いたお話で劇をしたいと思っていた。だから書いてくれないかな。僕たちのための物語を」

 私は衝撃を受けた。あんな半分遊びで書いた恥ずかしい小説をなによりも彼に知られていたことを。こんな誰にも相手にされていない人間が書いた面白くもなんともない小説を言葉にしてはないが面白いと言ってくれたことに。

私は戸惑った。こんなにうれしいことはないと。もっと褒めてほしいと思った。そのためになら受けてもいいかなと思った。でもこんな空気にしておいて受けるとかおこがましいと思った。

 そんな風に迷っていると状況だけはしっかり見ていた枯谷先生が立ち上がって、

「よし、じゃあ脚本は松田が書くってことで、松田いつまでにかける?」

と決定事項として事務連絡をした。

 私は

「ええ、ちょっと待ってくださいよ。そんなの無理やりすぎですよ」

と抵抗した。書きたいと思う半面、ほかのところで面倒なことになりそうだと感じていたから。

「甘えるな。ここはクラスだ。クラスという組織だ。そしてその長である川崎はお前が書くのが妥当だという判断を下したんだ。それにみんなも賛成した。ほかに案が出なければ決定だ。それにほかの作品をもとにするといってもどうせ脚本担当は必要なんだ。お前がやれ。」

といった。

 どうしようもなく私はただ黙ってうつむくしかなかった。

「よし、とりあえず今日のホームルームはここまでとする。松田と川崎は少し残ってくれ。あとは今日はもう帰っていいぞ」

といった。すると、がやがやと今日はどこによろうや部活の練習内容の話など今決定されたことや険悪だった雰囲気などなかったかのようにいつも通りの日常へと変わった。やがて教室から人が減っていくと私と川崎くんと先生の3人だけになった。

 そして先生は申し訳なさそうな顔をすると

「すまんな川崎、松田。急に残れなんて言って」

と言った。

「特に急ぎの用事があるわけではないので大丈夫です」

と彼は言った。

 私は恨んだ目で先生を見た。すると

「松田、本当にすまんな。でもな松田ならできる。俺はそう信じてる。去年クラス内の様子は見ていないが授業の態度は見ていた。お前、たまに俺の授業なんかそっちのけで書いてたろう。よく見てたぞ」

といった。

 それを言われたら私は何も言えなくなった。事実、先生の授業そっちのけで書いていた。さらにそのせいで成績が少し落ちていたからだ。

「それに一度覗き込んだが面白かったぞ。お前の小説。だれも納得しないと言ってたがそんなのみんな読んでみないとわからん。文句があるやつがいたらそれこそ前島が言ってたみたいに喧嘩したらいい。暴力はいけないが取り持つ位はしてやる。だから書け」

といった。続けて彼が

「お願い松田さん。君の脚本で劇をしたいんだ。それに今のクラスの状況でまともにかけるのは君なんだ。だからどうかお願いします。」

 これはと思った。確実に外堀を埋められている。それもまるで図っていたかのように。

 私はあきらめた。

「わかりました。でも条件があります」

というと二人は喜んだ顔を見せて

「なんだ?成績は上げれないができることならなんでもしよう」

「俺もするよ!なんでもいって」

と言った。

「ほんとうですか?じゃあ二人とも絶対劇に出て下さい」

と言い放った。

 それは今思いついた劇を最高に楽しくする方法だった。

 そして私は、先生の劇の出演と彼が主役をやるという条件で脚本を書くこととなった。

 

 それはとても大きな変化であり、クラスの中での大きなズレを作り出す間違った変化であったことはこの時の私はまだ知る由もなかった。

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