僕は存在しなかった

ロッソジア

第1話 出会い


 世界が茜色に染まる時間

 トランペットの音が空に響く

 古い本の匂いで満たされたこの部屋で

 私はここで彼に出会い恋をした

 けれどそれは彼には伝わることはなかった


 チャイムが鳴る。授業が終わるとみんなは一斉に自分のホームルームのクラスへ戻る。ここは○○高校。海の近くに建てられた公立高校だ。特徴は海が教室の窓から見えることと、全校集会や式典がないときはシャツなどの服装が自由であり、授業をある程度自分で決められるということだ。美術をしたい人は美術で授業を固め数学や理科をしたい人は数学や理科で授業を固めることができる。文部科学省が定めた卒業のために受けないといけない授業以外はほとんど選べる。私、松田蘭世は国語を主として世界史や英語を選んでいる。いわゆる文系の科目がメインだ。進学先はとある公立大学の文学部が志望だけど。けれど特に苦手な数学の授業を受けなくていいから私の毎日はハッピーだ。さらに、最近自分だけの居場所をゲットした。それは図書室だ。昼休みも放課後も人は全然来ないし、好きな本がいっぱいあるし、一人でいても誰も気にしない。時々重たい本を運ぶ作業と近くに音楽関係の部活の部室や合奏室があるからうるさいのが残念だけど、基本は自由気ままに過ごせる。

誰にも何も言われない、私だけの世界。居場所がなく存在もなかった私を受け入れてくれた場所。それがこの図書室だった。


 けれどある日彼がその空間をぶち壊した。

 それは学校生活も二年目に入りクラスの雰囲気もだいぶ落ち着きそろそろ中間テストだなと思い始めた5月のこと。


 その日も私は変わらず図書当番をしながら入ってきた新刊の超話題作を読んでいた。すると

 ガラッ

とドアが開きその音と共に一人の男子生徒が入ってきた。そしてその男子生徒はキョロキョロと入口のあたりを見回すとカウンターの存在に気づきこちらに近づいてきた。そして

「えっと、松田さんだよね、同じクラスの」

と言った。

 私は驚いた。一度クラスの前で自己紹介しただけのただのクラスメイトの名前を彼が覚えていたからだ。しかし、残念なことに私は彼の名前を覚えていなかった。だから何か返さないと少し言葉に詰まっていると、

「あ、僕は川崎悠司、一応同じクラスで委員長だけど覚えてない?」

と言った。

 私は戸惑った。覚えていないことを見透かされた。その上で別にそれが悪いことだと思っていないことに。私は少し罪悪感を覚えた。そして申し訳ない気持ちで

「うん、ごめん。あまり人の名前覚えるのが得意じゃなくて」

と伝えると

「そっか、じゃあこれからは覚えていてほしいな。せっかく同じクラスになったんだし」

と言った。

 私は驚いて声が出なくなった。今まで同じクラスになったからといって名前を覚えて欲しいといわれたことなんてなかったし、なによりクラスの委員長をするような人と知り合いになれるとは思ってもいなかったからだ。正直言って自分とは性格が反対すぎてとてもじゃないが話を合わせる自信がない。そんな風に動揺していると

「あ、そうだ。今度の文化祭でやる劇でなにかいいお話がないか探しに来たんだけど何かいいお話ない?」

その言葉で私は文化祭のことを思い出した。この学校の文化祭はどうしてか他の学校より早く6月中旬に開催される。しかも平日にだ。最寄り電車の車両数が少ないため混雑を避けるためなのだろうけど他とは違いすぎてよく中学校の友達とか知り合いにびっくりされる。友達とか少ないけど。

「えっと、どういうのをするのですか?」

 私は、少し距離感を作り劇に合いそうな本を探すことにした。すると彼は

「そんなに距離をとらないでいいよ。内容はそういえば特に決まってなかったな~」

と距離をつめるような話し方で言った。

 そういわれても無理だし、と思いながら私は

「それでは決められないですよ。あなたはどういうのがしたいのですか?」

と尋ねてみた。すると彼は

「んーロミオとジュリエットとかシンデレラみたいなありきたりなお話じゃなくて高校生の劇ではやらないような少し変わったやつがやりたいかな」

と答えた。

 私はあいまいで難しいものだと思った。ぶっちゃけると、彼が名前を挙げた作品を渡せば楽に終わって読書タイムに戻れると思っていた。しかし、そううまくはいかないようだ。あきらめて何を渡すかをおとなしく考えることにした。そのためのヒントを得るために彼に再び質問することにした。

「えっと、何か具体的なストーリーとかありますか?」

そして彼は、

「うーん、ゾンビが学園中を占拠しての脱出劇とか?」

と少しとぼけているのか本気なのかわからない答えが返ってきた。

「それはむしろお化け屋敷とかでやった方が面白いのでは?」

と少しきつめの言葉で返した。すると彼は、

「え、そう?こういうお話を劇でできたらすごいと思うけどな~」

と言った。でも私はそんなのは不可能だと思い反論した。

「それは無理ですよ。セットとかメイクとか舞台向けのものは難しいでしょうし、何より高校生の舞台にホラー要素は観客がいなくなります。それに多分やりたがるのはあなただけです」

それを聞いた彼は

「そっか。じゃあ仕方ないか。ん~なにかいいお話ないかな~」

とおとなしく引き下がった。私は、少し拍子抜けして思わず

「あっさりひきさがるのですね」

と尋ねると

「え、そう?まぁ面白くないかもって思う人が一人でもいたらやめておくべきだと思うからさ。それにゾンビ系とかお化け屋敷でやった方が面白いって意見は言われて納得したからさ」

と言って微笑んだ。

 その顔をみて私は少し良い人だと思ってしまった。しかし、そんなことを顔に出さず本を見に書架を見て回ることにした。彼がやりたいと思う劇用の物語が思い浮かばなかったからだ。やっぱり童話系がいいのだろうか、でも彼は童話系はあんまり納得しないだろうし……。

 と考えていると前を見ていなかったので壁にぶつかった。そのはずみで私は頭を打ち思わずしゃがみ込んでしまった。すると少し大きなものが倒れてくる音がした。それはなんと掃除用具のロッカーだった。私がぶつかったのは壁ではなく掃除用具のロッカーだった。私は下敷きなることを覚悟して目を思わずつぶった。すると

「危ない‼」

と声がすると彼が掃除用具のロッカーを持っていた。

 私は来るべき衝撃が来ないことに不思議に感じ目を開けた。そしてその彼の姿をみた。それを見て私は動けなくなった。彼はロッカーをもとに戻すと

「大丈夫?」

と手を差し出してきた。私は思わずその手を支えにしながら立ち上がった。

「はい、ありがとうございます」

と言った。

「そっか。よかった」

というとまた微笑んだ。

 たぶん私はその瞬間に恋に落ちたんだと思う。しかし、その時はそんなことなんて考える暇なんてなかった。

 そして、そのタイミングで下校時刻を知らせる放送が始まった。。

「あ、もう下校時刻か。じゃあ今日はここまでだね。また明日もくるね」

と言った。だから私は思わず、

「明日には決めたいのでクラスでどんな話がしたいか決めてから来てくださいね」

と言った。すると

「じゃあ、松田さんも意見を出してね」

と返されてしまった。しかし、私は興味がなかったので

「その時に覚えていたら出せていただきます」

と答えていた。


これがのちに私を苦しめることとなる、そうとは知らずに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る