024 「月が綺麗ですね」

「くれは、もしも、もしもだよ・・・・」



「なに?りと」



「どうしたの?」



 語りかけておいて難だが、実は戸惑っていた。

 本当に良いのだろうか。難点が多すぎる。と。


「ねぇ!・・どう、したの!」

 むぎゅぅ。

 突然、紅葉の両手が力強く頬を押さえ込む。

「う゛、ぐる・・じ・・・」

 慌てて腕を振りほどいた。

 いや、本当に苦しくはないんだろうとは思う。多分、今の姿は肉体では無く魂なのだから呼吸の必要はないだろう。

 だけど、頬が押しつぶされて、結果、口を塞がれているのと思った。そういう風に誤認してしまい、息が止まった、苦しい、と勘違いしていた。

「りと、かんがえると、だまる、おおすぎ!つまん、ない!」

 つい先程もメフィストに注意されたが、声を掛けておいて黙(だんま)りはマナー違反だし、相手を怒らせるには十分だった。紅葉も少々怒っての行動だろう。

 このままだと、今度は口の中に両親指を突っ込まれて無理矢理に左右に引っ張られそうな勢いだ。

 それに考え込んでいては何も進まない。言葉を選びながらゆっくりと口を開く。

「くれはは、新しい人生を、過ごしたいと、思うかい」

「あたら、しい、じんせい?・・・むりよ。だって、もう、ねむるん、だよ」

「そうだね。今はもう終いだよ。でも・・・新しい世界なら、新しい人生があると・・・・思う・・・」

「あたらしい、せかい?」

「・・・そう、新しい世界で、新しい生を始めよう。閉じ込められたまま雫になるくらいなら、一度でも良いから、生きてみよ、う、か・・・?」

 魂とはいえ、新しい体をまとっただけで、新鮮だと、愉しいと喜んでいた。それならば、せめて一度位は人生を与えてあげたいと思った。

 そう、これは『悪魔との契約』を受け入れるという事だ。

 ただし・・・使い魔となった行く末は永遠の烈火が氷結かもしれない。私は贖罪になればと思ったが、紅葉に辛い思いはさせたくないとの願いが、言葉をくぐもらせた。

「あたらしい、じんせい?」

「・・・いや、何でも無い、んだ。結果として紅葉を苦しめたくないから、聞かなかった、事にして」

 言い放って、撤回するとか、優柔不断すぎるだろ。

「りとは、どうしたいの。りとが、えらぶなら、わたし・・・」

「私の事はどうでも良いんだよ。苦楽は多いだろうけど、くれはが選ぶなら、私は・・・」

 紅葉の為、じゃないな。きっと自分が望んでいるのだろう。そして失敗したら人のせいにしたいから、決定権を委ねているんだ。あまりにも弱い自分が情けない。

「いいよ。わたしは、りとが、したいを、したいから」

 くれははハッキリと答えた。

「いや、いいんだよ。無理しなくて。きっと苦しめてしまうから・・・」

「ちがうよ。いいかた、ちがうよ。ここは、ついてこい、だよ」



「・・・そ、そうだね。そうだよね」

 何を言いたいのか、何を望んでいるのかを考えてみたら、つい笑ってしまった。



「メフィスト。聞いていいかい」

「ええ、どうぞ。なんなりとおっしゃってくださいな」

「魂を集めるのが目的、と言ってたよな」

「ええ、申しましたわ」

「数は?何人分集めればいい?」

「両手で数えられるだけですわ」

 そう言ってメフィストは両手を広げた。

 両手の数という事は、つまり、

「10人分か?」

 メフィストは答える様に微笑んだ。

 それならば贖罪の期間も、きっと五劫(ごこう)、いや一劫の擦り切れにも成らないだろう。まぁこれでも十分永いんだけど・・・

「両手の数でいいんだな」

 メフィストは笑顔のまま見つめていた。



「くれは、お願いがある。私についてきてくれないか。くれはと一緒なら、例え業火の中でも耐えられる。私に紅葉が必要なんだ」

 こんな台詞は初めてだろう。歯がゆくて恥ずかしかったので、棒読み口調ではあったが、紅葉の左手を握りながら伝えた。

「よろこんで。ついていきます。けっして、わかつことなく、ついていきます」

 紅葉は手を握り返して、瞳を輝かせながら返事をしてくれた。

 なんか、子供のおままごとっぽいな。とか、女の子はこういうのを求めるのかな。とか、照れ隠しのつもりで冷静に考えてしまったが、真っ直ぐに見つめられると嬉しいものだな。


「メフィスト、確認したい!」

「なんでしょう」

「新しい世界では、別々になるよな」

「別々?・・・ええ、お二人それぞれに『体』を与えましょう。ただし魂は繋がっておりますので、何かしらの影響があると思います。それでよろしければ、お望みの通りに」

「では『契約』の確認だ。

 メフィストは私達を牧歌的な生活ができる世界に送る。

 私達はその世界で暮らすだけ。

 これで良かったよな。要人暗殺とか物騒な事は無いな!絶対に無いよな!!」

「ええ、その通りで御座います。質素かもしれませんが、のんびりと暮らせる場所へお送り致しましょう。それに、殺人とか物騒な事は必要御座いませんわ」



「くれは。・・・くれは、どうしたい?」

 もしも、新たに機会を得られるのならば、今度は紅葉の為に生きて行こうと思った。

 これが、生きるチャンスを奪った私の出来る贖罪と思ったからだ。決意は出来ている。

 出来ているのに・・・なに腰引けてんだよ。

 結局、決定権を放棄している自分が情けない。

「りと!やくそく!」

 紅葉がむくれ上がって睨んでいた。

 約束、そうだよな。付いて来い!って、手を差し出したのは私だったんだ。今更逃げてどうする。


「メフィストよ・・・け、け、け・・・」

 緊張で口が絡まってしまった。まるで、こっちが本命みたい・・・いだっ!

 耳をつねられてしまった。痛いって。


「け?なにかしら、竜登様」

 メフィストの目が輝きだした。いや違うな、あの目は獲物を追い込む目だ。

「け・・・契約を受け入れよう。反故するなよ。悪魔にとって契約は絶対なのだろ。裏切るなよ」

 迫力に負けずにと、空威張りながら訴えた。

「もちろんですわ。わたくしの名にかけて」

「では、契約成立・・・でいいな」

「もちろんですわ。これで契約成立ですわね」

 そう言うと、私達の額でキャンバスに描く様に指を走らせた。

「これが契約の儀式だったりするのかい?血判とか不要なのか」

「傷つけるなんて物騒な事は不要ですわ。それに、痛いのはお嫌でしょう」

「もちろん、痛いのは大嫌いだ。指を切る必要が無いのは助かるよ」

「それは良う御座いました。これで契約成立で御座います。では・・・ご案内致しましょう」

「ああ、よろしく頼む」



「そうそう、契約期間終了は、1024人分の魂が集まるまで御座います。集まるまで転生となりますのでご容赦願います」

 ちょっと待て!『集まるまで繰り返し』は想定してた。だから事後報告されても驚きはしない。

 問題はそこじゃ無い。

「をい、10人分じゃなかったのかよ。確認したよな。1000人超えとかおかしいだろう。契約違反だ!」

「ええ、確認されましたわ。『両手で数えられる数』と。嘘偽りは御座いません」

「だったら、何故1000人を超えた数字になるんだよ!!」

 メフィストの両手が、まるでデジタルパネルを連想できる動きをし始めた。

「まさか・・・・指折二進法か?!」

 指を立てる、折る事で1と0を表現する方法。つまり2の10乗だ。

「左様で御座います」

「詐欺だ。騙したな!!」

「それは遺憾ですわ。わたくしは『10人分』と口にしておりません。『両手で数えられる数』と申しました。そこに二言は御座いません」

 たしかにその通りだ。笑顔の返事で思い込みをしていた。失態だ。

「あ、そうですわ。手を上げる、下げるという動作を取り入れましたら2桁多く数えられますわ。2の12乗ですから4096人分なんて如何でしょう」

 うぐぅ。。。息が詰まる思いだ。しかし、ほっといたら、更に方法を提案してもっと数字を上げてきそうだ。断念するしか無い。

「1024人分でいいです。いや1024人分でお願いします。是非ともお願い致します」

「ええ、承りましたわ」


 ちっ、結局はうまく誘導されてしまったって事か。

 ・・・誘導?

 何時からだ?

 「私の負け」と言った辺りだろうか?会話に口差しされたのが妙に気になる。

 気になると言えば、3回目の生まれ変わりがどうのとも言っていた。

 もしかしたら・・・目を付けられた時点で終わっていたのかも知れない。契約するまで手を変え品を変え続けていたのだ。執念深さはまるで蛇みたいじゃ無いか。

 もっとも今更だな。

 優柔不断だけど、決めた事は後悔はしない為に全力を出してきたのが私だ。

「さあ。新しい世界へと連れて行ってもらおうか」


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