022強(したた)かさ

 紅葉の「べ~」で少し冷静になれたと思う。

 振り返れば先程のやり取りは「オレ様超スゲーから悪魔も手玉にとれるゼ」みたいな、とっても痛々しい言動だったと反省した。

 メフィストが下手(したて)に出た事も理由だろうけど、選ばれた人間だゼイとか、ズッとオレ様ターンみたいに意気込んでいたのが情けない。体は兎も角、精神ガキ過ぎるだろうと自責の念に駆られた。


「い、痛いよ、くれは。力緩めて」

「りと、デレデレ、するから、つい。でも、ごめ・ね。いた、かた」

「大丈夫、だよ。ありがとう。注意してくれて」

 えへへと笑う声が聞こえてきた。

「体、だいぶ慣れたみたいだね。上手になったね」

「ほん、と!あり、がと。う、れし、い!」

 そう言うと、又力一杯抱きしめられた。ちょっと痛い。

 同じ痛さでも、嬉しい表現だとこそばゆくて悪くは無いなと、私も嬉しくなってくるから不思議だ。

「紅葉様はご満悦のご様子ですわね。良かったわ」

「め・・・め、ぎつ、ねに、いてない。りと、にいた、の」

「それはそれは、ずいぶんと名誉な敬称を頂けるとは光栄だわ。おほほ」

 あ、目が据わってる。

 それに「おほほ」のトーンが下がってる。かなりやばくないか。紅葉がヤケに突っかかる理由は気になるが、それよりもこの張り詰めた空気に挟まれるのは勘弁願いたい。

「くれは、新しく体を貰えて良かったね。どんな感じだい。楽しいかい」

「うん。うれ、しい。りと、と、むき、あえて、うれ、しい。りと、と、はなせて、たのしい」

「そうかい、体を与えられてよかったね。くれは」

「うん、よか、た」

 予想以上の反応には驚いた。

 肩を持つつもりはないが、これでメフィストの溜飲が下がってくれたら万々歳だ。



「・・りと?ど、したの?」

「竜登様は、紅葉様の体を魂と一緒に奪ったと心痛されているかもしれないわね」

 すかさず、メフィストが囁く様に伝える。

「めぎ、つねに、きいて、ない。りと、に、きいた、の」

 幼女相手に『体を奪う』とか妖しい言い方は止めて欲しいものだ。

 どうして紅葉がメフィストに敵意を表すのかを考えていたのだけども、まぁ確かにメフィストの言う通り私は疑念を抱いている。紅葉が誕生する機会を奪ってしまったのだと。

 『飢餓』だか『飢え』だか知らないが、やっかいな能力を与えられてしまったものだ。

 しかし困った。メフィストの言い方の悪さで、私は加害者の様ではないか。被害者、いや紅葉へ掛ける言葉に詰まってしまった。

「りと・・・ねぇ、りと。ほん、と、なの。ちが、うの。わた、し。おもてない。ちがう。かん、しゃし、てるの。だか、ら、そん、なに、かなし、いい、かお、し、ない、で」

 そんなに辛い顔をしてしまったのかと、あわてて右手を顔に当てた。同情されるなんて、滑稽極まりないではないか。作り笑い気味な表情で紅葉を見つめた。

「もしも、メフィストの話しが本当だとしたら、くれは、は・・・・いや何でも・・・」

 ・・・何でも無くは無いじゃないか。なのに・・・ここで言葉を止めてしまっては肯定しているみたいじゃ無いか。

 ・・・そうだな、非難されるのが怖いんだ。ずっとそうだった。臆病なんだ。だから非難されると思うと言葉が出てこなくなる。調子に乗れば滑舌なくせに、怖いとすぐ黙り込む。悪い性格だ。

「わたし、りと、のお、かげで、うまれ、ること、できた。だき、あげて、くれ、た、から、あか、るいせかい、に、うまれ、ることで、きた。かん、しゃし、てる。おれい、できた、けど、もうい、ちど、いわせ、て」

「くれはは、それで良かったのかい・・・私は・・・」

「りと、の、おかげ。りと、だっこ、されなかたら、わたし、ずと、くらい、くらい、まま、だたから」

 暗い?冥い?所から救い出してくれた。と言いたいのだろうか?

 もし本当そうなら喜んで良いのだろうが、同情と思うと、素直に受け取れない。悩むと悪い事を考えるのも悪い性格だな。

「・・・ん?お礼、できた?って???」

「めざめた、とき、りと、くるし、そうだた。わたし、がんばた。りとの、ため、がんんばた」

 何を言いたいのか、かなり難しい。何を頑張ったのだろうか?

 つい、助言を求める様にメフィストの方を向いて、目で訴えてしまったらしい。

「竜永様は、幼少の頃は大病を患っていらしのは覚えていらっしゃいますか?」

「ん?ああ、大変だったとは聞いていたけど、大病とまでは・・・」

「能力の為に『良くないモノ』まで吸い込んでしまった訳ですが、それを治める為に紅葉様は『栓』をしたというイメージでよろしいかと。それから、例えですが、紅葉様が守られなければ竜登様は人様のエネルギーを吸い取る吸血鬼、いいえ吸生鬼かしら。ゲームで例えればレベルドレインする存在だったかも知れないわね」

 吸血鬼とかレベルドレイン魔とか、忌みスキル過ぎないか?と驚いてしまったが、紅葉のおかげで多分問題なく生活出来たのだと思う。

「そうか、私は紅葉に守られていた訳か。それじゃ、お礼を伝えるのは私の方だね」

 ちょっと恥ずかしい台詞だと思ったけど、お礼はしっかり伝えなければと、紅葉を瞳を見つめた。

「わたくしとしましては、その『栓』を抜く為に苦労させられたわ。契約頂けたら容易に施術出来ましたのに、頑なに拒否されまして、致し方なく強行させていた頂きました。しかし、守りたい気持ちが強かったのでしょう。魂の芯が絡まってしまいました」

 『致し方なく』とはメフィストの都合だろ!とツッコみたい。芯が絡まったとかおかしくないか!?と文句を言いたい。

 が、とりあえず紅葉にお礼するのだが先だろう。

「そうか、悪魔との契約からも守ろうとしてくれたんだね、ありがとう」



「そうなのよ。紅葉様はずっと竜登様を守っていたのよ」

 メフィストがここぞとばかりに割り込んできた。不意にとはいえ、言葉の解釈の助けを求めた為に無下に出来ないと思って応えてしまう。

「守って・・・と言われても実感無いのだけど」

「竜登様は何度も同じ生を繰り返しました。それも記憶を残してですわ。過去の記憶が既視感(デジャビュ)となって懊悩(おうのう)して、三度目で音を上げると予想してましたのに」

「おい、待て!記憶を残したのは計略の上だったのか!!」

「あらあら、そんな事無いわよ。わたくしは竜登様がより良く生活して頂ける様に懇篤(こんとく)に務めたのよ。知識や経験が残っていれば何かと重宝されるでしょうし、未来が解れば失敗はしないわ。これ程に竜登様の為を思ってましたのに、疑われるのは非道いではありませんか」

「言葉は言い様だな。懇篤(こんとく)・・・いや、思いやりがあったか否かは後にするが、どうやって守られたんだ私は」

「紅葉様が記憶に蓋を閉めたのよ。そのおかげで5回も繰り返す事になったのよ、5回も。

 あと何度繰り返すのかと、流石に面倒になってきたのですが、幸いにも魂に歪みが生じたのを見逃さずに、ここぞと紅葉様を引き抜いたのよ。

 竜登様はこれでやっと記憶がフィードバックできたって訳なの」

「ほう。つまり苦しむのが解っていて、コレまでの記憶を残した訳か。何が思いやりだよ」

「・・・そんな訳ありませんわ。これ程に愛(いと)おしんでますのに」

「『愛(いと)おしむ』ってのは『可愛い』の他に『気の毒』って意味があるのを知って使ってるだろ」

「ほほほ、言葉については置いときましょう。

 紅葉様を分けた竜登様なら籠(ろう)・・・ちゃんとお話しできましたのに、離れないと必死にだったのでしょう。おかげで魂の芯が絡まってしまい完全に分ける事ができなくなってしまいました」

 籠絡(ろうらく)って言おうとした。思い通りできるって言いそうになった。本音をこぼしてるのはワザとなのか。嫌らしいい言葉を含めるモノだ。

「そういった事で、わたくしは竜登様にどうこうする事が出来ないと分かって諦めたって事よ。つまり負けたのよ」

 かなり大雑把だけど、つまり紅葉は私が悪魔の操り人形にならないように陰ながら支えていた、と解釈すれば良いのか。



「・・・ごめん、な、さい・・・」

「いや、謝る事はないさ。くれはのせいじゃやないよ」

「・・・ごめん、な、さい・・・。わたし、の、きもち、が、りとに、えいきょ・しちゃた。しと、しちゃた」

 守り切れなかった、と言いたいのだと思ったが、影響ってなに?しと?

「わたし、の、きもち、りとに、つたわた。りと、おなのこ、みたいな、こと、させた。あいて、しっと、した。わたし、の、きもち、つよく、でちゃた。ごめん、なさい」

 ちょっとまってよ。

 女の子みたな事っていうと、着せ替え人形の事か?たしかに1/3サイズのビスクドールな趣味を持った事がある。

 それに嫉妬?相手が出来た時の苛立ちは紅葉の嫉妬だったというのか?ボッチの原因はもしかして紅葉の嫉妬だったのか?!

 おいおい、このタイミングでカミングアウトするなよ。怒るに怒れないじゃないか。期を狙うなんて、ずいぶんと強(したた)かじゃないか。流石は中身が同じ年齢だけあるなと関心せざる終えない。

 とは言っても、今更どうでも良い事か。

「大丈夫だよ。同じ人間だったのだからお互い様で良いじゃ無いか。そんなに気落ちするなよ」

 この慰めの言葉の半分は、きっと私自身へも向けていたのだと思う。


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