第6話 反撃
男は自宅に戻ってきた。
ギルバートたちを拉致した時と同じ格好でSUVから降りた。
車をガレージにしまうと金属製のシャッターを下ろして、鍵をかけた。
狭い場所に大きな音で電子音が響いた。
ここは中心部の住宅地密集地ではなく、どこか郊外にある場所のようだ。
隣と隣の距離も中心部に比べればゆったりと取られている。
まさかこんな場所に2人が拉致されているとは誰も思わないだろう。
腕まくりした二の腕から肘にかけて羽のタトゥーが見えた。
おそらくは肩にかけても同じように彫られてるだろう。
男は無言のまま階段を上がり、ガレージから内部へ駆け上がった。
男の手には小さな紙袋が握られていた。
ガラスのぶつかるような音と何かビニールのような擦れるような小さな音がした。その音を聞きながら男はほくそ笑んだ。一旦、ダイニングに行き、テーブルの上に紙袋を置くと、室内の状況を確認した。玄関、その他窓など外とつながるような場所が施錠されているか、一つ一つ確認していった。
誰も内部から出た形跡はないし、外部から入り込んだ形跡もない。
その結果に男は満足したようだった。
再び、ダイニングに戻り紙袋から中身を取り出して、テーブルの上に広げた。
首に巻いてたマフラーも帽子もテーブルの上に脱ぎ捨てた。
血走った目でテーブルに広げられたものを見た。
何本かのアンプルと何本かのバイアル瓶、それと注射器、アルコール綿が出てきた。
これから自分がこれらのものを使い、起こすことを想像すると自然と顔がほころんでしまった。
彼女の肢体から衣類を剥ぎ取り、悲鳴という前菜を味わい尽くし、抵抗できない彼女を思う存分蹂躙するのだ。それを叶えるための薬だ。
男の大きな手に不釣り合いに映る小さな注射器でアンプルとバイアル瓶の薬剤を手際よく吸い出していった。それを彼女の腕や首に突き立てる瞬間を想像しながら。
注射針の先にキャップをして、その束を鷲掴みにすると男は地下室への入口へと急いだ。
地下室へと続くドアは二重になっていた。地上のドアは防音製。地下のドアは鋼鉄製のものだ。
1枚目の防音製のドアを開けるといささか重たい音がした。ただ吸音マットが厚くついているのでその音すら外には漏れなかった。はやる気持ちを抑えて暗い階段を降りていくと2枚目の扉が見えてきた。扉の前には4㎡四方の程度の踊り場のようなスペースがあった。
と、その時
「ああああああぁ!いやあぁぁ!」
女性の甲高い悲鳴とチェーンがガチャンガチャンとぶつかる金属音が反響を起こして耳が痛くなるほどの音量で聞こえてきた。
「何するの!やめて!!来ない、でぇ!きゃああああああぁぁぁ!」
2度目の悲鳴は泣き声混じりで、さっきよりも小さく聞こえた。
男は嫌な予感がした。彼女と一緒に連れてきた若い男を同じ場所に軟禁している。その男が目覚めて、戒めを外し、襲っているのではないかと。彼女が抵抗できるとは思えない。抵抗できないように自由を奪い、吊るしていたのだから。拘束の仕方には自信があった。若い男も身動きできないように、自分の持てる技術と力で縛り上げているはず。
いや、しかし、この状況、この彼女の悲鳴は何を物語るのか。
男は急いで持っていた注射器をポケットに入れた。そして、鋼鉄製の扉を開けるための鍵を取り出した。
左手をドアノブにかけながら、右手で鍵を回した。
カチャンと微かな音を立てて錠が動いた。
男がゆっくりドアを開け、室内を覗き込む。真っ暗だった。今まで聞こえていた悲鳴も聞こえない。彼女はあまりのことに気を失ったのか?
男は少しむせこんだ。暗いので、ドアの横にあるスイッチに手を伸ばした。
その瞬間。
「
その声を聞いた途端、男は足元をすくわれ、暗闇の中へ突き倒された。バランスを崩し、倒れこんでいく横をすり抜けるようにギルバートとティは地下室を出た。男は体が前のめりになって床を舐めるような形で転がってしまった。ドアの向こうは埃っぽくて、息ができないほどだ。思わず口元を手で覆った。
「せいっの!走れ!ティ!」
ティは打ち合わせ通り、階段を振り返らず登った。
ギールバートは力を込めて鋼鉄製のドアを閉め、ドアノブをティが吊られていた鎖でグルグル巻きにした。
「行け!早く!」
地下室に取り残された男は全てを理解した。狂言だったのだ。彼女の悲鳴もなにもかも。
彼女との時間を邪魔されたこと彼女を奪われたこと、全てのことに腹を立て、男は我を失った。すぐさま起き上がると、ドアのところまで行き、電気のスイッチを探した。見つからない。ドアを開けようとするが、ドアノブは重くて回らなかった。力任せに暗闇の中でガンガンとドアを叩きながら叫び声をあげた。
「ギィ…」
不安そうに後ろを振り返ろうとする彼女を制止し、ギールバートは後ろのドアを気にした。
「いいから、早く階段を登れ!!」
時間はそうない。何が着火物になるかわからない。とにかくこの階段を抜けないと彼らの安全は保障されないのだ。炎は狭い空間を駆け上る。
彼女が防音ドアに手をかけ、開けた。
そのすぐ後、ギルバートの耳に何か太い糸でも切れたような音が聞こえた。
(やばい!)
「ティ!」
「え!?」
彼女の開けたドアから出来るだけ最短でたどり着ける壁際に向かってギルバートは飛んだ。彼女の両耳を腕で塞ぎ、上から覆いかぶさった。その彼らの上を熱い爆風と爆音が突き抜けていった。
家のガラスというガラスが音を立てて割れ、外に飛び出していった。部屋の中にあるものは竜巻に持っていかれたように、もうどこに持っていかれたかもわからないほどグチャグチャだった。
数秒後。あたりは静寂に包まれたが、代わりにパトカーのサイレンと周辺住民のざわめきが聞こえてきた。
埃と煙と破片ですっかり色の変わってしまったコートを着たギルバートが体を起こした。
「大丈夫か?」
「な、なんだったの?」
彼女は大きな目を見開いたまま、驚いたようだった。怪我はなさそうだ。ギルバートはそんな彼女を起こしてやり、自分と同じように真っ黒くなっている彼女の頭や服を手で叩きながら払った。
「古典的な
「ふんじんばくはつ?」
「白い粉は何でも危険物なんですよ、お嬢さん。粉砂糖もコーンスターチも小麦粉もね。適度に空気と撹拌して、火器があればボンっ!これ、このとおり!」
「一応、火種は2種類準備したけどな。白熱灯の電線とドアを叩いた時に出る火花と。どっちで引火したかは知らんぜ。俺のせいじゃない。とりあえず、外に出よう。あいつがこれ以上襲いかかってこない保障はない。普通は、爆発の衝撃で三半規管がやられて、立てないはずなんだ。音も聞き取れない。距離感も掴めない。でも、可能性がないわけじゃない。」
「あ、だから、耳に小麦粉を練ったお団子を詰めさせたの?」
「そうさ。もう、取っていいぞ。銃を持ってれば、銃弾を入れとくんだけどさ、本当なら」
そう言いながら2人は立ち上がると建物の外へ出ていった。
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