第5話 探索

「切れた!」

小声でよっしゃっとガッツポーズした。

両手がきかないティが上手く床に振り落としたワイヤーソーを使ってようやくギルバートは自由を手に入れた。縛られた後ろ手でワイヤーを手首のロープに這わせ、上下させなければならないので、手首のあちこちが血だらけになった。しかし、何より加工されてあるワイヤーは非の打ち所がないほどすんなりとロープを一刀両断にしてくれた。

いつ何時、男が戻ってくやもしれない。早く逃げる準備を進めなければならない。

ギルバートは身体中に巻かれたロープを外すと肩や足など固まっていた箇所をほぐすように手で動かし、立ち上がった。大きなコブになった後頭部や蹴られた脇腹にもちょっと手を置いてみるが、あまり痛そうにしていると彼女が心配しそうだったので、平気そうな顔をしていた。

(痛みがあるが、骨まではってないか)

「待ってろよ。今、下ろしてやる」そう言うと彼女に近づいた。

チェーンは彼女の足がギリギリ床に着くところで調整されていた。

床にあるチェーンの末尾を持ち、壁のフックにかけられた輪の部分を外した。急に外すと彼女が床に落ちてしまうのでゆっくりゆっくりチェーンを彼女の方へ送って、彼女が床に座り込むまで気を抜けなかった。

ガシャンと音を立てて最後のチェーンの端が床に転がった。

ティは力なくダクトテープで巻かれた手首を前に投げ出した。血流が滞っていたため指先が青黒く変色していた。

「よし。よく頑張った。テープをワイヤーソーで外すから、動くなよ」

ギルバートは器用にテープの下にワイヤーを通し、両手の人差し指にリングを引っ掛けて数度左右に動かした。なんの力も入れずにテープは2つに切られた。

「ギィ、血が出てる…」

「ん?ああ、かすり傷だって。大丈夫。それより、手は動くか?だいぶ長いこと吊られてたから、鬱血がひどい」

ギルバートは彼女の両手をさすっていた。

「なんだか痺れてる…気がするけど。握れるから」

震える手で小さな拳を作って見せた。それを見て、彼は彼女の頭をぽんっと軽く叩いた。「がんばったな」と言うように。

「のんびりしてもいられないから、あの男が戻ってくる前に脱出するぞ」

こくっと彼女はうなづいた。

「いい子だ」

「何をすればいいの?」

「ティは、何もしなくていい。とりあえずそこにじっとして、体力を温存しとけ。逃げるときは走るんだから。俺は、もうちょっと調べてみる」

ギルバートは立ち上がって、室内の物色を始めた。ドアは鍵がかけられてビクともしなかった。しかも鍵はディンプルシリンダーキーだ。ピッキングでは開かない。出入り口はそこ一箇所だけ。

壁を叩いても重い音がするだけで、空洞の部分はなかった。耳を当てても排水管の水音しか音は聞こえない。刃物やハンマーの類はなかった。道具箱もない。針金やワイヤーもない。机も椅子もない。缶詰はなかった。150cm程度のスチール製の小さな棚が2つあり、そこには食料品と思しき袋があるのみだった。

「野郎、用意周到にここでろうって準備していやがったな。使えるものが何もない。」

「じゃ、逃げられないの?」

「まー、焦んなって。こういうことは、発想の転換が必要なんですよ。お嬢さん。」

ギルバートはワイヤーソーで棚の袋をいくつかなぞった。

白い粉が外に露出した。それを指で擦って、舐めてみた。その棚にあったものを次々と調べていく。

何やらしたり顔だ。

「ふーん」

「ギィ、何してんの?」

「ふーん。ヤツはパティシエかなんかなのか?」

「?」

ギルバートはこの場所の中央にぶら下がってる電球に目をやった。

何か思いついたのか指に引っ掛けたワイヤーソーを勢いよく回し始めた。

「ティ、ちょっと荒っぽいことになるけど、いいか?」

「う、うん。逃げられるんなら」

「やられた分ら、きっちりやり返さないとな!」

ギルバートはそう言うと自信たっぷりの笑みを彼女に向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る