第4話 拉致

(遠くから声が聞こえる。

遠くで誰かが泣いている。

あれは、いつのことだっただろう?

自分にすがりついて泣いていた、長い髪の少女は…?

俺はあいつの笑顔が見たかっただけなのに、自分のやりたいことを優先してしまって、結局、あいつを泣かしちまった。

家を出るときの…あいつの…)

「ギィ!ねえ、ギィ!目を覚まして!」

耳障りにガチャガチャと重い金属がぶつかるような音がした。

ギルバートはうっすらと瞼を開けた。

目の焦点は定まっていない。彼女が声を掛けているともわからないような状態だった。

「よかった…。ギィ、生きてる。私の声がわかる?ねえ、聞こえる?」

「?」

目だけが左右に動いた。

視界に入るのは汚れた床と木屑。それにティの履いたベージュのブーツだ。

意識が段々とはっきりしてくる。

(俺は奴を追いかけて…ティを取り戻すために…それから?どうなっ)

通りで男とした手合わせがよみがえってきた。

反撃のチャンスを逃したことを思い出した。

(そうだ。あいつの蹴りを食らって、それから…)

「ティ…ゔっ」

ズキズキと後頭部が痛み、苦悶の表情を浮かべた。

思わず口から言葉が出てしまった。

「い、痛ってぇ!……!!」

痛みが彼の意識を現実世界へと引き戻した。

殴られたであろうところを手で触ろうとするが動けなかった。

腕が後ろ手に交差されたまま縛られていた。

身動き一つできずに床に転がされていたのだ。

「ギィ、大丈夫?ね、痛い?」

彼女の声に彼はようやく意識がはっきりし、自分たちの置かれた状況を理解しようとした。

起き上がれない体を起こそうと努力したがムダだった。

それでも、顔を彼女の方へ向けて、無事を確かめようとした。

「ティ、無事か?」

目に涙を浮かべて彼を見ていた。

彼のいる場所からおおよそ2〜3m先に立たされていた。

ハイネックのセーターに花柄のスカーフ、短めのフレアスカートという出で立ちだった。

乱れた長い髪がちょっと痛々しかった。

「う、うん。私もさっき目を覚ましたばっかり。よくわかんないけど、誘拐されちゃったんだね」

半分泣きそうになっていた。

彼女の両手首は銀色のダクトテープでぐるぐる巻きにされ、チェーンがついたフックに引っ掛けられ、体全体を吊り下げられるかたちになっていた。さっきから耳についていた金属音の理由がわかった。彼女が体を動かすたびに、チェーンとチェーンがぶつかるのだ。

「何かされなかったか?」

「ボディチェックするみたいに体中を触られて、服とかポケットとかに入れてたものは全部取られちゃった。変な…ことはまだされてないけど…、戻ってきたら、するって言って出てった」

「戻ってきたら?」

「ん。ギィの目の前でってやるって」

「はん。だから俺も連れてきたんだな。捨ててきゃいいものを。」

(あー、やだね。男の欲望に狂った奴)

ギルバートも自身が身につけているものを床を転げ回ることでチェックした。

彼女の言っているように身に付けていたものは根こそぎ持っていかれていた。

「っかし、なんで俺までロープで緊縛なんだよ!この変態ストーカー野郎w」

ロープは後ろ手にキツく閉められていた。

だが、素人の仕業だと思った。

プロならばこんな大仰なロープは使わず、絶対に外せない結束バンドを使うからだ。

後ろ手した親指をまとめて結束バンドをしてしまえば、肉に食い込んで外せないからだ。

(勤務前で警棒とか銃とか無くて正解だったぜ。財布も持っていかれたところをみると警察だってバレバレか。)

「ギィ…」

「情けない顔すんなって。ティと一緒にいられて、こっちにとっては好都合。」

自分の状況の確認ができれば、次は彼女と一緒に入れらているこの場所だ。

ギルバートは仰向けになると何度か足で勢いをつけて上半身だけを起こすことに成功した。

いつ男が戻ってくかもわからない。冷静に状況を見極める必要があった。

彼女もそれをわかっているのか、ギルバートの思考を邪魔しないようにその様子を見守った。

彼ならばきっと自分を助けてくれると思っていた。

ギルバートは出来るだけ体を動かしてこの場所全体を見ようとした。

窓がない密閉空間。

重苦しく、湿った空気。

壁から感じる圧迫感。

半地下か地下室のようだった。

拉致して、悲鳴や助けを呼ばれないようにするためには最も好都合な場所。

そこに白熱電球が1つだけ灯されていた。

ティが吊るされているのは壁際。

彼女はドアから一番遠いところにいた。

ティがいる向かいの壁際には棚があり食料のようなものが置かれてあった。

机や作業用のテーブルのようなものもない。

床の木屑も気になった。ここで木工でも行われていたのか?

ただノミやのこぎりの類は見当たらなかった。あらかじめここに拉致すること前提で撤去したようだった。

ふんっとギルバートは一息つくと、目を閉じた。

「なるほど。」

ギルバートは彼女の方へ芋虫のように這って近づいた。

足までロープで縛られてしまっているから、そうすることでしか移動できなかった。

「とりあえず作戦は立てたが、このロープをなんとかしないとな」

少しずつではあるが彼女に近づいていく。

「ギィ、ね、これって使い方わかる?」

「これ?これってなんだよ?」

「スカーフの留め金。見える?」

「ああ。見えるが」

彼女の胸元に光る金色の小さい三重になった輪だった。

「スカーフクリップだろ?それが?」

「これ、違うの」

彼女は恥ずかしそうに赤くなった。

「?」

「痴漢撃退スプレーとか、カラーボールとか、スタンガンとか他の防犯グッズはみんな持っていかれたんだけど、これは気づかなかったみたい」

「だから、何だよ?」

「携帯型のワイヤーソー…なの。ダイヤモンド加工されたワイヤーがね…」

「はぁ!?」

ギルバートは大口を開けて呆れた。

ダイヤモンド加工されたものは使い方によっては鉄鋼もコンクリートも切り裂く威力を持つ。

「お前、何でそんなもん持ってんだ?」

「最近、物騒だし、次回作の構想をちょっと練ってて。ただ、使い方わかんなくて〜」

「そんなのお前が使わんでいい!使ったら腕も足もすっぱり切れる!」

「そ、そうなの!?…う。ごめん…」

ギルバートはため息をついた。

「でも、今回はそれがあるからお前を助けられるな。」

そう言うと安心しろと言わんばかりに笑顔を彼女に向けた。

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