第2話 カフェ・レグリース
ギルバートは通りを行きつけのカフェに向かって歩いていた。
夜勤の前に腹ごしらえをしなければならないかった。勤務先まで地下鉄で数駅でたどり着けるが、あまり時間はない。夕方に差し掛かる時間帯というだけあって、街中は夕食の買い物をする人たちで溢れる時間帯だ。表通りに面した一角にある上品な紅で統一された一軒のカフェ・レストランReglisse(レグリース)。そののドアを開けた。
「いらっしゃい。あら、ギル。今日はずいぶん遅くない?」
「やあ、ケイト。これから遅番なんだ」
「珍しいわね」
「今、色々とね」
「例の大統領云々で?」
「そういうわけでもないんだ。それ以上は聞かないで」
「あ、ごめんごめん。守秘義務よね。で、何にする?」
「ショットを追加したコーヒーとなんかつまめるものあるかい?」
「BLTかサーモンサンドならすぐ出るけど」
「じゃ、BLTで」
素早くレジを打つと注文を奥の厨房へと大きな声で伝えた。
ギルバートは財布からクレジットカードを取り出して会計を済ませた。
外で食べるのは流石に寒いので店内の窓から離れた場所に席を取った。二方向が壁に面しているテーブル。その壁を背にするように座った。
さっき見せた彼女の表情を思い出していた。口から血を流している自分の姿を見て本気で心配した彼女の顔を。口の端がちょっと疼いた。
「なあに、私に断りもなくいつの間にそういう関係になったの?」
ケイトがコーヒーとBLTの皿をトレイに乗せて運んできた。テーブルに置きながら、ギルバートの顔をニヤニヤしながら覗き込んだ。
「は?」
「ギルとティ。ついにティを「ものにした」か!!」
ギルバートの反応をうかがった。
「はぁ?」
両目を見開いて、『そんなことあるわけがない』とびっくり顔だった。
「首のところに紅いルージュが付いているわよ。その色、あの娘がよく付けてる色だし」
ケイトは人差し指で口紅かついたところをトントンと叩いた。
彼は怪訝そうにその場所に手を置くと確かに指にルージュが付いた。
「んなわけあるか。ガキの頃から一緒で、あいつの裸なんて見飽きるくらい見てるし。抱くんなら、もっとこう出てるところは豊満に出ててですね〜抱き心地のいい女がいいっす!」
「私みたいな?」
ケイトは胸元のボタンを1つ2つ外して屈み込んだ。両手を前に組んで、自分の胸がはち切れんばかりになるように押し上げて見せた。
目のやり場に困ったギルバートは、苦笑いしながらコーヒーカップを引き寄せて一口流し込んだ。
「ケイトさん、旦那さんいるっしょ?俺、誘惑してもムダですよ。まだ死にたくないです」
ケイトの夫は筋骨隆々な男で、ここの厨房にいる。
ギルバートは優男ではないが、ケイトの夫に殴られたら怪我だけではすみそうもない。
彼女の冗談とわかってはいるが額に冷や汗が滲んだ。
「なんだ、つまらないの」
「ただの幼馴染ってだけですよ。俺とティは。妹みたいなものですから」
「ふーん。その妹みたいな存在に昼間から口紅をつけられたと?」
彼は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「だからそれはですね。あのバカが足を滑らせて階段から落ちたのを助けた時に誤って付いたんです!」
「本当に?」
「ホントに!」
「首筋に?」
「はい。頭からつんのめったんで、抱きかかえて止めるしかなかったんです」
あの時の記憶を辿った。
彼は落ちてきた彼女を受け止めた。
左胸と鎖骨とあたりに大きな衝撃と痛み。
その痛みの後に彼女の横顔が見え、長い髪が自分の顔にかかった。
「……」
「……」
嫌な沈黙。
ケイトはギルバートの反応を一つ一つ確かめるように見つめた。
「何、真剣な顔しちゃってw 冗談に決まってるでしょう」
店のドアが開き、次の客が入ってくるのが見えた。
ケイトは大きな声でその客に向かって挨拶をした。もう、レジに戻らなくてはならない。
「ケイトさんが言うと凄みが出て怖いっす」
「わかった、わかった。もうイジメないから。でもね、ギル」
「はい?」
「妹だって思って接していても、恋をすると女は変わるわよ」
ケイトはウィンクして去っていった。
「だから、あいつはそんなんじゃないって…」
皿の上にあったサンドイッチを無造作に掴むと自分の言い分を飲み込むようにガブリとかぶりついた。
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