2杯目 追憶

そういえば、彼には彼女がいた。確か、高校1年の夏の終わり頃だったと思う。彼が9月1日に登校してくる時に仲良さそうに歩く隣のクラスの女の子と彼の姿を宿題に追われた眠気まなこで眺めていた記憶がある。あまりにもバランスのとれた2人でカップルの理想像とはおそらく彼らの事だろうと思った。だから、わざわざ付き合っているのか、なんて野暮なことを聞くまでもなかった。


「君も知ってるだろ?高一から付き合ってた由佳子。ついこの間まで付き合ってたんだ、結婚まで考えてたんだよ。」


僕は少し驚いた。高校生カップルなんて卒業すればすぐに別れるものだと思ってたからだ。それでは尚更別れた理由が気になる。僕はコーヒーを少しすすってから問いかけた。


「なんで、別れたの?」


「死別さ、もっと注意してやるべきだった。」


「…死因は?」


「トラックに轢かれて事故死だよ。」


彼の表情は少し暗くなったように思えた。最初と同様、顔を覆うようにまた髪をいじった。


「目の前で轢かれて、彼女の軽い体はビリヤードの玉みたいにまっすぐ前に飛んで行ったよ。酷い有様でね、目玉なんて飛び出してたんだよ。頭も割れてたし、こんなに血があったのかってくらい血だまりも出てきててもう手遅れって素人が見ても分かるくらいだったよ。」


彼の話に聞き入っていると、コーヒーがぬるくなっていることに気づく。それを一思いに飲み干すと店員さんにお代わりを頼んだ。

彼は店員さんが厨房の中へと消えてしまうと、話を再開した。


「少し、彼女との思い出話を聞いてくれるかい?」


僕は無言で頷いた。彼はとっくにカフェオレを飲み干していたがお代わりを頼む様子はなかった。


「彼女はよくウィンクをしていたんだ。」


「ウィンク?どうして?」


「不思議だろう、だから僕も聞いたんだ。ねぇ、どうして君はしきりに右目をウィンクをするのかって。」


僕は少しだけ前屈みになり彼の目がある位置を見た。まるで、刑事が事件の真相を聞き出す時のように。


「なんて言ったの?」


「俺はきっと癖だとか、そういう病気に侵されているんだと言うのかと思ったんだ。けれど違った。」


僕は焦らされてるみたいで少しもどかしく思った。


「じゃ、なんだったのさ?」


「彼女は右目が大切だからと言ったんだ。」


「…どういうこと?」


「右目が利き目だから、左目よりもいたわるためにわざと瞬きを沢山していたんだって。」


僕はいまいち理解が出来なかった。確かに理屈ではそうだが、だからといって過剰に瞬きをそれも片目だけする必要があるのだろうか。僕がさっきよりも心なしか鮮やかさのました壁の絵を見ていると彼は続きを話し始めた。


「彼女は変わった子だったんだ。とても。」


「うん、確かに。」


僕はほとんど無意識に同意していた。


「自転車をこぐ時も右足でペダルを1回ふむと左足で2回ふむんだ。誕生日プレゼントもなぜかTENGAをくれたんだ。」


僕は目を見張った。


「なんで、そんなものを。」


「私が居ない時でも一人で慰められるようにだって。」


僕は背もたれに深くもたれた。


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