第717話 謎解き


 その場にいた全員が絶句した。

 王家が尊ばれているのは、神に愛された印である聖属性魔法と光の精霊の祝福か加護を持っているからだ。


 もちろん聖属性魔法は平民にも出現する魔法属性であり、信仰心の厚い水や土属性からも稀に転化することもある。

 しかし絶対数は少なく、ほぼ必ず生まれる家は王家とクライン伯爵家だけである。

 王家から降嫁すると全く生まれないわけではないが、ほとんどがその嫁ぎ先の家の属性になってしまうので、増やすことができないのだ。


 そう言われてみれば王の金髪は以前よりもくすんで見えた。

 年齢のせいと言ってもまだ38歳だ。

 それはまさか? そう皆の心によぎった。



「陛下も最初からなかった訳ではありません。

 エドワード殿下もディアーナ殿下も聖属性魔法を有し、光の精霊の祝福を受けています。

 つまり15年前より後、ということになる」


 王は激高した。


「言わせておけば、リカルドよ。

 その方こそ、光の精霊王の加護を失ったそうだな。

 エリー・トールセンの身の安全を図れなかったから、契約違反としてな。

 それで余を貶めようとしておるのだ!」


「確かにおっしゃる通り、私は光の精霊王の加護を失いました。

 ですがまだ聖属性魔法を失ったわけではありません」


 リカルドは『癒しの光』を発動した。


「過保護すぎる加護を失ったおかげで、以前よりもすぐに発動できるようになりました。

 ですから問題はございません。

 さぁ、陛下もどうぞ。

 ライトヒールぐらいでもよろしいのですよ」



 だが王は動かなかった。


 替わりに王妃レオノーラが発言した。


「陛下はきちんと国を守る障壁に力を込めていらっしゃいます。

 最近頻度は下がったかもしれませんが、それは先王陛下を失われた悲しみからですわ」


「それはどうでしょうか?

 本来であれば障壁の魔力充填は王としての最重要責務で、近習がお側について行うものです。

 なぜなら体調が悪い時など、魔力枯渇を起こして倒れた時に対応するためです」


「6年ほど前から陛下はお一人で行くと仰っていた。

 何度お諫めしても聞かず、度々先王陛下を同伴されることもあった。

 何かあった時の代わりができるのは、近習ではなく王家の人間だと譲らなかった」


 父アンソニーの証言を受けて、リカルドは話を続けた。


「多分先王陛下が今上陛下の代わりに魔力充填を行っていたのでしょう。

 推測でしかありませんが、エリノア姫の娘であるマリールイーズ・タイラーが死んでサクリード皇国の血が完全に途絶えて呪われたとでも言ったのではありませんか?


 それならば先王陛下が愛の女神に許しを請い、自ら呪いを受けた理由がつきます。

 しばらくは言われるがまま、魔力充填をおこなっていらしたが老齢による力の低下を感じこのままではいけないと思われたのでしょう」


 それでも王は何も言わなかった。

 先王の謎の死の理由は説得力のある内容であり、重臣たちは彼の違うの一言が聞きたかったにそれはなかった。



「父上、陛下はいつも先王陛下を連れられたわけではなかったのですよね?」


「そうだ、お一人で向かわれることもあった」


「私はそれが人身売買や魔石不足の理由なのではないかと思っています。

 別の聖属性魔法を使える人物に、対価を支払って魔力充填をさせていたのです」


「それほどの能力のある人間がクライン家以外に存在するとは思えない!」


 こういったのはラリック公爵だ。


「ええ、その通りです。

 だから妹の身柄を押さえて、私にもさせるおつもりだったのでしょう。

 そのためにも私を近習にするわけにはいかなかったのです。

 なぜなら近習となった私を脅迫することは、王の近習に対しての裏切り行為だからです。


 確かに人間ならば我が家しかありませんが、それが魔族だったら?

 例えば元『常闇の炎』のクランマスターであったビリー殿は著名な治癒士です。

 彼はありとあらゆる治癒魔法が使えたと情報がございます。

 つまり聖属性を持つ魔族は存在するのです」



 すると誰もいないはずの玉座の後ろの幕がゆれて、声が響いた。


「俺はやってないがな。

 なにやら面白そうな話をしているじゃないか。

 俺も興味あるな」


 リカルド以外のすべての人間がギョッとした顔で、声がした方向を見た。

 その場にはビリーとドラゴが立っていた。

 王城に掛けられた結界を突破して転移してきたのだ。

 彼らがその場にいることを誰も咎めることができないまま、リカルドは話を続けた。


「ええ、ビリー殿ではありえません。

 なぜならそれほどまでの弱みを見せていたのなら、あんな形で『常闇の炎』を潰すような圧力をかけられないからです。

 誤解を招くようなことを発言し、申し訳ありませんでした。

 聖属性魔法が使える有力な魔族の情報を、あなたしか見つけることができなかったので名をあげてしまいました」


「その件の謝罪は受け入れよう」


「寛大なお心、いたみいります。

 それで聖属性魔法を持つ魔族は他に存在しますか?」


「もちろんいるが、あの障壁の魔力充填を行えるものはさほど多くない。

 俺が知っているのは鬼神族に1人いるくらいだ。

 もう100年以上会ってないがな。

 そいつには3つの顔があり、その1つが聖属性魔法を使える」


「なるほど、情報提供感謝いたします」



 リカルドは彼に注目する人々に言って聞かせるようにゆっくりと視線を合わせた。


「ビリー殿の証言は聖属性魔法をもつ力のある魔族が存在すると言うことです。

 そしてその伝手は、暗殺ギルドだと考えます。

 あの組織ならば金で動きます。


 今回のエリー・トールセン殺害の実行犯は、オーギュスト・カロンという魔族でした。

 彼が暗殺ギルドの一員だと言うことは、カイオス・タイラーと共に追い詰めたジョシュ・ハーダーセンの証言で判明しております。

 彼は近衛騎士団に入団しましたので、不明な点は本人に聞いてください」



「待て! 陛下が聖属性魔法を失ったということが正しいとして、一体何をしてそうなったのだ?」


「それはルーナ・ゼ・ミューレン侯爵夫人とヘルベルト・ゼ・ミューレン卿の殺害のためでしょう。

 あの2人がなくなったのは事故ではありませんでした。

 私はヘルベルト卿から、遺書を預かっているのです。

 届いたのは彼の死後、半年以上が経過してからでした」


 ミューレン侯爵が悲しみをこらえるように俯いた。

 もはや隠しきれない醜聞と、息子の死の真相を明かすときが来たからだ。



「ラリック公爵はご存じでしょうが、ルーナ夫人は真正の嗜虐趣味と苛烈な支配欲の持ち主でヒトに不幸を与えるのが大層好んだ女性でした。

 それはヘルベルト卿が遺書と共に送った彼女の手記を読めばわかります。

 彼女は自分のやった犯罪を記録し、読み返すのを楽しんでいたのです。


 一番の被害者は双子の姉であるセーラ姫です。

 幼いころあまり評判のよい令嬢ではなかったのですが、なぜか王女として王家に養女に入ったのは彼女でした。

 ラリック公爵家は姉に悪事を擦り付けていたルーナ夫人の悪辣さをご存じだったから、外交結婚の駒にすることはできないと考えたのでしょう」


「妹のルーナは、頭は切れるが享楽的な女でいたずらが過ぎた。

 とても王家に差し出せなかった。

 それで幼い時から親しくしていたミューレン侯爵家に嫁いでもらったのだ」


「言葉は言いようですね。

 ラリック家の秘宝を使って、ミューレン侯爵に心制御をかけていたのをご存じなかったとでも?」


「そのようなことは知らぬ」


「私の母もその被害者です。

 その件に関しては、後で個々にお話合いされるとよいでしょう。

 話を続けましょう。

 私はヘルベルト卿と幼いころから親しくしていました。

 彼は父母ではなく祖父母に育てられ、私よりも2年年長でしたがミューレン侯爵家の闇属性にふさわしく穏やかで優しい少年でした。

 そんな彼がたまたま領地から戻った折に母親の悪徳手記を読んで、これまでの我が国に起こった不幸な出来事のほとんどに関係していたと知りました。

 そして彼女をこの世から抹殺する決心をしたが、それを失敗すれば私に後を引き継いでほしいという手紙をもらいました。


 彼はこう書いていました。



『いろいろ相談し考えた結果、この国を蝕む毒婦である母を謀殺することにした。

 これは父のため、妹のため、領民のため、いやこの国と陛下のためにやらねばならないのだ。

 たとえ我が侯爵家が潰れても、刺し違えたとしてもやり遂げるつもりだ。

 ただもしもの時のために、この証拠の手記を君に僕の死後半年後に送るように手はずを整えた。

 僕が失敗したら、君が母を始末して欲しい。

 他に頼れる人がいないのだ。

 君だけが頼りだ、リカルド。

 後はよろしく頼む』



 私はこれを読んでおかしいと感じました」


「何がおかしいのかさっぱりわからないわ。

 ヘルベルトは母親の悪事を知って義憤にかられたということでしょう?」


 王妃レオノーラが首をかしげていた。

 母親と他人事のように言っているが、ルーナは彼女の実妹であった。

 その言い方にリカルドは心の中で舌打ちをした。


「ここに書いてあるではないですか。

 彼は誰かに相談していた、つまり私以外にこの件を話した相手がいるのです。

 なのにその人物に手記を渡さなかった。


 父親のミューレン侯爵や祖父母か?

 彼らならば跡継ぎのヘルベルトを危険な目に遭わせるようなことをしないでしょう。

 内内で処分して、病死扱いにするのが順当です。


 伯父のラリック公爵や王妃殿下か?

 性格が病的に破綻した妹を他家に押し付けるような人間に相談するとは思えません。


 当然私の父でもない。

 なぜなら父が婚約しようとしていた女性を襲い、苦しめたのはルーナ夫人だったからです。

 父ならばその話を聞いてすぐに、彼女を法の下で裁くでしょう。


 格下の貴族では握りつぶされる、あるいはルーナ夫人に暴露される恐れもあります。


 ならば他にヘルベルトが信頼して、相談しそうな相手は誰か?

 当時ヘルベルトはシリウス殿下の友人として王城へ上がっていました。

 聡明な彼が子どもの殿下に相談するとは思えません。

 それに夫人の悪事は本来父が王に選んだ王太子殿下や、セーラ姫の婚約者だった他国の王子たちの死にも関係していました。

 家が潰れてもいいと思ったのなら王城で稀にですが会うことのできるお方、国王陛下に相談したと考えるのが自然です」


「それは極論過ぎる」


「いいえ、それ以外の人物ならばこの話がもっと出回っていてもおかしくないのです。

 それに相談し謀殺すると決まった後、彼は気が付いたのです。

 母親の手記の中に『お姉さまの夫を寝取ったけど、体つきが柔でつまらなかった。やっぱり男は筋肉よね』とあることに。

 ルーナ夫人の姉は2人。

 レオノーラ王妃殿下とカーレンリース辺境伯夫人のセーラ姫です。

 彼女は手記にはぼかして名前を書かず、セーラ姫のことを『のろま』と書きがちでした。

 それに辺境伯の体はたいそう筋肉質で柔ではない。

 となるとお一人しかいません」


 さすがに皆が黙った。

 どうにかして国王を救いたかったが、それが出来そうにないのだ。



「子どもはどんなに悪女でも母親を殺そうなんて、普通思いません。

 せいぜい頑張って離婚で追い出すか、修道院行きでしょう。

 けれども権威ある方に命令されたからこそ、決心がついたのです。


 それに彼の性格上、自分と母親の死は受け入れても御者や従僕まで死ぬ事故で処理するなどありえません。

 陛下はヘルベルトにルーナ夫人を旅行中の病で亡くなったように見せかけるために毒で殺すように命じ、彼らの馬車を襲わせてすべての真相を闇に葬ったのだと考えます。

 そうすることで不倫の関係にあったルーナ夫人だけでなく、知りすぎたヘルベルトもまた同時に始末できたのです。

 その実行犯も暗殺ギルドでしょう」


 その場は静寂に包まれた。

 あまりの内容に誰も動くこともできないのだ。

 しばらくしてやっとオスカーがつぶやいた言葉が耳に届いた。


「神々は近しい血縁以外の恋愛には寛容だが、犯罪には厳しい。

 断腸の思いで母親を裁いた少年を、自らの罪の隠蔽のために殺したとあっては信仰が基本である聖属性魔法が消えてしまうのは当然だろう」


 

 それはまるで神の言葉のように皆の心に響いたのだった。

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