第716話 追及


「謹んでお断り申し上げます」


 その言葉は謁見の間にいたほぼすべての人々に衝撃を与えた。


 1つはその内容に、そしてもう1つはリカルドが王に逆らったからだ。



「り、リカルドよ、その方はわしの命に逆らうと言うのか?」


「これまで私は妹のために、陛下の命令に逆らうことは致しませんでした。

 ただ今回のご命令はお受けできないのでございます。

 あまり意味のない、私にとっては少々役不足のお役目ですし、特に受けなくても問題はないかと存じます」


「なんだと!」


「理由は2つございます。

 1つ目は私以上に国政を担うのにふさわしい人物がクライン家におりますので、そちらをご紹介させていただきます」


「馬鹿を言うな!

 ピエールは領地に戻ったはずだ」


「ええ、兄には身重の妻がいて領地から動けませぬ」


「ならばサミュエル・クライン子爵か?」


「申し訳ございませんがサミュエル兄は聖属性の力を持っておりませんし、政治的な手腕はないとは申しませんが経験が不足しております」


「ならばどういうことだ⁈」



「これまで我がクライン家は家人が悪魔に身を売ったため、その贖罪も込めて陰ひなたなく王家にお仕えして参りました。

 でもそれは王が近習を裏切らないこと。

 この1点が守られているからこそ、我々は神や精霊から与えられた力を屈指してどのような仕事でも請け負っていたのです。

 ですがこの度それが破られてしまいました」


「何を言う?

 わしは約定を違えておらぬ」


「ではなぜエマを別館から連れ出そうとしたのですか?」


「それは近衛隊長が誤った解釈をしたまでだ。

 その方との約束を違えたわけではない。

 それに結局は連れ出すことはなかったのだ」


「ええ、そのことを約定違反と言うつもりはありません。

 ただ確認したかったまでです」



 リカルドは周囲をぐるりと見まわした。


「我々クライン家はこのところ王都で起きている不可思議な事件を追っていました。

 最初は王都における子どもたちを誘拐し、奴隷商人に売る輩のことでした。

 5年前に私の従者であったエリー・トールセンが事件に巻き込まれ解決いたしましたが、最終的な黒幕は残ったままでした。


 その中で気になることがございました。

 王都の子どもたちだけでなく、魔法学校の生徒が非常に効率的に誘拐されていたのです。

 それはどれも地方から親元を離れてやってきて、王都で身寄りのない者ばかりでした。

 いなくなったことは書類上では残るものの王都で誘拐を申し出る者はおらず、誘拐された親も子から連絡がない程度にしか思っていなかったのです」


「くだらぬ、それになんの関係があると言うのだ?」


「大いに関係がございます。

 いったい誘拐犯たちはどうやって魔法学校に入学する生徒を知ることができたのか?

 ジョブ診断をした教会も考えられますが、教会全てが汚濁にまみれているとは考えにくく、悪心を起こした者の居る地域の情報しか手に入らないはずです。

 それに生徒たちが乗る馬車を特定するなど、かなり困難です。

 なぜなら出身地、経済状況などで、いつ出発するかは本人たちの匙加減なのですから。

 ですが王宮ならばその全ての情報を得ることができます。

 彼らが使うはずの馬車は国の支援によって予約されるのです」


「では宮廷の高官が主導したというのか?」


「もう少々お待ちください。

 その次に起こったのは、王都での薬草と魔石が不足したことです。

 これまで潤沢に手に入っていたものが、セネカの森が機能しなくなっただけで不足するのはおかしいと思いませんか?

 セネカの森はヴェルディ伯爵家の管轄で、これまでの王都での採取量の1割半程度です。

 2割と見ても、今起こっている急激な魔石不足はありえません。

 なぜなら王都以外でも魔石は十分に手に入るものだからです。

 多少割高になってもここまで不足するのは何らかの形で消費されているからに他なりません。


 では何に使われたのでしょうか?」


「それがわかったのか?」


「それを突き止める調査をしていた父は殺害されました。

 ですがそれで王宮が絡んでいることがはっきりしたのです」


「それは証拠などではない!

 ただ御託を並べただけではないか‼」


「それでは証拠をお見せいたしましょう。

 こちらが私以上に国政を担うのにふさわしい者です」



 するとリカルドの従僕の1人が前に出た。

 眼鏡をかけたさえない様子の中年男だ。

 王都で見かけたことのない人間だった。


「もう魔道具を外していただいても構いません、父上」


 眼鏡を外した男はさえない様子はなくなり、王の近習にしてこの国の政治を動かしてきたアンソニー・ゼ・クラインそのヒトであった。


「……アンソニー、生きておったか……」


「はい陛下、おかげさまでつつがなく生きております。

 私の息子が、カイオス・タイラーから身代わり石を購入してくれていました」


「それは彼が8年前に3つ目のダンジョン踏破したときに報酬として得たものでした。

 たいへん高価で、一時ですが私の個人財産が枯渇しかかったくらいです。

 後でカイオスから買い戻したいと言われましたが、父の命は常に危険に晒されていたので渡せませんでした」


 カイオスが買い戻したいと言ったのは2年前だ。

 エリーに会って、彼女に渡したかったのだろう。

 その意味ではリカルドも後悔していた。

 彼女を必ず守ると約束したのだから。



「聞かれると思うので先にご説明いたしますが、父の生存を隠していたのは我が妹エマを逃がす時間稼ぎと犯人の油断させるためでした。

 父の追悼式の後、エリー・トールセンとともに妹を国境ギリギリの領地へ逃がし、そこで育ててもらうことになっていました。

 ですが彼女は殺害されたため、その時間稼ぎは無駄なものになってしまいました」


 リカルドは再度とても良い笑顔を見せた。


「それでいかがでしたか? 父を殺した感想は?

 陛下」


「何を言うのだ!」


「私が生きているのに今更言い逃れは見苦しいですぞ」


「お前たちが結託してわしを落としいれようとしていないとどうして言い切れる?」



 親子はお互いの顔を見てから、王に向かって呆れたようにため息をついた。


「殺されたエリーは錬金術師、特に付与と魔道具製作の天才でした。

 ここに彼女の作った魔道具がございます。

 教会の水晶の間にあったものとは別のもので、父のために作ってもらったものです。

 これには魔力を込めることで、その場の情景を留める機能がございます。

 父は殺害されたとき、この魔道具をその部屋に放っていました。

 それで記録されたものがこれです」


 記録された映像には奴隷売買の収益やおかしな動きをしていた魔石の流れを記した書類を発見したアンソニーが、王の目の前で近衛騎士たちに捕まって毒杯を飲まされるところが映っていた。

 彼が絶命するまで見届けた後、毒を飲んでいないように偽装を始めた。

 そして別室に運ばれた。


「ち、違う!

 悪いのはクライン閣下だ!

 陛下は混乱を招かぬように、内密に処分せよと仰られた我々はそれを遂行したまでだ!」


「近衛騎士団長がこのように言っていますが、その前の書類の収益者は陛下でございましたね。

 ほら、ちゃんと父は1ページごとにしっかりと絵を保存しています。


 我がクライン家は不正をしないよう年に何度も監査を受けており、奴隷売買などの犯罪を起こせません。

 それが見過ごされていたのなら、当家を監査した数々の貴族家が加担していたことになります。

 そう例えばラリック公爵家やミューレン侯爵家もそうですね」


 ラリック家は貴族派、ミューレン家は中立派の中心で、クライン家と立場が異なり、監査の手加減はしないのだ。



「王家も監査を受ける……」


「ええ、もちろん。

 ですが陛下だけは受けません。

 この国は陛下のもので、陛下御自身の財に関しては誰も触れられないのです。

 父があの書類を記録したのは、陛下の個人財産を収めた部屋です。

 だから遺体を別室に移して病死に見せかけました」

 

「私は服毒後、すぐ身代わり石が発動して息を吹き返しました。

 ですがすぐに動くと再度殺害されるため、死んだふりをしていました。

 聖属性魔法には周囲の認識を甘くする作用もありますのでね。

 陛下にだけは発覚する心配がございましたが、それは杞憂でした」


 父の言葉を受けて、リカルドが続けた。


「陛下、いつから聖属性魔法を失ったのですか?」


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身代わり石はエリーの『魂繋ぎのネックレス』とは違い、死ぬ直前に全回復するものです。

ただし1度しか使えません。


『魂繋ぎのネックレス』はこういう説明を書いたことはちゃんとなかったけれど、わかりやすく言えばHP1をしばらく保つもの、つまりギリギリ死なないんです。

ですがしかるべき手当を受けなければ、死にます。

エリーがしばらくカロンと話をできたのは、ネックレスの作用です。

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