第715話 リカルドの返答


 とうとうエヴァンズの卒業式の日が来た。


 家宅捜索を受けるために領地へ行っていたサミーは夜通し馬車に乗っていたが、何とか間に合わせることができた。

 本来なら早期卒業したエリーを追いかけて、この日が終わってから領地へ向かうはずだった。

 彼女の死によって、すべての予定が変わってしまった。


 めったに戻らない寮の部屋もまだ片付けていない。

 リカルドの騎士とはいえ、彼が寮生活を免除されることがなかった。


 制服の予備がその部屋にあるので、彼は自宅へ帰らず寮に戻ることにした。

 男子寮には誰が使ってもいいシャワールームがあり、いつでも使えるようになっている。

 騎士学部の生徒が朝練、夜錬と汗だくになり、風呂の提供では追いつかないのだ。


 サミーが入っていくと、皆が一様に見てくるが誰も声を掛けてこなかった。

 事情を聴いているのだろう。

 取り合う必要もないとシャワーを浴び出て行こうとすると、1人声を掛けてきた。


 マリウスだ。



「あの……ダイナー様。

 いえ失礼しました。クライン子爵様」


「別にサミーでいい」


「は、はい。サミー様。

 少しお話をしてもかまいませんか?」


「あまり時間がない。

 手短に頼む」


 冷静な回答にマリウスは落ち着かない様子で、でも心を決めて聞いた。


「エリーが死んだって本当ですか?」


「遺体は見つかっていないがその可能性が高い。

 リカルド様の見立てでは9分9厘難しいそうだ。

 だがもしものことがあるかもしれない。

 つまりはっきりとはわからないのだ。

 俺は……生きていると思いたい」


「そんな……」


「君は彼女に良くしてくれたそうだね。

 苛めに遭っていた時も庇ってもらったと聞いた。

 礼を言う」


「いえ、俺の方こそエリーにはすごく世話になっていました」


「話がそれだけなら、着替えがあるので失礼する」


「は、はい。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」



 サミーが去った後、俯いて黙りこくっているマリウスの側に騎士学部の生徒たちが集まってきた。


「あんまり落ち込んでないみたいだったな……」


「ちげーよ、あれは感情を出さないようにしてるの。

 普通じゃないだろ。

 婚約者が殺されたんだぞ」


「貴族がワッと泣いたり出来ねーもんな」


「それにしたって、もうちょっとなんかあってもいいだろ」


「おい、マリウス。

 お前も黙ってないで、なんか言えよ」


「……エリー、ホントに死んだのかな……」


「9分9厘だぜ。無理だろ」


「友達だったんだ……。

 防具も、ナイフも全部作ってもらった。

 とても信じられない……」


「お前、毒婦の取り巻きって呼ばれていたもんな」


「エリーは毒婦なんかじゃない!

 自力で倒せない敵に毒を使うのなんか、普通じゃないか‼」


「俺たちに言うなよ。

 そりゃあの子が誰彼なしに毒を振りまくような人間じゃないって、本人に会ったらわかるぜ。

 だけどお貴族様の噂を俺たちで否定なんかできないだろ」



 マリウス以外の彼らも数少ない思い出話を始めた。


「小さい子だったな。

 ウチの妹よりも大人しい感じだった」


「でも話しかけにくかったぜ。

 いつもクライン伯爵家の方々と一緒だったし」


「俺は話したことあるぞ。

 1年の時、一緒の工芸の授業を取っていたんだ。

 鍛冶でナイフを作りたいって言ったら、教師には難しいからダメって言われたけどトールセンが手伝ってくれて。

 インゴットから作るのはまだ無理だから、板状に精練された金属を成形したらいいって。

 俺は欲しい形に切って削っただけで、焼き入れと仕上げはほとんど彼女がやってくれた」


 マリウスは目に見えるようだと思った。

 彼女は誰にでもとは言わないが、同じクラスで困っているなら親切に手を貸したことだろう。


「エリーはそういう子なんだよ……」


「俺、勉強教えてもらった。

 試験落ちたら進級できないとこまで来ちゃって、無視されるの覚悟でトールセンに泣きついたんだ。

 そしたら俺の過去の答案とかノートとか見て、こう勉強したらいいって。

 おかげで今ここにいる」


 その話も覚えていた。

 彼女が全く知らない相手に突然助けを求められたのだ。

 それでマリウスに言ってきた相手が、騎士として真面目なのかどうか聞いてきた。

 そして彼は脳筋バカだけど、悪いヤツではないといったのだ。


「なんかしんみりするな……」


「いいヒトほど早く死ぬって、本当なんだな……」


「縁起でもないこと言うな。

 クライン子爵はまだ生きているって思ってんだぞ。

 聞こえたらどうするんだよ」


「おい、それより俺たちも着替えないと遅れるぞ」


 それもそうだと、集まった少年たちは解散した。




 その頃、支度を終えたサミーはリカルドの執務室を訪ねていた。

 中はすっかり片付いており、机の上に多少の書類があるだけになっていた。


「リカルド様、ただいま戻りました」


「おかえり、サミー。

 領地の方はどうだった?」


「エリーが行方不明と聞いて、多少の動揺はありました。

 コルテス辺境伯の手の者が襲いに行ったと考えたようです。

 怯える彼らには領地にいれば襲ってくることはないと宥めました。

 彼女は10日程度の滞在でしたが村人とかなり交流を持ったようです。

 病人を治したり、働かない職人に仕事を与えたりしていました。

 出て行った村人が戻ってきたときの当座の資金なども与えていて、皆ひどく悲しんでいました」


「そうか」


「俺は基本王都にいると伝えると残念がっていましたが、何か困りごとがあれば伝えるべき相手がはっきりしたことは喜んでいました、

 騎士団の家宅捜索も皆素直に応じて、問題はありませんでした」


「カイオスは来たのかい?」


「いえ、通信鏡を使っても応答はありません」


「ならばそのままそっとしておこう」


「これからいかがいたしますか?」


「卒業式が終われば王城へ行く。

 今は最悪な事態に陥っている。

 まさか魔族に決別宣言を出すとは……愚かとしか言いようがない」


「卒業式が終わるまでは政務に参加する必要なしと、王宮から言ってきたのでしたね。

 このことを狙っていたのでしょう」


「今日の会議で私は宰相補佐に任ぜられる。

 君も付いてくるかい?

 このまま領地へ向かってもよいのだよ」


「もちろんリカルド様についてまいります。

 エリーやエマ様がいるならともかく、あの領地に思い入れはありませんから。

 ただ縁があった土地なので、できるだけのことはするつもりです」


「うん、わかった」


「それにしても宰相補佐とは。

 宰相もいないのに補佐などありえない」


「これまでは近習がすべてを担っていたからね。

 若輩者の私では宰相は重荷なのだそうだよ」


「ひどい侮辱です。

 王宮は閣下とリカルド様で回しているようなものなのに」


「やる気になれば誰でもできると思っているんだろうね」


 リカルドは薄い微笑を浮かべた。

 それならばさっさとやる気を出せばよかったのだ。

 だが愚か者にこれ以上関わる気はなかった。



 卒業式はつつがなく終わった。

 エリーの死の噂は広まっているものの、大きな反響はサミーに対するシャワー室での質問ぐらいだった。

 同じく死んだオーギュスト・カロンについては話にも上らなかった。

 暗殺ギルドに絡んだ情報は漏洩されていないのだ。


 ならばなぜエリーだけが公表されているのか?

 そのこともリカルドとサミーは不快に感じていた。



 ただ一人だけ声をかけてきた。

 ディアーナ王女だ。


「リカルド、サミー、今大変だと思うけど教えてもらいたいことがあるの」


「なんでしょうか? 殿下。

 このあと貴族会議がございますので手短にお願いします」


 彼女はあと数日だがまだ14歳なため、会議にでられない。


「あの……エリーの知り合いに萌香って子いないかしら?

 教えてもらう前に彼女がこんなことになってしまって、聞くことができなかったの。

 わたくし、その子とどうしてもお話ししたいの」


「申し訳ございませんが、私は聞いたことはございません」


「俺も聞いていません」


 嘘だがリカルドは答える気はなかった。

 彼女がもっとエリーに親身になっていたら、こんな回りくどいことをせず直接本人が話していただろう。

 信頼関係を作らなかったのはディアーナなのだ。


「えっと、転生者の集まり……らしいの」


「知りませんね。

 彼女の平民の知り合いについては特に注意を払ってしませんでした。

 サミーはどうだ?」


「俺が聞いているのは『常闇の炎』や冒険者の知り合いぐらいですね。

 特にハルマという冒険者とは、同郷で親しくしているのは知っています。

 勇者ハヤト殿の教育係を務めている人物です。

 そちらに当たってみられては?」


 サミーは優しいとリカルドは思った。

 ちゃんとヒントを与えたのだ。

 

「そう……わかったわ。

 ありがとう。2人とも」


「お役に立てず申し訳ございません。

 先を急ぎますので失礼いたします」


「失礼いたします」



 リカルドは王城へ行く前に大聖堂カテドラルを訪ねた。

 そこにいたのはオスカーと他に数人の司教たちだった。

 それにハヤトと聖女マドカもいた。

 彼女はイヤそうに不貞腐れていた。


「オスカー殿、大変お待たせしました」


「いや、今日は卒業式だったのだろう?

 君にはいろいろ世話になっているから気にせずともよい」


「お願いしたものは?」


「もちろん許可を得て、持参している」


「ありがとうございます」


 ハヤトは不安そうに眉をしかめていた。


「俺、行く必要あります?」


「悪いけどあるんだ。

 何、今日だけで済むから頼むよ」


「ちょっと! あたしにはなんかないの?」


 そうマドカが叫んでいたがリカルドは無視した。




 用意した馬車にオスカーが乗り込もうとしたとき、彼の側にふと見慣れない眼鏡をかけた中年の従僕がいることに気が付いた。


「リカルド、あの男は?

 初めて見るのだが……」


「領地で活躍していた者を呼び寄せたのです。

 サミーも領地持ちになりましたし、有能な人物を王都に置こうかと思いまして」


「なるほど宰相補佐たるもの、何事にも隙は作らないと言うことだな。

 いもしない宰相の補佐というのが、理解しがたいが……」


 リカルドはただ微笑んだだけだった。



 王城へ入ると、さっそく謁見の間に行くことになった。

 会うものは祝いの言葉を述べるが、それ以外は王が魔族などの人間以外のヒト族を国民から排除すると言うことを決めたことで持ちきりだった。


 リカルドは愚かしいことだと思った。

 そんなことをすれば加護の弱まっているこの国をさらなる危険に晒すだけなのだ。

 勇者ユーダイと魔族が張ってくれた魔獣除けがあるからこそ、200年経っても王都でスタンピードが起こらず、先日のアウラウネの大量発生も近在で済んでいたのだ。

 その対価が人間以外のヒト族を国が受け入れることだった。

 それに反する公示すれば何が起こるか、想像は難しくなかった。



 リカルドはついてきた騎士や従者、客人たちを壁際に残し、玉座にすわる王の前に進んだ。


「リカルド・ルカス・ゼ・クライン、お召しにより参上仕りました」


「おお、待っておったぞ!」


 リカルドは王に口上を述べ、頭を垂れた。

 いくつかのやり取りののち、最後に王はこう述べた。


「それでは我が忠実なる家臣、リカルド・ルカス・ゼ・クラインを宰相補佐に任ずる」



 リカルドは頭を下げたまま、片足を跪いて受けた。

「謹んで……」


 そうして顔をあげて、めったに見せないほどの笑顔で返答した。


「お断り申し上げます」


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この場にジョシュやアシュリーがいないのは、彼らが卒業式時点で寮に住んでいないからです。

ジョシュは近衛騎士団宿舎、アシュリーはカーレンリース領へ旅立っています。


リカルドが王宮でやっていた仕事は、国王以外の王族関係の政務や会計などです。

本当は三殿下だけでいいんですか、王妃と幼い王女の仕事もやらされています。

アンソニーは国王の政務補佐、国家財政、外交、貴族の取りまとめなどです。

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