第713話 リカルドの告白
リカルドからエリーの隠し事を聞いて、サミーは少し落ち込んでいるようだった。
「俺は……彼女のことをあまりよく知らなかったんですね……。
カイオスさんの孫ということは、彼女はエリノア妃の孫ということですね」
エリノアがサクリード皇国の遺児であることは、貴族ならば誰でも知っている。
だから愛妾という地位でも彼女のことを皆エリノア妃と呼んでいた。
「君が父の子だということを知って、エリーはびっくりしていたよ。
それと同じだ。
私と君の関係は公然の秘密というもので、大っぴらには言わなくてもみんな知っているものだ。
だが私が囲い込んだゆえに、彼女の狭い交友関係では教えてくれるものは皆無だっただろう。
教えられそうな人間と言えば、ロバート・ディクスンくらいだな」
騎士を目指すマリウスやアシュリーが目上の人の噂話をするわけにも行かず、ジョシュも自分の出自を誤魔化している。
ソフィアをはじめとする教会関係者も、そのような話をするはずもなかった。
「エリーは外部に仕事の話を漏らすような人間ではないから、貴族の醜聞のような話題は避けたでしょうしね」
「その通りだ。
それに比べて彼女の出自は非常に危険だ。
サクリード皇国の皇族だぞ。
子々孫々、神の加護を得られる血筋だ。
知られたら一生飼い殺しで、彼女の魂は張り裂けていただろう。
エリノア姫のように。
子どもを産むだけの道具にされていたかもしれぬ。
アリステア公のように」
「ええ、わかっています。
でもリカルド様はご存じだったんですよね?」
「私が知ったのはエリーからではなく、アリステア公が彼女に接触したからだ。
それで問い詰めたら、姪なのだと教えてくれた。
託されたと言ってもいい」
「それだけなんですか?
リカルド様はエリーに非常に関心をお持ちです。
これまで特に女性に関しては慎重なのに、彼女にだけは距離を詰めようとされていた」
「前に必ず話すと約束したね。
……ここからは秘密の暴露ということになる。
心して聞いてくれ。
私は転生者だ。
そしてエリーは前世における私の妹であった」
サミーは彼が転生者なことは驚かなかった。
彼は初めて会った時から非常に老成しており、何事にも完璧だったからだ。
だがエリーと兄妹だったことには驚いた。
「妹……ですか」
「そうだ、生まれてすぐから子守をして、死ぬまで側にいたたった一人の妹だ。
そして我々の転生はある邪神、この国では悪魔によって仕組まれた罠だ。
妹の元夫は魔法使いでね。
その悪魔に搾取される側だったのだが、それを彼女が阻止していたから殺されて呪われたんだ。
それも僕を庇ってだ。
彼女は何の汚点もない女神になるはずだったのに、僕のためにこの苦しみを味わっているのだ」
「め、女神ですか?」
サミーは目を見開いてそれ以上の言葉は継げなかった。
「信じられないのはわかる。
僕の妹もエリーも、ごく普通の女性であまり神々しいとか威圧的とか、そう言ったものに無縁だったからね。
ただエリーの能力は魔力が少ないのに非常に優秀だった。
器用と言う言葉では言い表せないほどだ。
だがそれでは納得できないこともしばしばあったね。
例えばレオンハルト殿に渡した聖属性のタリスマン。
エマにくれた神器の石琴。
祈りが叶うバフリコーダー。
もしかするとマリウスに渡したダガーもそうだったのかもしれない。
あれらはあの子の女神としての慈愛が表に出たものだったのだろう」
「にわかには信じがたいですが、それであらば俺は大それたことをしたのですね。
そのようなお方に結婚を申し込むなんて」
「それは気にせずともいいだろう。
君との婚約は強制ではなかったし、エリーはイヤだったら受け入れないよ。
前世での結婚は1度目が死別で、再婚を受け入れるのに5年以上かかっていた。
周りはみんなそれを求めていたけどね」
「再婚……」
「昔の話だから、嫉妬しないように。
しかもエリーの記憶には残っていない。
ちなみに勇者ユーダイは彼女の孫だ。
つまり彼は僕の
ぼくらは前世で70代まで生きていたんだよ。
そしてエリーは全部忘れていたが、僕はすべて覚えていた。
つまり僕は神童ではなく、ただの爺さんなんだよ」
「いいえ、ただの年寄りにリカルド様と同じことはできません」
サミーがあまりにきっぱりとそう宣言したので、リカルドは笑ってしまった。
「でもそれほど仲が良かったのなら、お辛かったのではないですか?
エリーはかなり長い間、リカルド様を警戒していました」
「そうだね、ピアノを教える前はハリネズミのようだった。
彼女が守れるなら、それでよかったんだ。
でも失敗してしまった」
それを聞いてサミーはハッとなった。
「リカルド様! 彼女との魔法契約が破れたことになったのではありませんか?」
「ああ、光の精霊王の加護が切れてしまった。
だが心配しなくていい。
あの加護は元々手助け程度のものだったのだから。
ちょっとばかり周りの情報が入りやす過ぎているだけさ。
私の能力のほとんどが前世から引き継いでいたもので、魔法もこの体に備わっていたものを育てている。
問題はないよ」
光の精霊王の加護の中には、見えすぎる目を制限していた側面もあった。
それがなくなって大量の情報がリカルドを襲っていた。
目に見えるもの全ての情報が入ってくるのだ。
だが転生した当初も同じように悩まされたこともあって、次第に慣れていった。
「先ほども言ったが、エリーの無実はハッキリと認められていない。
それでこの別館やジュリア殿の屋敷にも近いうちに家宅捜索が入ることだろう。
もちろん君の領地もね。
だから明日にでも出発して、領主として捜索を受けてくれ」
「かしこまりました」
「サミー、エマに言ったことを君にも言うよ。
私のことを信じてくれるかい?」
「はい、もちろん。
いや、一つだけ伺ってもいいですか?」
「ああ、1つと言わずいくらもかまわない」
「リカルド様は今世では兄妹ではなかったのですから、彼女と恋仲になろうとは思わなかったんですか?」
これはサミーのずっと心の奥底に潜んでいたわだかまりだ。
本当はリカルドはエリーを愛しているのではないか?
前世でそれほど親しい存在ならば、兄妹の親愛が恋愛に発展してもおかしくないと思ったのだ。
「全くない」
「どうして? 彼女が少女のままの姿だからですか?」
サミー自身もそこは躊躇するところではあった。
でもそれ以上に彼女は素直で優しい女性だった。
出自から色眼鏡で見られることの多い彼は、
「私は今のエリーも認識できているけれど、どうしても前世のエリーゼにしか見えないんだ。
僕が慈しんで育てた……4,5歳くらいかな。
お人形のようにかわいい、僕の後ろをいつもついてくるちっちゃなエリーゼだ。
僕たちは70年も一緒にいたんだ。
彼女が成長した姿を見せても反発されても、ああそういう時期もあったなぁって懐かしむことはあっても恋愛には結びつかないね」
「そんなものですか……」
「ああ面白いくらいにね。
ほら、あの子が水着姿を見せると言って、着ぐるみで泳いていた時は大笑いしたね。
前世のエリーゼも着ぐるみやぬいぐるみが大好きだったんだよ。
着心地がいいからと僕にも着せようとされて、ちょっと困ったところもあったけどね。
朝ごはんをやたらちゃんと食べろと言ってくるところもそうだな。
やっぱりエリーゼは変わらないなぁとほほえましく思っても、恋にはつながらない。
君も父親に……僕は兄だけれど、なればわかるさ」
リカルドはサミーの肩を叩いた。
「さぁ明日は早い。
準備はパペットメイドにさせておくから、早く眠るといい」
「わかりました。
おやすみなさい、リカルド様」
「ああ、おやすみ。
大丈夫だ。
必ずエリーを取り戻してみせるよ」
その言葉は力強く、サミーの心に落ち着きを取り戻させた。
だから自分はこの方に忠誠を誓ったのだと、彼は再認識した。
後はやるべきことをやるだけだった。
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先を書くことに専念していて、サクリード皇国を一時期エクサールと書いていました。
しばらく修正できないのですがお許しください。
ただこのエクサール、どこから出てきたのか?って感じなのです。
調べるとある作家様の作品タイトルになっているようで、表紙を見てもあらすじを読んでも覚えがなく……たぶん読んでいないのだと思います。
その作家様の別の作品「オーラバスター」シリーズは図書館でいろんなラノベを読んでいた時期に読ませていただいたことがあるのですが、それで頭に残っていたのかもしれません。
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