第712話 小さくても大いなる希望


 リカルドが帰れたのは、追悼式翌日の夜遅くなってからだった。


 ラインモルトの死と水晶の間の凶行の報告とその後の捜査指揮や死亡発表の日時などを決める事務処理、エリーの魔道具の映像解析などやることが数多あったからだ。


 その間、ソレイユ=リュンヌはショックがあまりに大きく、ひよこになってリカルドの胸ポケットに入っていた。



 仕事が終わってやっと馬車留めに向かうと、迎えに来ていたのはサミーだった。



「リカルド様、お疲れ様です」


「ああ」


「その、エリーは無事なのでしょうか?

 逮捕後の話がまるで入ってきていません」


「……その話は後でしよう。

 それより君はどうしていたのかな?」


「はい、マルロー卿から連絡を受けまして、すぐに通信鏡でカイオス卿に連絡を取りました。

 エリーが出立できなくなったのでクライン伯爵邸で待機ということにして、待ち合わせていたドラゴ君たちと共に戻ってきてもらいました」


「うむ」


「そうしたらあの子たちがエリーとのつながりが切れて、ごくわずかなものになってしまったと混乱していました。

 大聖堂カテドラルに行きましたが入ることができず、門番すら話すことができませんでした」


「私たちが情報統制を敷いたからな。

 続けて」


「カイオス卿が冒険者ギルドに尋ねてくれましたがそちらにも情報がなく、エリーを国家反逆罪に訴えた者すらわかりませんでした」


「訴えたのは司教ジョエルで死亡した。

 どうやらオーギュスト・カロンに操られていたらしい。

 あと連名であの聖女モドキも加担している」


「オーギュスト・カロン⁈

 あの暗殺ギルドにいた?」


「そうだ、今回の件は彼らによる国家転覆の陰謀だったようだ。

 大聖堂に伝わる神の石を狙っての犯行で、中に侵入するためにエリーに濡れ衣を着せてヴェルシアの裁定を起こさせたのだ」


「なら彼女は無事なのですね?」


「……」


「どうしてお答えくださらないのですか?」


「別館に着いたら話そう。

 彼女の子どもたちやカイオスにも聞かせたい」


「わかりました。お待ちします」



 リカルドはまず本館に入り急ぎの業務だけを確認すると、その間にカイオスを別館前まで連れてくるように命じた。

 そして彼を別館に入れるよう名前を入れると、そこにあったエリーの名前のうちトールセンの字が消えてなくなっていた。


(やはりエリーは死んだのだ。

 だが魂だけは残っているはず。

 そうでなければ完全に消えてしまうはずだ)


 リカルドはそう確信し、サミーとカイオスをつれで別館に入りそこにいる全員を集めた。

 ドラゴ君は不審そうな顔をして聞いた。


「おい、クライン。エマも起こすのか?」


「もちろん。

 これは彼女にも関係することで、ちゃんと知らせておきたい」



 寝ぼけ眼のエマをモカが連れてきて、リカルドは話し始めた。


「ルシィ君以外の全員が集まったね。

 彼には君たちから伝えてもらえるかな」


「言われずともそうする。

 それでどうなったんだ?」


 ドラゴが返答し、リカルドは話し始めた。



「昨夜父の追悼式が終了し、私とサミーが離れた後でエリーは魔族に加担した罪で逮捕された。

 国家反逆罪などに問われ、ヴェルシアの裁定にかけられ、そこで彼女は無辜を獲得し自らの無実を証明した。

 だがその場の安どを逆手に取られて、暴漢に襲われた。

 襲った男は我々と同じエヴァンズのAクラスで、暗殺ギルド員と判明した魔族オーギュスト・カロンだ。

 彼は操った別の司祭と共に、ラインモルト枢機卿によって倒された」


「それよりもエリーは無事なの?

 だいたいウィル様がこの国を裏切るつもりならもっと早くできたし、とっくに滅ぼしてるよ」


「君の言う通りだ、ドラゴ君。

 だが残念ながら無事とは言えない。

 裁定の行われた水晶の間は彼女1人の血で真っ赤に染まり、あの量では生きていない可能性が高い」


 その言葉に全員が息を飲んだ。



「そんな……エリーは死んでしまったの⁈」


 モカが叫んでしまい、慌てて口をつぐんだ。

 サミーは驚いて身を見張った。

 聖獣なことは知っていたが、彼女が話せることを知らなかったのだ。

 だがそれ以上に、エリーの死という内容が受け入れがたかった。


 リカルドはモカのことを気が付いていたが、それを明かそうとはしなかった。

 時にはエリーをからかう材料にもしていた。


 元々萌香が変な小説を書いていることは知っていた。

 「俺の妹が腐った」と雄大がこぼしていたからだ。

 それで辺境伯を騙したときの台本をエリーにすごい脚本を書いたねと褒めたのだ。

 彼女は私こんなの書けない! けど違うって言えない……って顔をしていたが、彼はニヤリとしただけだった。。

 妹をからかうのは仲良しの兄の特権なのだから。



「リカルド様、それはどういうことですか?

 違いますよね。

 エリーは死んでいませんよね?」


 サミーも気色ばんで叫んだ。


「話を続けたいので、落ち着いてくれ。

 ヴェルシアの裁定を行う水晶の間は裁定終了後、中からしか開けられない。

 中にいた4人のうち、2人は教皇のみが使える『神の雷』によって死んだ。

 これは普通の雷ではなく、どんな魔法を使ってでも再生できないように消し炭状態にするものだ。

 そしてエリーの姿はなく、中には瀕死のラインモルト枢機卿だけで扉を開けることはできなかった。


 だが神獣であるソレイユ=リュンヌなら開けられると踏んだ。

 それで私は1つ頼んでおいたのだ」


「それはなんだ?」


 カイオスがした質問はみんなの疑問だった。



「エリーは危険なことがあれば、以前ダンジョン報酬でもらった『隠れ家の実』を使うと言っていた。

 だからその実が落ちていたら、拾って隠し持っているように伝えたのだ。

 ソルは忠実にそれを遂行してくれた。


 証拠隠滅をしないという魔法契約をしたので、私が拾うことはできなかった。

 代わりに拾ったのはテントウムシ型の魔道具だ。

 それによってエリーは無辜であり、魔族によって謀殺されたと判断された。

 だが遺体が見つからないことから、完全な無罪と見ていない者もいる」


 実際に直接襲われている映像はなかった。

 なぜなら彼女の肩の辺りに魔道具があり、見えたのはおびただしい返り血を浴びたカロンとエリーたちの声だけだったからだ。


 ランドック伯爵夫人が恐ろしい惨状に耐えながら過去視をしてくれた。

 倒れたエリーが突然消えたと証言しているが、夫人と彼女が面識があったことからその信憑性を疑われた。

 殺したのも魔族だったことから何らかの形でヴェルシアの裁定を潜り抜けたのではないかと言われている。



「ソルはむせ返るような血の匂いの中で、それを見つけ出し拾っておいてくれた。

 その中にエリーがいる可能性が高い。

 出してくれるかい?」


 ソレイユ=リュンヌがくちばしを開けると、ころりと黒い玉が転がった。


「これが『隠れ家の実』だ。

 君たちの中でこの実を開けることができる者はいるか?」


 すると全員ができないと意思表示した。


「エマもダメかい?」


 彼女は話の意味があまりよくわからなかったが、その実を見るのが初めてだったのでそのまま頷いた。


「カイオスもか?」


「ああ、知らない」


「そうか……。

 開ける方法がわかれば中にいる彼女を助けられると思ったのだが……。

 これは小さくても大いなる希望なのだ」


「無理やりこじ開けることは?」


 サミーが聞いたが、リカルドはそれを否定した。


「これはね、『その中にいる限り、誰も脅かすものはない』ものなのだ。

 つまり存在するものがこの実を脅かすことはできない。

 神すらもだ」



 するとドラゴが口を開いた。


「……前にエリーと話したことがある。

 この実は種で、成長したら隠れ家になるんだって。

 でも安全でないところなら種のままなんだ。

 だから成長させたら、中から出てくるかもしれない。

 そのためにも安全な場所に植えなきゃ!」


「ならあたしのシー……」


「モカ‼ それ以上言うな」


 ドラゴが家族に対して普段は見せない鋭い口調で叫んだ。

 シークレットガーデンにはヘスぺリデスのリンゴが植わっていて、その根元にシーラが眠っている。

 他者の侵入を防ぐために、庭の存在そのものを秘匿しないといけないのだ。


「ごめん、ドラゴ君」


「今のは聞かなかったことにしてくれ。

 ぼくらもいろんな契約で縛られている。

 モカに重大なペナルティーを与えたくない」


「私は構わない。

 安全な場所ね、サミーの領地はどうだ?」


「サミーの領土はこの国だろ。

 ここよりはましだけど、ぼくはいいとは思わない。

 今回の件は暗殺ギルドどうこうではなく、この国に悪魔が絡んでいると思う。

 カロンごときでは、教会組織に入ることもできないだろう。

 国の中枢に悪魔の力を借りている者がいるんだ。

 だからウィル様は王都から引いて、人間以外のヒト族を分散させたんだ。」



「……そうか、それについてはもう少し考えさせてくれ。

 次は私の提案だ。

 私はこの国を出ることにする。

 だから君たちもこの国を出て欲しい」


「本気ですか?

 エマ様のことはどうなさるのです?」


「ドラゴ君の言葉だけでなく父のことを考えても、王宮は穢れてしまったのは明白だ。

 もはや教会も内通者が出て安心できない。

 せめてラインモルト様がご存命ならば信用できたが、レオンハルト殿が教皇になられてもしばらくは自由に身動きが取れないだろう。

 私を使い続けるためにエマの身柄を拘束する可能性も出てきた。

 それでサミー、君はカイオスとエリーの子どもたちを領地にまで連れて行って欲しい。

 そして脱出の機会を練っていてくれ」


「ぼくはそこに行かない。

 ウィル様の元へ行く」


「それは君の自由だ、ドラゴ君。

 他の子たちはどうする?」


 モカ、ミランダ、モリーはエマといることを選んだ。



 リカルドはエマに向き直った。


「私のことを信じてくれるかい?」


 彼女は素直にうなずいた。


「エマ、おにいちゃまをしんじ


 リカルドは微笑んで彼女を抱きしめた。


「ありがとう。

 私がどのような方法でエマを王都から連れ出すかは秘匿する。

 何らかの形で、君たちが捕まっても自白できないようにだ。

 

 そしてこの種はエリーの実の祖父であるカイオス、君が命がけで守れ。

 方法は自分で守るなり、信頼する相手に預けるなり君に任せる。

 それは決して私とサミーに話してはならない。

 私たちは貴族で、王命に従わなければならないからだ」


「わかった」



 そのあとリカルドはサミーだけを残し、あとの全員を明日に向けて休むように言った。


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リカルドがオスカーにわかるように魔道具を拾ったことで、ソルちゃんがそれより先に何かを取得していないか詮索されることはありませんでした。

つまりわざとバレるように拾ったんです。

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