第704話 もう遅い


 レオンハルト様に絡んでいた令嬢たちはその後寄ってくることもなく、ホーリーナイトは無事に終了した。

 ディアーナ殿下に声をかけられるかと思ったけれど、国を揺るがす緊急事態だ。

 早々にお帰りになったようだった。


 本来なら一緒に帰る予定だったが、リカルド様もソルちゃんと一緒に先にお帰りになった。

 お父上であるアンソニー閣下を出迎えるためにだ。


 私も何か手伝えることがあるかもしれないからすぐに帰りたかったが、まどかさんに絡まれた。

 聖騎士たちを護衛(監視?)につけて物々しい。

 手短に話して欲しいとお願いして聞くことにした。

 ディアーナ殿下が手紙のことを漏らしたのかと思ったがそうではなかった。


 

「アンタ、魔族と親しいんでしょ」


「はい、よくしていただいている方が幾人かいます」


「だったらさぁ、どこに魔族の国があるか聞き出してよ」


「あの、何度も言うようですけど、200年前に勇者ユーダイ様が倒してから魔王はいません。

 だから魔族の国もないんです」


「そんなわけないわよ。

 ここは乙女ゲームの世界なんだから。

 そりゃちょっとは違うわよ。

 リカルドやアンタみたいなバグもいる。

 でもここまで一緒なのにおかしいじゃない!」


「そうは言われましても……。

 そのバグって欠陥とか不具合みたいなものなのですよね?」

 

「そうよ!」


「ではリカルド様や私のような不具合が存在しているのですから、魔王がいないという不具合も存在していてもおかしくないですよね?

 まどかさんだって元のお話と違うのですし」


「えっ?」

 

「リカルド様から聞いた話では乙女ゲームのまどかさんは天真爛漫な女の子で、いろんな男性を攻略するのですよね。

 でも今のまどかさんはそれをしていない」


「してるわよ、してる……」


 彼女は自信がなさそうに小声で答えた。


「でも必要なポイントとやらは足りてないのですよね?

 ミューレン子爵はあなたを苛める代わりに親しくなっていますし、元のお話とはずいぶんと離れてしまっています。

 だったら他の部分が違っていてもおかしくないと思うのです」


「そんなわけないでしょ!

 あたしは絶対セレスに会うんだ。

 こんなクソみたいなところに来て、彼に会えないなんて!

 我慢できない‼」


「……魔王はいませんが、そのセレスさんはいるかもしれませんよ。

 成体のドラゴンなんですよね?

 それならかなり昔に生まれているはずです。

 魔族の国がないから、好きな所に住んでいるかもしれません」



「だったらどうすればいいのよ!」


 そう怒鳴ると彼女は私の両肩をつかんだ。

 触られると思ったから身体強化をかけておいたよ。

 また骨を折られたらたまらないもの。


「そうですね……ドラゴンの目撃譚などを調べて、その付近を捜しに行くのはどうでしょう?

 例えばこの王都では200年前にエンシェントドラゴンの討伐がありました。

 そのドラゴン自体は勇者ユーダイ様に倒されていますが、1匹では卵は産まれません。

 つまりもう1匹いることになる。

 そのあたりから探ってみてはいかがですか?」


「ちょっと待ってよ。

 だったらセレスが他の雌と卵を作ったってことになるじゃない!」


 あっ、気付いた?

 絶対とは言えないけどその可能性はないわけではない。

 いや、その時討伐されたドラゴンがセレスさんだった可能性だってある。

 倒されたドラゴンの性別までは伝わっていないのだから。


「それがセレスさんかどうかは不明です。

 でもそのドラゴンの所在がわかれば、たとえ違ってもセレスさんのことを知らないか聞くことができます。

 エンシェントドラゴンほどの存在なら知能が高いはずですから。

 調べても損はないと思われます」


「だったらアンタが調べてよね」


「なぜ私が? それをする理由がないですよね」


「そこまで御託並べたんだから、逃げるなんて許さないわ!」


「許される必要を感じません。

 だって私は、あなたにとってなのですよね?

 だから罪をかぶせて笑いものにした。

 今更虫が良すぎませんか?」

 

 私は肩を揺らして、彼女の手を振り切った。



「いいですか?

 私はあなたのゲームとは何の関係もありません。

 錬金術師として出ていたようですが、あなたは私からドレスを買わなかった。

 つまり客ではない。

 当然友達ですらない。

 変な言い掛かりと危害を加えてくる困った知人、ってところです。


 私は聖女でも、聖人でもない。

 1度はあなたを許しましたが、そう何度も甘い顔をするつもりはありません。

 学院も卒業しましたし、これ以上あなたのために何かするつもりもありません。

 そこのところ、ご理解ください」


「アンタが怒るなんて……。

 それでも清廉な存在なの!」


 意味不明だ。呆れてしまう。


「……それが怒らない理由になるのですか?

 清廉とは、心が清らかで私欲がないことであって、決して怒らない訳ではありません。

 崇高なる神々ですら怒りの鉄槌を下すのに、私のようなただの人間が怒らないわけがないじゃないですか」


 それに私、私欲がないことないよ。

 でもなぜかスキルになってしまったんだ。



「私は聖女なのよ!

 何かあってもアンタなんて助けてやらないわ」


「構いません。

 あなた以外に聖女ソフィア様がいらっしゃいますし、リカルド様もソレイユ様もモリー様もいてくださいますから」


「ちょっとアンタたち、これは不敬罪よ!

 あたしがここまでコケにされて、なぜ黙っているのよ。

 無礼討ちにしなさい!」


 聖騎士の1人が答えた。


「恐れながら、聖女マドカ。

 トールセン嬢は理にかなった話をされており、不敬罪に当たりません。

 万が一そうだったとしても、彼女はサミュエル・クライン子爵の正式な婚約者。

 現在の身分は平民でも、準貴族として扱われます。

 貴族は無礼討ちにできません。


 この場合裁判を起こして判決が下ったのちに処刑することになりますが、この程度では裁判に持ち込むこともできません。

 訴え出てもあなたの不名誉になるだけです。


 それにトールセン嬢は素晴らしい演奏で、見事いとし子として今夜の大役を立派に果たされました。

 教会にとっても、この国にとっても有益な存在です」


 そうなのだ。

 今回の婚約のメリットの1つ、婚約者の時点で準貴族として扱われるのだ。

 だから前のようにローザリア子爵から無体なことをされたら、彼女に大きな罰が下る。

 先ほどのボールドウィン伯爵家ルティア様は婚約のことを知らなかったようだけど、それでも罪になる。

  貴族に準するものとして、私刑は許されないのだ。


 でも聖騎士様。

 言外にまどかさんを有益ではないって言っていますよ。



「それでは私は忙しいので、これにて失礼いたします」


 まどかさんは悔しそうに爪を噛んでいたので、聖騎士が答えた。


「お一人でお帰りになるのですか?

 でしたら誰かつけましょう」


「馬車乗り場に私の騎士がおります。

 どうかお構いなく」


 彼女にはああするしかなかったことぐらいわかっている。

 それでも振り回される気はなかった。

 今更いると言われても、もう遅いのだ。




 サミー様が素早く引き取りに行ったおかげで、ご遺体は無事にクライン伯爵家の小さな教会に戻ってきた。

 そこで3日間安置され、死が確定してから葬儀となる。


 ホーリーナイトの翌朝、いつもの通り早起きした私は死者への手向けの花を供えようと教会の扉を開けると中にはリカルド様がいた。

 ずっと祈っていらしたようだ。


「ああエリー、今日の掃除はいいよ。私がやったから」


「ではこちらの花を生けさせてくださいませ」


 まだ結婚してはいないが、アンソニー閣下は私の義父になるお方だった。

 せめてお花だけでもと思ったが、リカルド様は困った顔をしていた。


「すまない、花も私が預かろう。

 できれば一人にしてほしいのだ。

 何か用があればサミーに言づけてくれ」


 さすがにこれ以上は私も遠慮することにした。


「かしこまりました。

 どうかお力落としのないように」


「ありがとう」



 本館に向かうと、皆葬儀の準備で忙しくしていた。

 役割分担もしっかりと決まっているようで、私が手伝う余地はなかった。

 こういう時の疎外感は、必要以上に感じる。



 それで別館に戻ろうとしたら、サミー様から声がかかった。


「エリー、悪いがリカルド様に何か軽食を用意してくれないか?

 昨日から何も召し上がっていないようだ。

 少し多めに作ってくれ。

 今、厨房に声がかけにくいんだ」


 貴族家の葬儀については知らないがたぶん大体は同じだろう。

 この国では故人を偲ぶために、その方が好んだ食べ物や愛用の品を用意し弔問に訪れた方にお渡しする。

 アンソニー閣下なら、とんでもない数の来客になるはずだ。


 こういった手配は奥方様がするのだが、それをするアナスタシア様はいない。

 他にはジュリア様が該当するが、別宅にお住まいだ。

 普段は家内のことはリカルド様がされているが、今は死者を悼んでおられる。

 混乱するのは当然である。


 準備の期限は3日だけ。


 すでに厨房はフル稼働でその調理に当たっていた。

 手伝いたかったのだけど、昼食の手伝いにだけ来てほしいと言われた。

 いつもいない人員がいると重複して同じことをやってしまったり、他のヒトがやっていると思って作業が抜けたりするのでかえって手間なことがあるのだ。



 それでもリカルド様の食事も作れないほどではないとは思ったが、私は別館の厨房で作ることにした。


 内容は簡単なもので、注意するのは肉気のものを避けるぐらいだ。

 薄く切ったパンにミルクツリーのカッテージチーズと蜂蜜、シンプルなサラダに果物、そして熱いお茶だ。


 私が持っていくと教会の扉前で待っていたサミー様にお渡しした。


「俺も祈りを捧げるから、ここにしばらくヒトが来られないようにしてくれないか?」


「では中からなら扉が開けられる、ヒト避けの魔法陣を扉に描きますね」



 起きてこられたエマ様にお父様が亡くなったことをお知らせする。

 血縁でないにせよ、戸籍上の父親なのだ。


「おとうしゃま……?」


 まさかと思って聞いてみると、会ったこともないらしい。

 エマ様の家族はリカルド様とサミー様、そしてアナスタシア様だけなのだ。

 ひどい……とは言えないか。

 ご自分の御子ではなかったのだ。

 戸籍と住むところを用意してくれただけでもマシなのかもしれない。


「あとねー、ユーリおにいちゃま」


 そう言えばこの家に入れる名簿にジョシュも入っていた。

 エマ様の彼への好感度は思ったより高い。


 ……いけ好かないが、確かに小さい子を苛めるような人間ではない。

 悪人ではないのだ。

 だから私の好悪をエマ様に植え付けてはいけない。


 だから私は何も言わず微笑んでおいた。

 それ以上はしたくなかった。



 朝食の後、私はエマ様と従魔子どもたちとで白い花のリースを作った。

 土台は緑の葉で私が作り、みんなに好きな所に白い花を置いてもらい、私が編み込んでいく。

 大輪のバラのような花ではなく、小さく控えめな花だ。

 最後にモリーの浄化魔法をかけてもらって完成だ。


 これでエマ様も葬儀に参加したことになる。


 昼食の時にお持ちしよう。

 飾っていただくだけならしてくださるはずだ。



 1時間半前に厨房に行くと調理台を与えられ、フルコースでなくていいのである材料でクライン家全員分の昼食を作るように言われた。

 私独りでやるんだな。

 それって手伝いではないよね。

 大量調理は慣れているのでいいけど、1人でするならメニューを考えておいたのに。


 時間もないのでチャチャッと下味をつけた肉をオーブンでローストし、スープと付け合わせを作った。

 スープストックがあったので、あとは材料を切るだけだ。

 定番のベーコンと野菜を具材にした。


 これはリカルド様達には出さない。

 あの方たちは祈りのため、肉類は出せないのだ。

 でも使用人たちはこれから昼夜を通して働かねばならないので、しっかりと食べてもらわないといけない。


 だからサミー様にお渡しした時、ちょっと味気なさそうなお顔をされた。

 騎士の体には少ないよね。

 しばらくの間ですので、肉気なしでも我慢してください。


 夜には領地のブドウジャムと、ミルクツリーのチーズを使ったピザを出そう。

 仕上げに搾りかすのタネから取った油をかけるつもりだ。

 領地でならヤギのチーズでもいいと思う。

 それ、領地の名物にしてもいいかも。


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エリーは大量に搾りかすを買ってきたので、自分でオイルを抽出しました。

ちなみに分別も魔法で簡単にできますが、ワインパミスの栄養価が下がってしまうので当分は領民にやってもらう予定です。

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