第703話 思いがけない知らせ


 ホーリーナイトが始まった。


 まずはラインモルト様をはじめとした枢機卿猊下たちの祈祷から始まり、同時に大司教、司教、司祭、神父、聖女、尼僧の皆様たちが神に祈りを捧げ、信徒である私たちも祈る。

 私は出演者の1人なので裏側にいるけれど、そこでひざまずき祈った。


 神は死んだと聞いたようけれど、やはりこの時になると身が引き締まる。

 本当にどこにもいらっしゃらないのだろうか?


 最初の祈祷が終わると、小さな子どもたちの合唱から始まる。

 ここからはしばらく出番がない。

 大トリはリカルド様とソルちゃんの『癒しの光』だが、音楽のトリはレオンハルト様と私だ。


 リカルド様とレオンハルト様はこの催しの中心人物なのでひどく忙しい。

 私も何か手伝えないか聞きに行こうとしたら、そこにサミー様がやってきた。

 きっとリカルド様に呼んでくるように頼まれたのだろう。


「今手伝いに行こうと思っていたんです。

 すぐ参りましょう」


「いやレオンハルト閣下から、君とちゃんと話をするように言われてきたんだ」


「でも……」


「俺たちはこれから夫婦として長い時を一緒に過ごすんだ。

 何事も最初が肝心という。

 何か思い悩むことがあるのなら、話して欲しい」


 私はあの方に少し話過ぎたようだ。

 だがここまで来てくださって、何もないとは言えない。



 私たちは談話室(さすがに着替えた物置には連れていけなかった)に場所を移して、ドアは開けて姿は見えるけれど会話が聞こえないよう防音にしてから話した。

 

 クライン伯爵家がこの結婚を認めていないこと。

 白い結婚による婚姻無効で3年で終わると思っていること。

 そうなったらエマ様を連れて、国外へ行こうと思っていること。

 そこまでは領地を盛り立てていくのに全力を注ぐこと。

 サミー様が罪悪感の犠牲になっていないか心配なこと、などを話した。



「犠牲になどなっているわけがない。

 エリーはとても賢いのに、少し思い込みが激しいな」


「それは私の欠点でもあります。

 でもクライン伯爵家は私を、正式な愛人になる前のジュリア様のように考えていると思うんです」


「そんな風に考えている者がいることは否定しない。

 だが父は認めてくれている。

 内容は言えないが調査が必要なことがあって、手が離せないんだ。

 帰宅もいつもかなり遅いので、君に声をかけることもできない。

 もし少しでも反対だったら、正式婚約なんてできる訳がない」


 ならばせめて手紙だけでもと思ったが、アンソニー閣下だけでなくリカルド様も手紙などを書くときは細心の注意を払っておいでだ。

 書き換えて利用されることがあるからだ。

 以前レオンハルト様へタリスマンを渡したときに、ひどく叱責されたのはそのせいだ。

 それに閣下も疲れて帰ってきているのに、身内のことでそこまではできないのだろう。

 してもいいとは思うけど。



「君になにか不快なことを言う者がいるのか?」


「いいえ、むしろ遠巻きに見られています」


 仕事を命令する以外はね。


「俺は君を望んでいるし、好きだとも言った。

 それが信じられないか?」


「ご厚意は感じていますが……罪悪感がある相手を好きでいられるのかなって思うんです。

 どこかで重荷になっていませんか?」


 私はロブにそれを感じている。

 だから彼が離れて行ったとき、気持ちも冷めてしまった。

 あれは恋ではなく、親しい友人程度だったのだと気が付いたのだ。


 マリウスやジョシュ、アシュリーは友達ではあったけど、私は彼らの気安い関係に憧れていた。

 なんとなく私が3人をお世話して成り立っているような関係だったからだ。

 だから私に気安く接してくれるロブに傾倒してしまった。



「そうか、言葉が悪かったな。

 俺の気持ちは今も君が好きだし、一緒に人生を歩みたいと思っている。

 燃えるような情熱ではないが、陽だまりのようにポカポカと暖かいものだ。

 

 罪悪感と言ったが、俺の不甲斐なさとも言える。

 あの時もっとできることがあったと思う。

 例えばユリウス卿に俺の剣を差しだすこともそうだ。

 メルがやったように君に魔力譲渡だってできた。

 それをやらなかった自分に腹を立てていたんだ」


「お気持ちはわかります。

 でもだからといって結婚は人生の一大事です。

 むしろ契約結婚ならわかりますが、普通の結婚をするんですよね」


「俺は契約結婚なんて嫌だ。

 ライバルがたくさんいるのに、牽制できないじゃないか」



 ライバル?


「ロブのことですか?」


「彼もそうだけど、ヴェルディ卿や……君は嫌かもしれないけどユリウス卿だってそうだ」


 えっ! ジョシュ? ありえない。


「彼は優秀で、自尊心も高い。

 剣聖としての名声も実績もある。

 そんな彼が君には甘えていた。

 他の誰にも見られないことだ」


 そりゃあ、ジョシュは重度の女嫌いだし、男には借りを作りたくないから。

 私は見た感じ子どもだから、いいように使われていただけだ。


「彼に好かれているとは思えませんね。

 私に向かって、私の魅力はカイオスさんだって言い切ったんですよ」


「それはどういうことでだ?」


 私はサミー様に私の結婚での優位性の話をして、人材として使える以外はカイオスさんの忠誠がついてくると言ったことを話した。


「……それは彼が君を素直に褒められなかっただけじゃないかな。

 俺にとっては都合がいいけれど」


「褒められたくもないです。

 確かに何事においても優秀で、剣の腕前も素晴らしいし、容姿も美しいです。

 でもジョシュは自分で責任の取れない人間なんです。

 仲の良かったころでもそこはずっと疑問に感じていました。


 彼は私に正体を見抜かれた時でも、騙していたことに対して口だけの謝罪しかしませんでした。

 心のこもっていない謝罪なんか、されない方がマシでした。

 信頼していた分、怒りが倍化したんです」


 彼はダンジョン演習のパートナーだった。

 ほとんど彼が倒して私はサポート役だったけど、それなりにうまく回っていた。

 でもそれは相手が誠実であればこそだ。

 平民だと言って私から料理やポーションを搾取し、苦手だと言ってギルドの窓口との交渉もさせていた。

 荷物持ちも私だ。

 今思えば、私は友達ではなく使用人のようだった。


 そんな彼が私を好き?

 冗談じゃない、絶対嫌だ。


「うん、そんなに怒らないように。

 これから演奏なんだろう」


「そうでした。

 落ち着くためにお茶でも入れます。

 サミー様もいかがですか?」


「いただこう」



 お茶を入れに行こうと立ち上がると、サミー様は私の手を取った。


「君はまるで俺に恋愛感情がないように思っている。

 だがそれは間違いだ。

 確かに今の君に無理はさせられない。

 だから俺は俺なりに精一杯、伝えていくことにする」


 そう言って私の手を引いてご自分の膝の上に乗せて、ギュッと抱きしめた。


 えええっ~~~~~!!!!!

 サミー様のお顔が近いです!

 ジョシュやリカルド様ほど美々しいわけではないけれど、とても端正な顔立ちなのだ。


 そう思ったら次の瞬間、おでこにチュッとキスされた。


「エリーは絶対美人になる。

 だから唾をつけておいた。

 唇は結婚式まで取っておく」


 多分顔が真っ赤になったと思う。

 サミー様も心なしか赤くなっている。

 ビックリして何にも言えなくなった私をクスクス笑って開放してくれた。


「なんだか熱くなったな。

 君のうまいお茶が飲みたい」


「す、すぐ入れてきます!」


 私は部屋から慌てて出た。


 まさかサミー様からキスされるとは!

 どうしてこうなった?


 心の中はどんどこ動揺していたが、息を整えて落ち着くことにした。

 これからは何か粗相をしたら、全部サミー様にも迷惑をかけるのだ。

 正式婚約とはそういうものだ。


 私はマナーギリギリの素早さで厨房に向かった。

 平民だからマナーがなってないと言われないように。





 私がお茶を入れて戻ると、サミー様はリカルド様から何か命令を受けていた。


「それでは頼んだ」


「はっ! 必ずややり遂げます」


 何かあったの?


「待ちたまえサミー、エリーの茶を飲んで行くといい。

 そのぐらいの時間はある」


 そう言うとリカルド様は難しい顔をしてそのまま立ち去った。


「リカルド様はどうかされたんですか?」


「気を落ち着けて聞いて欲しい。

 父が王城で亡くなったそうだ」


 私は息を飲んだ。

 このところお見かけしていなかったが、アンソニー閣下はまだ41歳なのだ。

 早すぎる。


 思いがけない知らせに身震いする。

 強い聖属性の持ち主は簡単に病気になったり、ケガを負ったりしない。

 ラインモルト様のように長生きになるのだ。


 何かがおかしい。



「王家が勝手に葬儀を執り行われないよう、クライン家を代表して俺が遺体を引き取りに行ってくる。

 本来ならリカルド様が行くべきだが、ホーリーナイトの最後はあの方がいなくてはならない。

 君のピアノが聞けないのは残念だが、これは俺にしかできないんだ」


「はい、わかりました」


「君と正式婚約していてよかった。

 葬儀は身内として君も参加してほしい。

 ではいってくる」


 彼は私のお茶をあおるように飲んで、そのまま行ってしまった。

 私はその背中を見送るしかできなかった。


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