第702話 幸福の証明


 リハーサルが終わったので、あまり時間はないがレオンハルト様は付き人にお茶を頼んで出て行かせた。

 エリーと2人になると彼は言った。


「ハーシアの辺境伯から賠償金を貰った話も聞いた。

 助けてもらった分際で悪いが、あまり無茶なことはしない方がよい。

 君は子爵夫人となり、ああいった貴族手合いと付き合っていかねばならないのだ」


 貴族には貴族の付き合い方がある。

 たとえばあの場合だったら彼女たちを立てるべく、元貴族(できれば伯爵家以上)の司祭様か司教様を呼んでレオンハルト様を助けるのが正解だ。

 彼女たちは目的を達せられなくても、正当な邪魔が入ったと納得できる。


 恨みを買うのはわかっていたが、それでは間に合わないと思ったのだ。

 それに私は彼女たちのような方々と付き合うつもりはなかった。



「そのことでしたら心配ございません。

 この結婚は最短で3年でございます」


「何だと! それはまさか白い結婚による離縁か?」


「そのまさかでございます。

 誤解のないように先に申し上げますが、お相手のサミュエル様は真面目でお優しいお方です。

 私を弄ぼうなどと微塵も考えておられません。

 ただあの方やリカルド様はそう思っていなくても、クライン伯爵家の方々は違います。

 私をあの方の……おままごとの相手と見なしておいでです」


 実際、成功例がある。

 アンソニー閣下とジュリア様だ。


「それはなんとも失礼な話だ」


「サミュエル様はお育ちのせいか、少しばかり平民のような考えをなさいます。

 金銭や名誉欲もあまりございません。

 ただリカルド様にお仕えできればよいと思っておいでです。

 ですから騎士爵しかいらないと常々仰っていました。

 

 ですが今回私と結婚するのならと、子爵位を受けることになさったのです。

 場所はよいとは言えませんが、それはクライン伯爵閣下のご希望に沿うものです。

 それで私と何年か過ごさせれば、そのうち落ち着いて貴族としての責務を果たすだろうと皆様はそうお考えです。

 実際私たちの婚約式にはリカルド様や実母様、養父母様は出席なさいましたが、クライン伯爵閣下はいらっしゃいませんでしたし、お声もかかっておりません」



 別に誰に聞いたわけでもない。

 屋敷の方々の態度から判断してだ。

 そうでなければ、クライン一族に嫁す私に家事や雑用などさせたりしない。

 彼らの認識では、私はあくまで使用人なのだ。

 

 庶子とはいえアンソニー閣下の実子であり、リカルド様の腹心の騎士であるサミー様はただの騎士より貴族位を持つ騎士の方が都合がいい。

 貴族と騎士爵の間は広くて深い、越えられない壁があるからだ。


 それは使うものと使われるものという壁だ。


 サミー様はご自分を過小に評価しがちだ。

 それは仕方がないことかもしれない。

 リカルド様という稀代の天才が常に側にいるのだから。


 それでもこれまで王都を動けないリカルド様の名代として、領地での問題や魔獣討伐をいくつも成功されている。

 確かにあの方の指示はあっただろうが、突発的なことはサミー様本人が判断されている。

 そういった姿は確実に評価されている。

 マリウスだってサミー様のような騎士になりたいと言うくらいにだ。



「そのような結婚はあまり感心しない」


「これは私の希望でもあるのです。

 確かに今あの方を愛しているとは申せませんが、心から尊敬できる立派なお方なのです。

 この結婚で私は守られ、やりたいことができます。

 代わりにサミー様のご領地を盛り立てて差し上げたいんです」


 そして私にはその能力がある。

 うぬぼれではないと思う。

 私はすでに10億ヤン稼ぎ出したのだ。



 この結婚のメリットはやはりエマ様の安全と、リカルド様の身体的自由だ。

 特に後者はずっとクライン伯爵家が喉から手が出るほど欲している。


 あの方はエマ様の命乞いのために、王家に献身なさっている。

 だから私が彼女を連れて辺境で育てるというのは、クライン家にとっても利があるのだ。

 リカルド様の足かせがなくなるからだ。


 そしてアンソニー閣下の最も愛する妻であるジュリア様の御子を日陰の者にしたくないという希望でもある。



 でもサミー様ご自身はどうなのだろう。

 嫌われてはいないと思う。

 けれど本当にこの結婚はサミー様の願いなのだろうか?

 リカルド様やクライン伯爵家に対しての忖度はないだろうか?


 彼はケルベロスのことで罪悪感があると言った。

 私の役に立ちたいとも言った。

 そして私がエマ様を育てたいということもご存じだ。


 恩義のためにご無理をされていないだろうか?



 3年経って、サミー様が私との離婚に応じるかはわからない。

 誠実なあの方なら、きっと断ってくださるだろう。

 しかし白い結婚による婚姻無効は家長であるアンソニー閣下の申し立てでも可能だ。

 私はそれを受け入れるつもりだ。


 ただそうなったら私はエマ様を連れて、国外に出る。

 ジュリア様のようにご領地で見知らぬ男性と結婚させられて、飼い殺しにされるのだけはイヤだ。

 それを狙われている可能性は少なくない。

 私の利用価値は高いからだ。


 

「しかし……ラインモルト様はお悲しみになるだろう。

 そなたの幸せを願っておられるのだから」


「私は幸せです。

 それがどんなことなのか、契約によって今は無理ですがいつかすべてをお話しできると思っていました。

 ですがラインモルト様のお体は持ってあと数年と伺いました。

 その間私は王都から離れてしまいます。

 どうかレオンハルト様、私がこの結婚によって不幸になるわけではないとお伝えいただけませんでしょうか?」


「頼みを聞いてやりたいが、私自身が納得できていない。

 だから自分で幸せであることを証明しなさい」


 なるほど、おっしゃる通りだ。

 私はラインモルト様に幸せであることを自分で伝えよう。

 そうして是非安心していただきたい。


 心からそう思った。


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短いですが内容的にここで切らせていただきます。




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