第701話 教会の腐敗?
とうとうホーリーナイトの日になった。
私は
以前は控室に連れて行けたのだけれど、今回は参加人数が多いらしく空いている部屋があまりないというのだ。
だから私の身支度も物置でさせられることになった。
そこで着替えること自体は問題ない。
ただ一応レオンハルト様と私の演奏は重要なはずなのだけど、この扱いは何なのだろう?
きっとラインモルト様やリカルド様に言ったら変えていただけるだろうけど、そこまでする気にもならなかった。
今の私にとって大事なのはサミー様のご領地でエマ様を育てつつ、皆で仲良く過ごすことだけなのだ。
物置といってもそこは大聖堂。
美しく清めることは神に祈りを捧げることに等しいため、どんな小部屋でも掃除が行き届いている。
鏡はなかったが髪につけ毛をつけるぐらいしか特別なことはしない。
それも持ってきた手鏡で十分だ。
着るのは男物の白い祭服だ。
祭服とは普段着ている物の上から着るものだが、今回は式典なので中に着るものまですべて用意されていた。
女性用でないのは白が聖女しか着られないからだ。
祝いの席に着るには華やぎに欠けるとリカルド様から言われたのだけど、教会の借り物なので勝手に服にアクセサリーはつけられない。
そこで髪を飾ることにした。
つけ毛は昔私が伸ばしていたもので、それにあらかじめ淡水パールを刺繍した白いリボンで三つ編みに編み込んである。
真珠はモカのシークレットガーデンの池で獲れたものだ。
以前淡水パールを取った湖から水草を移植したところ、そこに卵が産みつけられていたようで貝が繁殖したのだ。
テイム可能だったのでそうしたら、せっせと真珠を作ってくれる。
なのでふんだんに刺繍に使っています。
これに刺しゅう入りの細かいチュールのベールをかけて、ディアレストのリボンカチューシャを額に巻き付ける。
ベールは小さなコームをつけてあるので、止めるというより飾りだ。
だから結び目も花のように飾り結びにした。
最後に顔色を良く見せるために、赤すぎない口紅を塗って準備完了。
だが後ろからなにやら視線のようなものを感じた。
振り返るとヤツ……いや性別はわからない……がいた。
持ってきていないはずの、パニエさまがそこにいたのだ。
私は背中にたらりと汗をかいた。
なぜここにいる! 怖い‼
しかも目がないはずなのに、ものすごく見られている。
穿けと言わんばかりに見てくる。
くるぶしまである祭服の下には揃いのスラックスがあるのでパニエは必要ない。
ないけど……パニのこと穿けるよね、なんで穿かないの? という強い意志が伝わった。
私は圧力に負けた。
スラックスの上に穿いた。
いつも元気なモカも、私のことを1番に考えてくれるミランダも、大人しいながらも芯の強いモリーも、やんちゃで甘えん坊のルシィもパニエ様には逆らわない。
そんなお方に、私が逆らえるわけないのだ。
でもパニエ様はご自分をパニって呼んでいるんだね。
祭服の中でパニエさまは満足げに、ボリュームを最低限に抑えてくれた。
うん、これなら目立たない。
でも少しだけ違和感があったので確認したら、いつの間にか制服に縫い付けてあったマジックバッグがパニエ様についていた。
当然私はしていない。
……何も問題ありません。
準備が済んだので、私は足早にレオンハルト様の元へ向かう。
一緒に通しで練習できたのは1度だけ。
気になった点を最後にもう1度すり合わせておきたいと、お時間をいただいてあったのだ。
ホーリーナイトが始まるまでに1時間しか余裕はない。
少しでも合わせておきたいのだ。
すると廊下で言い争う男女の声がした。
「そのような時間はないし、そなたらと茶を飲む必要性も感じない」
「まぁそんな冷たいことをおっしゃらないでくださいまし。
まだ開始時間まで1時間もあるではありませんか。
この国でもめったに手に入らないムルガ産の紅茶が手に入りましたのよ。
わたくしたちは初めての参加でとても緊張しているのです。
是非ご一緒にお願いいたしますわ」
そういって2人の令嬢とその侍女たちがレオンハルト様を無理やり部屋に押し込めようとした。
そこは去年私が控室に使ったところだった。
子どもたちも一緒にいて、その横で身支度しても何の問題もないくらいの広さがある使い勝手のいい部屋だ。
長椅子にテーブルもある。
もしかして彼女たちのお茶会のために、私は物置で支度をさせられたの?
このままではレオンハルト様が危ない。
私は大きめの咳ばらいをした。
反応いたのはレオンハルト様だ。
「トールセン!」
「レオンハルト司教閣下、ご令嬢様方、ご機嫌麗しいと幸いにございます」
令嬢いや女たちは、腐ったゴミを見るような眼をしてこちらを見据えた。
「平民がわたくしたちに声をかけるなんて無礼ですわ。
カテドラルでなければ、打ってやるのに……」
いやそれはもう犯罪ですよ。
レオンハルト様だって証言してくださるだろうし。
「申し訳ございませんが、わたくしはレオンハルト司教閣下と先約がございます。
それはホーリーナイトのためのリハーサルです。
通常のお茶会よりも重要かつ緊急性の高いもので、ラインモルト枢機卿猊下を通じてお約束を取り付けました。
そのため身分を越えたお声がけをいたしました。
それを反故になさるだけの理由が、あなた様方のお茶会にはございますのでしょうか?」
相手はグッと詰まった。
教会で最高位の1人であるラインモルト様よりも大事な理由。
それほどのものがこの人たちにあるとは思えない。
さっきも緊張のため、みたいなことを言っていたし。
「緊張なさっているなら、意識が飛んでも歌えるぐらい練習するのが基本です。
わたくしはそう教わりました。
レオンハルト司教閣下はいかがでしょうか」
「その通りだ、私もそうしている」
そう教えてくれたのはレオンハルト様だもの。
「合唱団は防音室でずっと練習しています。
そちらに参加されてはいかがですか?
喉を湿らすお茶も、休憩する場も用意されています」
私も何度か利用しているので、間違いありません。
「わかったなら、この手を放せ。
わたしはそなたらとは茶を飲む時間などない。
トールセン、リハーサルに参ろう」
彼が女性たちの手を振り切ると、令嬢の1人が叫んだ。
「レオンハルト様、あなたはこの者に騙されているのです!」
騙すって何を?
これから本当に練習するんだよ。
「おかしなことをおっしゃいますね、ボールドウィン伯爵家ルティア様。
閣下の側仕えの者も同席するリハーサルですよ。
わたくしが何を騙したのか伺いたいところですが、時間がございません。
それは後日じっくりとクライン伯爵家より伺いに参らせていただきます」
「どうして私の名前を……」
「ホーリーナイトの参加者は全員名簿に載っております。
新規に加入された貴族令嬢はお二方。
そのうち身分がお高いのはあなた様。
もうお一方はそちらにいらっしゃるコーザス男爵家のセリア様。
難しいことではございません」
「もういいだろう、時間の無駄だ。
行くぞ、トールセン」
「御意」
私たちは速足で音楽室に向かった。
「トールセン、助かった」
「問題ございません」
「前々からベタベタされて困っていたのだ」
「恐れ入りますが、あの方々は例の件で閣下を貶めるための可能性がございます」
「なるほど、
「もしくはあなた様がお持ちの加護か祝福を狙っての可能性もございます。
ボールドウィン伯爵家は確か水魔法を得意とされていたはず。
ですがあの方は赤茶色の髪と目をされていました。
火か土属性の可能性が高いです。
レオンハルト様ほどの高い水属性のお力のある未婚男性は他にいません」
「……厄介だな」
それ以上は話さなかった。
リハーサルをする音楽室の前で側仕えの若い神父様が待っていたからだ。
今回の曲は「オルガンとピアノのためのプリエール曲」。
なんとレオンハルト様の作曲なのだ。
プリエールとは祈り、つまりこれは祈りのための曲なのだ。
この曲の演奏が成功すれば、この方の評価はさらに上がることだろう。
それを阻止しようとしたのか、レオンハルト様ご自身がお目当てだったのかはわからない。
ただあの部屋には長椅子があって、情事があったと見せかけることは可能だった。
考えすぎかもしれないが、コンクラーベ前では何があるかもわからない。
少し前だったら教会の腐敗なんて感じなかった。
ラインモルト様もレオンハルト様もオスカー様も、そのほかの方々もみんな権力欲のある方などいなかった。
でもここ1,2年で少しずつそんな方が見られるようになってきて、私や奉仕活動に来た平民を邪険にするようになったのだ。
そんな方はカテドラルに多いように思われる。
王都の中心だからだろうか?
とにかく今回のハニートラップはあのご令嬢の単独では行えない。
ホーリーナイトの合唱に選ばれ、誘いやすいところに個室を当てられる人物がいないとできないことだ。
こういったことを感じるから、ラインモルト様は清らかなレオンハルト様を選ばれたのだろう。
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