第700話 ラインモルト様とのお茶会


 今日はラインモルト様とハインツ師とのお茶会である。


 サミー様との婚約をしたことを私は後援者全員にお知らせした。

 するとホーリーナイト直前のこの時期にお2人の時間が空くのでお目にかかれることになったのだ。


 ちなみにご挨拶に行かなかったのは、エイントホーフェン伯爵夫人だけだ。

 こちらが不義理をしたわけではない。

 夫人自らのお手紙を頂戴して、とてもお忙しいから挨拶は無用とのことだったのだ。


 他には子爵夫人になることの祝意と、現在は下位貴族であるけれど何らかのことで上位貴族になる場合は高等会話術が必要になるので指導を受けに来ること。

 そしてあの方との授業の予約方法が記されていた。

 要は売り込みである。



 私がクライン伯爵家より上の身分になることはない。

 だけど2つだけ同格になる方法がある。


 サミー様が伯爵になることと、私が賢者になることだ。

 可能性はなくもない。

 私がフェルゼン賞をいただいている錬金術師だからだ。


 賢者になれば、自動的に伯爵位を授かることになる。

 誰かの妻になっていても関係ない。

 サミー様は子爵のままで、私が伯爵になる。

 これは1代限りの称号だ。



 例をあげるとハインツ師のハインツ伯爵家がそうだ。

 師のご存命の間は爵位が保たれるが、お亡くなりになったらご子息(クララさんのお父様)は今引き継いでいる子爵位しかなくなってしまう。


 実はクララさんのご両親が不仲なのもそのせいなのだ。

 お父様はかなり優秀な魔法士で、父であるハインツ師に負けず劣らないと言われていた。

 次の賢者になるだろうと言われて、侯爵家のご令嬢と結婚したのだ。


 だが討伐で大きな負傷をしたために魔力が半減し、強い戦闘能力での賢者になることは出来なくなってしまった。

 お父様は荒れ、それを支えるはずのお母様は詐欺だと言って彼を責め立てた。

 ハインツ師がお亡くなりになったら、ただの子爵夫人になってしまうからだ。


 結果、次の嫁ぎ先がないという理由だけで離婚にならなかったが2人は別居。

 互いに愛人と暮らすという生活になってしまった。


 そんな生活は子どもにふさわしくないので、クララさんはハインツ師夫妻が育てるということになったそうだ。

 彼女は祖父母に大事に育てられたものの愛情に飢えていたらしく、それによって自分を捧げるような恋をルザイン伯爵にしたのだ。

 これはクララさん本人から直接聞いた。



 クララさんは後援者ではなかったが挨拶に行った。

 すでに『カナンの慈雨』の事務の仕事を始めていたから、私が行ったらちょっとざわついてしまった。

 ごめんなさい、入団するわけではないんです……。


「おめでとう。

 エリーちゃんも結婚かぁ。まあ思い切ったものね」


「ありがとうございます。

 それで結婚したらクライン伯爵家から出ることになりますので、少しはお付き合いの規制が緩くなるんです。

 半年以上後になりますが、是非薬の納品をさせていただきたいんです」


 謝礼は薬の元になる薬草を多めに送ってもらうこと+技術料に利益を乗せたものということになる。

 サミー様の領地では薬草採取は難しく、栽培は試みるけれど希少なものだけにすると決めている。

 薬草ダンジョンで楽に取れるものなら、定期的に送ってもらうのが一番だ。

 それなら私の薬が欲しい『カナンの慈雨』の仕事を請け負えば、お互いにメリットがある。


「本当は冒険者を派遣していただきたかったんですけど、それは領地経営が安定してからおいおい考えることにします。

 補佐官とか護衛とかも必要なんですけど、まだまだなんです」


 どこの地域でもあることだがよそ者を嫌う傾向は強い。

 まずは新領主である私たちに慣れてもらってから、徐々に増やした方が軋轢は少ない。

 冒険者に来てもらっても近くにダンジョンもない、魔獣もいないではうまみが少ない。

 それでもいいヒトを探してもらわないといけないのだ。

 時間をかけた方が得策である。



「それだったら、エリーちゃんのところで雇ってもらえばよかったかな……」


「もしかしてここ、居心地悪いですか?」


「最悪って程ではないけど、よくはないわね」


 想像はつく。

 女性冒険者の多い『カナンの慈雨』はクランマスターでAランク冒険者テリーさんの求心力でもっているクランだ。

 そして40代になっても強くて格好いい彼は特定の女性を作らない。

 つまりクランの女性はいつかテリーさんの妻になるという夢を見ているヒトが多い。


 そんなところに婚姻歴があるとはいえ、年齢的にも釣り合う美しい貴族女性で仕事のできるクララさんがやってきた。

 事務仕事はクランマスターとの接点が多い。

 『常闇の炎』の時だって、マスターと心話で通じていた。

 当然テリーさんとも密に連絡を取り合うことになる。

 それは嫉妬の嵐が巻き起こったことだろう。


「事務仕事ができる人間がいないって、そういうことだったのよ」


 つまり事務職に就いた女性を苛めて追い出していたのだ。


 なら男性を雇えばいいということになるが、雇っているのだ。

 でもそのヒトたちが好きになる女性(クラン員)はみんなテリーさんが好きだから、失恋して辞めてしまうのだ。

 結婚して落ち着いている男性はすでにしっかりとした収入があるから結婚している訳で、荒くれ者の多い冒険者クランになんか来ない。


 だからテリーさんはクララさんに声をかけたのだ。



「どうしてもダメだったら、当家にいらっしゃいますか?

 クララさんだったら大歓迎です」


 5年近く付き合いがあって、人間性も間違いない。

 彼女なら私の不得意分野、社交のカバーをしてもらえる。

 来てくれたらすごくうれしい。


「おいおい、やっと来た事務を引き抜かないでくれ」


 近寄ってきたテリーさんに聞かれてしまった。

 だって『カナンの慈雨』のクランハウスだものね。


「ならこの状況を改善してください」


 クララさんの言うことは最もだ。

 テリーさんが来たとたん、女性たちの視線で私たちは針のむしろだ。


「クララさんは私にとって大切な恩人のお一人です。

 大事にできないなら、いただいていきます」


 もはやテリーさんが誰かと結婚したぐらいでは、この嫉妬はおさまらないだろう。

 次は2番目、3番目の女性になりたいとなるのだ。


「俺は結婚する気はない。そのうち慣れるだろ」


 それがダメだって言っているんです!

 わかっていないなぁ。


「それか俺がこのクランを辞めるかだな」


 周りから悲鳴が起こった。

 それもっとダメですから‼


「クララさん、もう明日から来てください」


「前向きに検討するわ」


 クスクス笑っているので、すぐにはいらっしゃらないだろう。

 クララさんは責任感の強い女性なのでキリがいいところまでは頑張りそうだ。

 でも命の危険を感じたら、すぐ行動ですからね。



 こんなやり取りがあった後の、ラインモルト様たちとのお茶会である。

 色々挨拶やらお土産のブドウジャムを渡すやらしたら、ハインツ師がため息をついていた。


「わしもクララはエリーのところに行くのが良いと思う。

 あのクランはいかん!

 なぜ真面目に仕事をしている者にあのような態度を取るのだ」


「立場の弱い冒険者を引き受けていますから、自ずと女性の割合が多いのです。

 それにクララさんはお美しいお方ですから」


 ライルさんの話では、女性たちの中には盗賊や暴力夫からテリーさんが助け出したヒトも少なくないんだそうだ。

 そういう女性は生娘でない分、恋心を隠さず大胆な行動を取るヒトもいるようだ。


 テリーさんは無用の揉め事を起こさないため、クラン員には手を出さない。

 遊びのお相手も色街の方々だ。

 だけど彼は気を遣っているつもりでも、周りが諦めきれないのだ。


 女のヒトたちも一生独り身はイヤだそうなので、別に彼氏はいるそうだけどね。

 でもそういうヒトにテリーさんは絶対落ちないだろうなぁ。



「フォフォフォ、ハインツも苦労するのう」


 ラインモルト様がのんきに笑う。


「不肖の孫ですが、やはりかわいいものです。

 あの子が自分で選んだ道なので応援してやりたい。

 ですが仕事の邪魔をされて、かえってテリーとやらが手伝うという悪循環が起こっております。

 やはり早く辞めさせた方がよいのです」


「こちらはサミュエル様にも了解を得ましたので、いつでもどうぞ。

 お待ちしております」



 それはありがたいとハインツ師はニコッと笑ったが、そのあと真顔になった。


「それはそうとエリー。

 またちょっとした問題が起こるかもしれない。

 アウラウンのことだ」


「どういうことでしょうか?」


 ブルーメの体液やできた薬を錬金術協会に納めるように言ったのはハインツ師だ。

 彼とは違う派閥の学者がアウラウンの研究のために、私に制限をかけようとしていたのだ。


「もうブルーメは……アウラウンは元『常闇の炎』のビリー様によって誰の手にも届かないように手配していただきました」


「もう手に入らないのだな」


「はい、魔石だけはありますが普通の魔石です。

 アウラウネを支配するものではありません」



 アウラウンはアウラウネたちに精気を吸われて死ぬという話だったが、それは幼体で見つかった場合だけだ。

 成熟したアウラウンは例の麻薬成分を吐息に乗せるだけでアウラウネだけでなく、一部を除いたあらゆる生き物を支配できると私の鑑定が告げたのだ。


 あの強いドラゴ君ですらこういったのだ。


「これが混ざった吐息をかけられたら、完全に支配はされないものの一時的に動けなくなると思う。

 その間に攻撃を受けたら、かなり不利だね」


「どういった存在なら避けられるの?」


「うーん、ウィルさまとビアンカとクロノスは大丈夫かな。

 たぶん他の上位魔族もいけると思うけど、よくわかんない。

 アウラウンはアウラウネより1段階上の、半獣族というより精霊樹に近いんだ。

 だから神から直接授けられた状態異常無効でも持っていない限りダメだよ。

 ぼくが知っている限り、それはユーダイしかいなかった」


「それは勇者ってこと? ハヤトさんなら大丈夫かしら」


「無理だよ。アイツはちょっとだけチートを貰ったただの人間。

 状態異常無効は持っていなかったでしょ」



 ブルーメが優しく思慮深かったことがこの話だけでも分かる。


 魔獣は本能で自分の能力がわかるという。

 あの薬の成分の入った吐息をかければ、人間など全員支配出来て死ななくてもよかったのだ。

 でも幼いターレン家の令嬢はどこも悪くなく、ただ眠っていただけだった。

 エリック・ターレンも口づけしていたのにも関わらず、何の支配も受けていなかった。

 本能を押さえて、相手を尊重する気持ちを持っていたのだ。



「アウラウンの体自体が恐ろしい麻薬を作る材料に出来ました。

『賢人の塔』の方々に敬意はございますが、学術的な魅力から麻薬を開発する可能性が高いと判断しました。

 危険な組織に奪われる可能性だってありました。

 だからマスターに手伝ってもらったのです」


「わしはエリーを信じるが、他の研究者たちはそうではない。

 危険であることをちゃんと提示してから、処分するのであったな」


 処分……いやハインツ師を責めるのは良くない。

 私がブルーメに持っているような思いは、ロブとシーラちゃんぐらい深いつながりを持ったテイマーにしかわからないと思う。


 あの子はほんの少しの間だけだったけど、私の子どもだった。

 これだけは間違いない。

 我が子を悪用されるかもしれないのに、みすみす見ていることなどできない。



「ミューレン子爵のメイドが『賢人の塔』に出入りをして学者たちと接触している。

 アウラウンのことで騒いでおった者たちだ。

 気をつけよ、エリー。

 キナ臭くてならぬ」


「ホーリーナイトが済めば、サミュエル様のご領地に引きこもるつもりです」


 エマ様を連れてね。

 もちろん従魔子どもたちもだ。


「そうしなさい。

 だいたい清廉スキルの持ち主が犯罪に絡むわけがない。

 あのスキルに反すると、苦しみぬいて面差しまで変わるのだ。

 エリーになんの変わりがないことが無実の証であるというのに、自分たちの主張ばかりしておる。

 愚かでしかない」


 するとラインモルト様が言った。


「エリーや、わしもそなたを信頼しておる。

 あのニールの小さき娘がよき伴侶に恵まれ、穏やかに過ごすことを望んでいる。

 そんなそなたが力を求めて、素材を独り占めするなどありえないことだ。

 もし何らかのことで裁定を受けねばならなくなったら、わしがそなたを擁護しよう」


「ラインモルト様……お体が辛いとレオンハルト様から伺いました。

 だからご無理はなさらないでください」


 ご存じかもしれないがハインツ師の前で、コンクラーベのことは口に出せない。

 知っていることを話してよいとレオンハルト様から許可を得ていないからだ。



「何、歳は食ってもこれでも元教皇ぞ。

 自らの寿命ぐらいはわきまえておる。

 あと数年は大丈夫じゃ」


 そう言って私の頭を撫でてくださった。


 私にもわかってしまった。

 バフリコーダーでラインモルト様の長寿健康を祈願したら、手ごたえがなかったのだ。

 これはどうすることもできない魂の寿命なのだ。

 そう悟るしかなかった。



 ハインツ師も私の肩をバンバン叩いて、元気つけてくれた。

 大丈夫。

 私にはこんなに頼もしい味方がいる。


 だから今回も何とかなる、何とかする。

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