第698話 エリー、悪役令嬢になる*
流血あります。
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私たちの方針は決まった。
コルテス辺境伯は大変な美丈夫で、年齢は34歳。
淡い金髪にアイスブルーの瞳で「氷の騎士」というあだ名がつけられるほどだ。
周りのヒトに冷たい態度を取るそうで、それも名前の由来らしい。
ただ奥方様だけは心から愛していて、その一人息子である今ここで捕まっているキース・コルテス卿(13歳)を目に入れても痛くないほどかわいがっている。
あの後、暴れない逃げない自殺しない魔法を使わないという魔法契約をすることで、彼らに衣服を与え拘束は外した。
もう余計な傷をつけたくないからだ。
その後の尋問でここにいる少年たちは初犯で、誰が何人領民を殺したかが分かった。
ちょっとした武勇伝らしい。
辺境伯自身も10年前に2人切っている。
当時は敗戦直後で、本当に困ってやったらしい。
民を助けるためでコソ泥ではないと言いたいようだが、泥棒なのにかわりはない。
そして今からその彼と対峙するのだ。
場所は私たち側の山の
この辺りは国境があいまいなのだが、私は未成年なので勝手に国外に出ることはできない。
それで話をしたいと彼らを捕らえた翌日には先方から連絡があったので、1週間後の今日コルテス辺境伯に1人で来るよう(もちろん従者などは可)呼びつけたのだ。
あるものを同封したおかげで、彼は腹心の部下を2人連れてきただけだった。
「この度はお越しいただきまして、ありがとう存じます」
私はニッコリとほほ笑む。
こちらもドラゴ君とカイオスさんだけをつけた。
今日は貴婦人らしく、黒のドレス姿だ。
肌見せはせず首から袖まですべて覆われており、控えめなパブスリーブと首元や袖口にレースが施されている以外は飾り気のないものだ。
アクセサリーはダイヤモンドのイヤリングをしているだけ。
これはスライムダンジョンで昔もらった宝石から、同じ大きさの物を選んで自分で作った。
それに黒い扇、これは鉄扇である。
モカ曰く、悪役令嬢必須アイテムだそうだ。
透かしを入れて軽量化しているが、あまり軽いと武器にならないので重い。
辺境伯はものすごく不機嫌そうだったが、礼儀だと思ったのか返事してきた。
でも名乗らない。
私を同等と認めていないからだろう。
「こちらこそ愚息が世話になった」
「どういたしまして。
皆様お美しい方々ですから。コルテス辺境伯様のように」
彼は苦虫を噛みつぶしたような顔になったが、グッと堪えたようだ。
「……それでは早速身柄を引き渡していただきたい」
「まぁ、それほど焦ることはございませんわ。
わたくし共はご令息様たちの取り調べを済ませてからは、確かに下にも置かないお世話をいたしましたのよ。
まずあなた方に殺された村人の家族から、彼らの世話をするものを募りましたの。
この10年で30人もいますから、結構手が上がりましたわ」
「何だと! そんな輩に息子たちの世話ができるものか!」
「いいえ、復讐のためならばと誠心誠意やってくれましたのよ」
これは被害者たちの気持ちを、少年たちに伝えるためだ。
憎しみの籠った目で睨まれながら、世話されるのは相当居心地が悪かったに違いない。
「わたくしはこう言い聞かせました。
殺すのは簡単だけれど、それでは何も生み出さない。
彼らは美しいのでお金になる。
だからその美しさをそのまま維持したいと言ったら、喜んで湯あみも着替えもしてくれましたの」
「なんだと? いや、身代金なら出す。
いくら欲しいんだ」
辺境伯は気色ばみかけたが、思い直したようだ。
彼らの命は私が握っているからね。
「身代金? 彼らは人質ではなく、盗賊ですのよ。
その行く先は奴隷ですわ」
「……わかった、その奴隷を買い取りたい。
いくら払えばよい」
「もう売り払いましたので、必要ございません」
「な、なんだと! 我々はすぐに会見を申し込んだはずだ」
「なぜそれをわたくしたちが受けなければならないんですか?」
「彼らは貴族だ! 貴族ならばそれ相当の扱いをするべきだ」
「貴族は盗賊の真似事などいたしません。
ましてや他国の住民を殺すような肝試しなど、愚かな真似もいたしません。
そうでしょう? コルテス辺境伯様」
彼の喉から、ググッと息を飲む音がした。
「彼らは貴族の名を騙る盗賊、わたくし共はそう判断いたしました。
それで6人のうち、5人は殿方相手の娼館に売りました。
そうですね。
もう何回かはお仕事をさせられたでしょうが、今からなら買い戻せるやもしれませんね」
今度は息を飲んだ。
「あ、あと一人は……」
「一番年若い……そう辺境伯様によく似た面差しの少年はヴダの王族に売りました。
同封したお手紙にもあちら様の御印をお入れいたしましたでしょう?
これからもいい奴隷が手に入ったら、連絡が欲しいそうですわ。
こちらは申し訳ございませんが、買い戻しは不可能かと存じます。
その方貴種の殿方が大そうお好きで、一目見て気に入ってくださいました。
なんと1億ヤンでご購入いただけましたの。
有名なハーシアの氷の騎士のご令息……の名を騙る不届き者を手に入れてご満悦でしたわ。
きっとご寵愛くださいますことよ」
そうして私はオーホッホホホと高笑いをした。
今回話していることは、私の意向に沿ってリカルド様監修、モカの脚本演技指導で悪役令嬢風に演じたものだ。
この高笑いはすごく難しくて、ずいぶん練習させられた。
これのせいで1週間かかったと言っても過言ではない。
南方の小国であるヴダの王族の御印は、以前リカルド様とソルちゃんの治癒魔法の評判を聞いて訪ねてこられた時にいただいたそうだ。
ちなみにその方は男色だけでなく女性も大好きで、大きな後宮をお持ちだ。
辺境伯もご存じの様子だから、誘われたのかもしれない。
「永遠に使わないので、君が使ってくれていい」
リカルド様からものすごい真顔で言われたので何となく察したし、モカに話すと喜びそうなので黙って受け取った。
ちなみにこれはビアンカさんに教わった箱の魔法で送ってもらった。
実は少年たちを犯罪奴隷にすることは決まったが、娼館にもヴダの王族にも売っていない。
彼らはクライン伯爵家の持つ、比較的安全な鉱山で働くのだ。
そして5年経ったら解放する。
その間に廃嫡される可能性は高いが、当然の報いだろう。
軽めの処置なのは、全員初犯で未遂だったからだ。
ただし問題を起こせば、すぐ娼館行きだ。
でも皆キレイな少年たちだから、ちょっと狙われてしまうかもしれない。
私も9歳の時に穴さえ空いていれば男でも子どもでもいいヒトたちがいると、ハル兄から聞いて驚いたものだ。
「最後の晩餐の時に、わたくし
異世界の作曲家モーツァルトの『恋とはどんなものかしら』ですの。
あなたは恋を知っているでしょう? 私の中の燃えていて、凍り付くようなこの心は恋なのか教えて欲しいと言ったような内容です。
残念ながら少年が大人の女性に向けたものなのですけれど、簡単に男性向けに歌詞を直せますもの。
今後のお仕事のお役に立つとよろしいですわ」
鉄線で口元を隠しながら、蔑みを含んだ目を辺境伯に向けた。
これはさほど練習しなかった。
ローザリア子爵という、良い? お手本があったからだ。
「お前はいとし子とは名ばかりの悪魔だ!
貴族と結婚するとはいえ、今は平民風情のくせに‼」
こんな風に平民を見下す親だから子どもがああなって、結果ひどい目に遭うんだよ。
それにしても1週間で私のことを調べたんだな。
「あら、イヤだ。そんなにお怒りにならないでくださいまし。
今回のことは寄親であるクライン伯爵家のご命令で、わたくしは従っただけですわ。
ああでも、この程度でわたくし共の気持ちが収まると思わないでくださいましね。
他国とはいえ、尊敬されるべき地位であるあなた方が起こした所業は許せるものではないのです。
ですがこのことで戦を起こすのも無駄に感じましたの。
あなた方は戦闘の玄人。
わたくし共はブドウ畑と共に細々と生きる農民です。
ですから彼ら盗賊たちをお金に変えた方がずっといいと考えましたの。
戦のようにお金も命もかかる、土地も傷む、そんな愚かなことは致しませんわ」
氷の騎士のくせに、辺境伯は激高した。
「こちらは戦いを申し込む!」
そう言ったと同時に私は魔導写真をばらまいた。
「こ。これは!」
そこにはコルテス辺境伯令息キースを裸にして、強姦されている様子を魔導写真に収めたものだ。
正しくはその振り、つまり演技だ。
領民のうっ憤を晴らすために、本人に了解を得て撮ったものだ。
応じなければヴダに売るって言ったけどね。
犯人役の半裸の男性俳優は、トラウトさんに紹介してもらった。
写真が残るのはイヤじゃないかと聞いたら、化粧で別人のようになったから構わないんだそうだ。
「もっと過激な写真もたくさんございましてよ。
見るのもおぞましいそんな写真がね。
これもあなたがあのような暴挙を許し続けた報いです。
たくさんございますから、こちら差し上げますわ。
つまりいくらでもバラまけるということです」
モカったらどうしてこんな恐ろしい話を思いつくのかしら。
異世界ってそんな恐ろしいところなの?
顔だけは貴族的な微笑みを浮かべながらも、私は心の中で震えていた。
鉄扇があってよかったよ。
内心の揺れが顔に出ても隠せるから。
だがこれは戦争を回避するための、作戦なのだ。
手を緩めるわけには行かない。
それにこの写真のおかげで、村人たちは留飲を下げたのだ。
それだけ恐ろしい写真とも言える。
「妻に、妻に何と言ったらいいのか……」
「コルテス辺境伯様、これがあなた方の所業の報いです。
いいえ、まだ足りません。
10年で30人も殺していますから」
私のセリフを聞いて、辺境伯の目がギラッと光った。
来る‼
思った通り、彼は我を忘れて私に切りかかった。
私も身体強化して鉄扇を構えていたが、脇にいたカイオスさんが下から振り上げた剣で辺境伯の腕を切り落とし、その勢いで右目も切り裂いた。
息子のように泣き叫ばなかったが、さすがに堪え切れず彼は膝をついた。
私はそのすきに落ちた右腕を拾って後退した。
彼の部下たちも剣を抜こうとしたが、ドラゴ君が彼らを動けなくしていた。
「今すぐならポーションで治せますよ。
この腕を返してほしければ代償として10億ヤンと、二度と我が領に攻め込まない旨の魔法契約にサインしなさい。
右腕も右目も息子も失くしてあなたはご自分の、いえハーシア国の辺境を守り通せるのですか?」
すると彼は笑い出した。
さすがは辺境伯、腕を落とされても笑っていられるなんて……。
正直怖い。
「どうやらそれが狙いだったようだな。
私の負けだ。
カイオスの存在を一瞬でも忘れるなんて、不覚にもほどがある。
あなたほど豪胆な女性は見たことがない。
さすが黒騎士の忠誠を得ただけある」
いやこれ、全部演技です。
内心ヒヤヒヤでした。
「サインを。利き手でなくても有効です」
そうしてコルテス辺境伯はサインし、私は彼の腕を返した。
傷は治さなかった。
ご自分のポーションを使ってください。
数日後に彼は10億ヤンを支払ってきた。
契約違反は死ですからね。
これはもちろんこの領地のために使わせていただきます。
4割は税金で取られるけど。
これでコルテス辺境伯は当分戦争できない。
契約だけでなく、ただでさえ苦しいのにお金と跡継ぎを失っているのだから。
だいたいが狙い通りだったが、モカだけはちょっと不服そうだった。
『だって最後の決め台詞、言ってないじゃない!』
「ああ、『クライン家なめんな!』ってみんなで威圧をかけるヤツ?
練習はしたわよ。
揃えて威圧しないといけないって書いてあったから。
でも向こうが素直に応じたんだもの。
おかしなことをして、全部演技だったってバレたら困るじゃない」
まだブツクサ文句を垂れているモカの後ろで、ミランダの目が爛々と光っていた。
(おかーさんにへんなセリフ言わせて、へんな笑いかたさせたの。
これはせいさいなの!)
風魔法を乗せたミラの痛烈な蹴りが入り、モカはペタンコになっていた。
通信鏡で見れたのはここまでだったが、そのあとクライン伯爵家の軒に逆さまに吊るされていたそうだ。
みんなに悪いことをしたとさらされたのだ。
なかなか厳しい制裁だが、リカルド様はコロコロ楽しそうに笑っていた。
うん、平和である。
こうして私たちは賠償金取得とざまぁ敢行に成功したのであった。
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エリーは台本があったら、本当のことではなくてもスキルで演じることができます。
モーツァルトの『恋とはどんなものかしら』は、『フィガロの結婚』の第2幕のアリアです。選曲はリカルドです。
リカルドはこの問題を国の問題にしませんでした。
なぜならこんな些末な出来事(国にしたらです)で戦争をするのも恥ですし、彼らを人質にするのはあまりメリットがなかったからです。
ハーシア国は今12年前の敗戦と飢饉で苦しんでいて、援助が必要なので賠償金もあまり取れません。
しかもこの国は緩衝地帯として、存続する方がメリットがあるんです。
他国にハーシアが攻められても、その被害をヴァルティス王国が追う必要がないからです。
ミランダが制裁を加えるべきなのは、モカではなくハルマだと個人的に思います。
モカは吊るされても痛くないですが、リカルドに猫じゃらし的な羽ばたき(一応新品)でしばらくくすぐられました。
避けてもずっとフニフニされました(だからリカルドご機嫌でした)。
モカは(これ、罰? それともファンサ⁈)って思ったようです。
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