第697話 盗賊の正体*
流血あります。
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昨日仕込んだパンを焼こうとまだ暗い内に起きたつもりだったが、外が思ったより騒がしかった。
この土地はみな、早起きなのかなと思ったらそうではなかった。
ドアがノックされる。カイオスさんだ。
「エリー、起きているか?」
「はい、今開けます。何かあったんですか?」
「昨日の今日で悪いが、資材小屋で賊が拘束されている。
そいつらを回収しようとした村人も捕まったので魔法を解いてやってほしい」
えっ、昨日念のためかけた魔法だよ。
もう捕まえちゃったの?
「すぐ行きます」
カイオスさんの案内で私とドラゴ君が外に出ると、小屋の周りに人だかりが出来ていた。
捕まってしまった村人はすぐ拘束を外したが、計6人の賊はそのままだ。
彼らは資材小屋のカギを壊し、中のものを物色しようとして捕らえられた。
皆黒いローブやマント、マスクで顔を隠していたが、10代の少年と言っていい若者たちだ。
服や持ち物は高価で、髪や手がキレイに手入れされている。
剣の拵えの意匠から、隣国のハーシアの貴族に見える。
「何ですか、これ。
この国とハーシアを陥れる罠でしょうか?」
「いや、これはもっと単純なモノだろう。
こいつらはどう見ても素人だ」
ということは私たちが考えていたような食い詰めた農民たちではなく、貴族が盗賊をやっていたってことなの?
「とにかくこのままここに置いておくわけはいかないですね。
犯罪者を捕まえる牢はありますか?」
「館の地下に牢屋がございますが、今はワインを保存しています」
すかさずハックさんが答えてくれる。
「それは出して、この者たちを入れておきましょう。
悪いけどドラゴ君、もう少し強い眠りの魔法をかけてくれる?」
「うん、いいよ」
牢に入れたら拘束を解いて、彼らの衣服持ち物を全て奪った。
犯罪者取扱説明書に書いてあるのだ。
下ばきだけは穿かせておくが見分だけはしてもらう。
本当は脱がせた方がいいんだろうけど、見たくもないからだ。
これは犯罪者が隠した武器や薬がないか調べるためと、逃亡しにくくするためだ。
服を着ていない時点でめちゃくちゃ不審者だしね。
念のため後ろ手に拘束し、猿ぐつわも噛ませる。
私は無詠唱で使えるけど、基本時に詠唱できなければ魔法を使えないからだ。
「えっと……足の腱も切った方がいいですか……?」
逃亡の恐れのある犯罪者は足の腱を切っておくことと、説明書に書いてあるのだ。
やりたくないけど、やらないといけないの?
「エリー、基本に忠実なのはいいが、盗賊は犯罪奴隷として売れるから五体満足の方が高くなるぞ」
私はその一言でホッとした。
カイオスさんが代わりにやってくれても嫌だったからだ。
それにしても犯罪奴隷か……。
私は奴隷制度に反対だが、この国でも国際的にも盗賊は死刑か奴隷落ちだ。
どうするかは私では判断できない。
「では足も縛っておきましょう。
せっかくのワイン倉庫が汚れてしまうけれど、ドラゴ君は浄化ができますから。
その時はお願いできる?」
「もちろん、いいよ」
お花摘みになど行かせられないから、ここで垂れ流しになる。
盗賊に身を落としたということは、彼らには死ぬ覚悟が出来ているということだ。
お花摘みに行かせた隙に、自暴自棄になって逃げられなくても村人を襲う可能性が高い。
とても危険な犯罪者なのだ。
早速私の通信鏡で、サミー様に連絡を取った。
すぐに出てくれる。
騎士であるサミー様は、早朝の自己鍛錬をかかさない。
ハーシア国の貴族と思われる盗賊を捕縛したことを伝えると、リカルド様に指示を仰ぐことになった。
事と次第によっては、国際問題になるからだ。
他国の貴族が国境を越えて略奪行為を行う、これは侵略行為と見なされてもおかしくない。
とにかく尋問を行い、身分や目的を明らかにしてからだ。
サミー様が通信鏡をリカルド様に渡して、話をすることができた。
『とりあえず賊の顔を映してもらえるかな。
ハーシアの貴族ならば何人かは顔見知りだ』
それで鏡に映してみると、一番年若い少年がハーシアのコルテス辺境伯によく似ているということが分かった。
なかなかの美少年なので、辺境伯は異世界風にいうイケメンさんなのだろう。
『確かカイオスは打ち合ったことがあるのではないか?』
「確かに似ているな。
俺がヤツと対峙した時はもう少し年かさが増していたが、幼くすればこんな感じだろう」
「剣の意匠に施された家紋と照合しても、この少年がコルテス辺境伯家の人物と考えてよさそうですね」
『他の家紋もコルテス辺境伯ゆかりの貴族の物だった。
彼らの目的をはっきりさせないといけないね。
カイオス、頼めるかな』
「ああ」
『エリーは責任者として、立ち会って厳しいことを言ってもらわなければならない。
大丈夫かな』
「事実は言えますが、脅しはできません」
『その時は台本を用意するよ。
君の演技スキルに期待する』
他の貴族たちはひとまとめに動けなくして、コルテス卿と思わしき人物だけ中央に残す。
ドラゴ君に魔法を解除してもらうが、すぐに目覚める様子はない。
猿ぐつわを外し、魔法が使えないようにする魔法陣の上に乗せる。
「エリー、冷たい水をぶっかけてくれ」
少し南の方だとはいえ、もう12月だ。
風邪をひくかもしれないが、ポーションを与えれば何とかなるか。
私は彼に冷水を全身に浴びせた。
「うわぁ、何をする!」
「あなたが起きないから掛けました、コルテス卿」
「なぜ私の名前を! しかもなぜ裸なのだ‼」
あれ、そんなにあっさりと白状してしまっていいんですか?
「あなたは我が領の財産である資財小屋の中で、品物を物色しているところを盗賊として捕縛されました。
あなた方のマジックバッグから、我々の冬の食料である干し肉の樽が入れかけで見つかっています。
これは証拠ですので、現場保存してあります。
それではこれから尋問を行います」
「待て! 国際法では捕虜を必要以上に貶めてはいけないとある。
これはそれに抵触するぞ!」
微妙に小賢しいが、それは墓穴というものだ。
「ではこれは侵略行為による略奪であった、つまり宣戦布告なしの奇襲攻撃であったとお認めになるのですね」
「へっ?」
へっ? ではない。
捕虜というものは戦争中の敵を捕縛したものだ。
「即刻王都に手紙を送りましょう。
レターバードならすぐに届きます。
ハーシア王国に開戦の意図があるため、即刻支援物資を停止しなくてはなりませんから」
本当はすぐ送る必要はない。
通信鏡を繋げてあるからだ。
今リカルド様とサミー様が同時にこの取り調べを聞いている。
でも開戦なら送る必要はあるので、嘘ではない。
「待て、待ってくれ。
私たちに開戦の意志などない」
「では捕虜ではなく、盗賊であったと認めるのですか?」
「……」
「盗賊ではなく、コソ泥だな」
これはカイオスさんだ。
彼を煽るように言っている。
「そうですね。徒党を組んで行っているものの手口はずさんですし、見張りすら置いていない。
ただ皆剣を抜いているので、見つかったら相手を殺す意思があったと見なされます。
それについてはいかがですか?」
「私たちはコソ泥などではない!」
「では何なのです?
どういった目的でこの場にいらしたのかお答えください」
理由はとても腹立たしいものだった。
なんとこの略奪行為は肝試しだというのだ。
夜陰に紛れて異国の村の資材をくすねてくる。
その際に村人が襲ってくることがあるので、それを倒して無事に戻ってくるという内容だ。
しかも10年前、ちょうど領主一家が途絶えてからずっと続けられているのだ。
そんな醜い内容をペラペラと話し続ける。
この人たちはこの行為を犯罪だとは思っていないのだ。
「大体平民など1人や2人死んだところでどうでもいいだろう」
そんなことを言った瞬間カイオスさんがナイフを抜き、目にもとまらぬ速さでコルテス卿の耳を切り落とした。
「ギャア~‼」
傷みでのたうち回るが、拘束されているのでどくどくと流れ出る血を押さえることもできず喚き散らす。
これでは尋問にならない。
「カイオス、命令にないことはしないで」
「かしこまりました」
一応、身内以外の人前なので呼び捨てだ。
私はハンカチで耳を拾った。
「止まりなさい。今治療します」
そう言ったが聞こえていないのか、ずっとゴロゴロと動く。
傷口が傷むじゃないか。
「止まれ《ストップ》」
私は魔法で動きを止め、拾った耳と傷口にキレイにしてから押し当てて、中級ポーションをかけた。
カイオスさんのナイフ捌きは迷いがなく傷口が美しい。
これなら低級ポーションでも治ったかもしれないが、念のためだ。
傷みが無くなったおかげか、コルテス卿はハァハァと荒い息をするだけになった。
暴れるといけないので、ストップの魔法は継続する。
「なぜこんなことをされたかわかりますか?」
あまりのショックに答える気力もないようだ。
「あなたは自分の領の民が同じ目に遭っても、同じことをいうのですか?
あなたが、いえ実際に手を下したのは他のヒトでしょうが、殺した相手にも家族がいて恋人がいて友がいたのです。
この村は男手が極めて少ない。
それはあなたたちが遊びで、村人を殺したからです。
今すぐカイオスを送って、同じ目に遭わせたいぐらいです」
もちろんそんなことはしないが、心情的にはそうだ。
「我々の仲間だって殺されたこともある!」
「ええ、クライン騎士団に討伐されたんですよね。
でもその後、報復としてワインの樽を割った。
それのどこが
まるっきり盗賊のやり口ではないですか!」
「ちが」
「違いません、人殺し。
あなたたちはコソ泥です。
生きるために仕方がなかったのなら、目を潰れはしないものの理解は出来ました。
それを肝試しだなんて、腹立たしいにも程がある。
村人たちが受けた痛みや悲しみは、こんなものではないのです‼」
今日の尋問はこれで終わった。
後はリカルド様の指示を貰うだけだ。
館に戻るとカイオスさんが謝ってきた。
「済まん、俺はああいうやつを良く知っているんだ。
だからわざと痛い目を見せた」
私は話を促すように彼を見つめた。
「戦場では皆ちょっとおかしくなる。
暴力や略奪など当たり前のように思うようになる。
もちろん軍紀にはそれを禁じてはいるが、なんとなくちょっとぐらいならいいだろうという風潮になる」
「でもハーシア国は今戦争をしていません。
彼は若いですし、戦争を知らないのでは?」
カイオスさんは首を振った。
「コルテス辺境伯家ではまだ終わっていないんだろう。
戦時下でおかしくなったまま子どもを育て、その子どもにそのおかしい思想を教え込んでいるんだ。
むしろ戦争がない分、この略奪行為を正当なものと見なしているのかもしれん。
相手が抵抗できない相手にも関わらずな。
もはや奴らは騎士でもなんでもない。
ただの人殺しだ」
戦争とはヒトの営みだけでなく、心まで破壊してしまう恐ろしいものだ。
それは教育された貴族であっても同じことだ。
大体戦争など私利私欲が産んだものだ。
普通に暮らしていたら多少のいざこざはあっても、戦争など起きるはずもない。
そこに自分の意見が通らなかったとか、自分より裕福な国があるからとか、自分より強くなりそうなので今のうちに叩いておこうとか、そういう自分勝手な理由をつけて起こすものなのだ。
どんなに正当な理由っぽいものを掲げてみても、実のところは権力争いなのだ。
戦争など起こしては絶対にダメだ。
「リカルド様はどうなさるのでしょうか?」
「俺の見立てでは開戦はないな。
こんな小さな被害ごときで、国や民を動かすことはできないだろう」
「では賠償金を貰うという形ですか」
「死んでいるのは平民が10年で30人程度。
取られたものも、肉や薪だろ。
大した金額にならないだろう。
貴族が1人ぐらい死んでいてくれたら、跳ね上がっただろうがな」
平民の命の価値は低い。
私も平民なので、それがひしひしと伝わってくる。
「でもこのままでは終われません。
彼らには報いを受けてもらいたいです」
復讐など何の意味もなさないが、彼らが二度とこんなことをしたくなくなるくらいには目に物を見せてやりたい。
「カイオスさん、コルテス辺境伯について教えていただけませんか?」
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初級ポーション……酔いがさめ、疲労が取れる程度。
低級ポーション……擦り傷切り傷など治る。あまり深いとダメ。
中級ポーション……耳や指程度が切り落とされたなら、すぐならくっついて治る。
上級ポーション……欠損は治らないが、かなり大きな傷でも治る。
欠損や時間のたった傷を治せるのは、聖女ソフィア、リカルド、ソルちゃん、モリー、そしてラインモルト枢機卿です。
治癒能力が使える人材は神に愛された国ヴァルティスとエクサールにしか生まれず、今はヴァルティスだけです。
エルヴィラ皇女の皇配になるアキレウスが認められたのは、彼に治癒能力があるからです。
下ばき……パンツのこと。コッドピースは戦闘時以外はつけず、紐パンです。
犯罪奴隷は、危険な犯罪者を刑務所に入れる代わりに奴隷魔法で縛る刑です。
命令に背いたら凄まじい痛みを与えたり、動かなくしたりできます。
借金奴隷は、返済まで確実に労働をさせるために奴隷魔法で縛ります。
細かな労働条件を決めて、それに反することはさせられません。
この2つはユーダイも認めざるを得ませんでした。
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