第696話 領地の問題


 翌日は領地を案内してもらった。

 領民は300人いかないぐらい。

 特に若い男性が少ない。

 村は4つあり、元々は一番大きな村だけだったが、戦争や災害で弱った別の村がくっついて今の形になったそうだ。


 店はなく、職人もあまりいない。

 錬金術師どころか、薬師も教師もいない。

 教会はあるけど、神父様がいない。

 年に何回か来るだけらしいのだ。

 勉強したければ隣の領に行って、そしてそのまま就職されてしまう。


 つまり主力産業以外が育っておらず、医療も教育も滞っている上に優秀な人材が流出しているのだ。


 ジョシュじゃないけど、それらが全部できる私が来て正解かもしれない。



 以前はもう少しヒトも多かったそうだが最近隣国ハーシア王国で飢饉があり、食い詰めたものが盗賊になった。

 その略奪に対抗するために男たちが死んでしまい、次は自分だと若い男性が村から出てしまったのだ。

 これも領の収入が少ない原因の1つだな。

 潜在能力的には2倍くらいの収入があってもおかしくないのだ。


 ハーシアにはこの国からも食料提供したはずなのに、末端まで行き渡っていないんようだ。

 国境線があいまいというのも、彼らの侵入を防げていないところなのだろう。


 こちらの前領主家が流行り病で没落したのは10年ほど前なのだが、さすがのクライン家でも遠いのと忙しすぎてちゃんと面倒を見切れていないようだ。

 収益的に人を置くほどでもないと考えているのかもしれない。

 騎士は無理でも冒険者か傭兵を村に呼んで住んでもらった方がいいかもしれない。



「明日は領地をいろいろ巡りたいと思います。

 案内は一番大きい村の村長さんだけ紹介してください」


 移動は身体強化で動くつもりだ。


 私は魔力量が少ないと言っても、魔道具を起動させるぐらいの魔力量のヒトから見れば十分多い。

 殲滅させるような攻撃魔法には向いていなくても狙った的に当てることはできるし、身体強化で動けば1日で領地を見て回れるはずだ。

 最終手段でドラゴ君にお願いして、転移することだってできる。



 紹介された60歳手前ぐらいの村長ケンさんに会うと、ブドウ畑に案内された。

 今年最後のブドウを収穫し、ワインの仕込みを済ませたところだという。


 保存食のブドウのしぼり汁と干しブドウを食べさせてもらった。

 甘くておいしい。

 砂糖を使わずレモンの汁を入れて煮詰めただけのジャムもあるそうだ。

 ドラゴ君が無言でせっせと食べている。

 たぶん、他の従魔子どもたち大好きだな。


 これらを使ったお菓子を販売するのもいいかもしれない。

 ケーキにビスケット、パンに混ぜ込んでもいい。



「ブドウの搾りかすはどうしてるのかしら?」


「乾かして家畜や魔獣の餌にしております。

 ここではヤギが多いです。

 それでも余ったら、灰と混ぜてから土に混ぜ込んで肥料の代わりにしています」


「そうですか。それもいい利用方法ですね。

 その灰はブドウの剪定で出たものを利用するとなおよいでしょう。


 搾りかす全体を乾燥させて、完璧でなくていいので種子をできる限り取り分けてください。

 とても上質な油が取れます。

 さらにこのかすから、蒸留酒を作ることもできます。

 私だけでなくサミュエル様も基礎的な錬金術を学んでおられるので、問題はありません。


 さらにペースト状にすることで料理のソースやお菓子に使うこともできます。

 化粧品に使ってもいいですね。

 他にも色々使えますから、研究したいわ。

 少し分けてもらえるかしら」


「捨てるほどあるのに、そんなに使い道が? 

 いくらでもお持ちください!」


「ありがとう。

 ブドウは使い道の多い果物です。

 染物にも使えるんですよ。

 葉もコーメという穀物を包んで蒸して香りを移す料理がありますね」


「こりゃたまげた。

 婚約者様はまるでヴェルシア様だ」


 これは真工匠で能力の上がった鑑定スキルと、錬金術師としての知識とルードさんの食べ歩きとリアの染物講座のおかげです。

 ヴェルシア様は智恵と正義の神様だけど、誉め言葉としても言い過ぎですよ。



 他の困りごとは村に店がないこと、男手が少ないこと、女性たちが結婚できず子どもも少なくなっていることなんだそうだ。


「日々の暮らしに必要なものはどうしているんですか?」


「ワインの納品に隣の領の町に行きますんで、その時に注文して買いつけてもらいます。

 すぐに届かないので急いで欲しいときは自分で買い付けに行きます」


 その町には商店と冒険者・職人ギルドを兼ねる商人ギルドがあるそうだ。

 ヒトも品物もそこに握られているってことか。

 お隣の子爵家もクライン伯爵家の寄子なのが幸いである。

 教育を頼っていたのは、それも理由なのだろう。



「でもさすがに鍛冶のための金属までは仕入れらません

 この村に鍛冶師が1人います。

 元々は戦のための武器を作ってもらうために来たんですが、仕事がないからと飲んだくれて困ってるんです。

 数少ない男なので、追い出すこともできません」


「ただでさえ職人が少ないのに、鍛冶師は追い出してはダメです。

 つまり必要な材料があればいいってことですね。

 他に必要なものは?

 冬越えのための食料や薪などは大丈夫ですか?」


「先月クライン伯爵家から来たお役人様が、資材小屋をいっぱいにしてくれました。

 あとはわしらが作った野菜なんかもありますので、ギリギリですがなんとかします」


「その小屋、見せていただけます?」



 思った以上に薪も食べ物もぎっちり詰まっている。

 こういう小屋がいくつもあるらしい。


 聞けばクライン家から秋になると魔法士が派遣されて、周辺の狩りや木々の伐採を行うそうなのだ。

 これは男手が少ないための救済措置だそう。

 その代わりに役人は置いていないんだな。


「余裕があるくらいありますね。

 先走って使い過ぎてしまうことはありませんか?」


「昔黙ってくすねたヤツがいまして、1つの村が全滅しかけたことがあります。

 それからはカギを持っている人間とそれ以外に2人は立ち会って、1日に決められた分以上を使わないようにしています。

 もちろん猛吹雪などの緊急事態は使わせてもらいます」


「ええ、そうしてください。

 死んでしまったらおしまいですから」


「それに余裕があるように見えますが、毎年周期的に盗賊が盗んでいく分を考えるとこれでギリギリなんです」



 それ大きな問題じゃない!

 周期的に来るなんて異常だよ‼


 つまりいっぱいの資材のおかげで、かえって盗賊に襲われるってことか。

 男手が減って抵抗できないのを見越して盗っていくんだな。

 それで索敵してみたが、今のところ盗賊らしきヒトは周辺にいないようだ。

 聞けばハーシア王国まで戻っているのだという。


「女子どもをさらうことはしないんですか?」


「それをやったら騎士団が来て殺されてしまうので、ものだけ盗んでいきます」


 引き際を見極めて、ちびちびとむしり取る感じなのか。

 嫌らしい盗賊だな。



「前に来たのはいつですか?」


「2か月ほど前です。そろそろくるかもしれません」


「この情報は全然王都に届いていないんですが、どうしてなんですか?」


「……数年前討伐の騎士様が来たあと、残党が暴れて別の被害が出たんです。

 前は仕込んだワインの樽を割られました。

 それで自警団を作って対抗したんですが、向こうは武芸の得意なヤツがいるので殺されてしまいました。

 それで抵抗を止めたんです」


 ブドウの栽培やワイン造りなら、お年寄りや女性でもできるので何とか続けているそうだ。

 これまではそれでもよかったかもしれない。

 でも今年はハーシア国の飢饉で、もっと奪われる可能性がある。


「無抵抗で盗まれていくだけだと、そのうち破綻するわ。

 これはあなたたちの生きる糧でもありますが、領主であるサミュエル様の財でもあります。

 これまではきちんと領主が定まっていなかったから不問にしますが、これからは対策を行います」


「よろしくお願いします」


 普段も勝手に近寄らないということなので、とにかく少しでも対策をすることにした。

 それで資材小屋全てに皆が夜の間に小屋の中に入って、中身を触った者を全て拘束する魔法陣を仕込んでおいた。

 住民には翌朝にでも、周知を徹底してもらおう。 



「それでは問題の鍛冶屋に向かいましょう」


 村の鍛冶屋に入ると、炉に火は入っておらず40歳ぐらいの男が地べたにござを引いてごろ寝をしていた。

 近くにはワインボトルがいくつも転がっている。


「おい、フーゴ。立て、お客様だ」


「うるさい、鍛冶屋は休みだ」


 フーゴと呼ばれた男はごろ寝したまま、動こうともしなかった。


「お店、見せていただきますね」


 中には品物はほとんどなかった。

 少しだけ、ナイフや鉈、草刈り鎌などがあるが、鍋やフライパンなどの調理器具がない。

 領主館の台所のものすら、傷んでいるんだ。

 ちゃんとした製品は売れてしまったのだろう。


「何かいるんだったら、村長がワインを売りに行くときに頼めよ」


「でもしばらく行かないし、底の薄くなった鍋を修理してくれないわ」


「ああん?」


 そう言ってやっとこっちを向いた。


「なんだ、ガキか」


「ええ、領主様の婚約者です。

 よろしく頼みます」


「領主だと! 決まったのか? ケン」


「そうだ、サミュエル・クライン子爵様だ。

 こちらは婚約者のエリー様だ」


 私は平民なのでまだ様はいらなかったが、否定するのもおかしいのでそのままにした。


「ふん、穴が空いた鍋なら鋳つぶせばいいさ」


「鋳つぶすにも炉が必要なの。

 あなたがしないなら、私がするわ。

 私はこれでも第1級鍛冶師なので」


 3級は生活雑貨、2級は剣などの武器、1級はミスリルや魔法銀などの扱いの難しい金属で、自分で考案した武器製作ができなければならない。

 証明にもらったバッチを見せると、フーゴはヒュっとのどを鳴らして立ち上がった。


「1級……その若さですげえな」


「どうして仕事をしないんですか?

 せっかくちゃんとした炉も工房もあるのに」


「戦がねぇから武器はいらねぇし、とにかく材料が何にもねぇんだ。

 ダメになった鍋をいくつか潰して修理したけど、高くつくけど買った方がいいってさ」


 つまり鍋の持ち主は修理するよりも新しい鍋がいいと言ったのだろう。

 ワインが売れるし、クライン伯爵家の支援もあるからお金があるのだ。

 そのせいで、盗賊が来ても危機感がないのかもしれない。


「でもどのヒトも新しい鍋が買えるわけではないわ。

 せっかく頑張って得た技術も使わなければ衰えます。

 ここに少しインゴットがあるから、これを使って仕事をしてください」


 そうしてドラゴ君のカバンから、袋を取り出した。

 中には鉄や鋼などのインゴットが中に入っている。



「おいおい、これダンジョン産じゃねぇか」


「さすが目利きもできるのね。

 これはニールの鉱山ダンジョンから取れたインゴットです」


 今でこそ宝石ダンジョンと呼ばれているが、私が幼い頃はこういった金属がドロップの主流だった。

 でも小さくても宝石が出るようになって、金属はミスリルや金銀などの高額なものを除いてはそのまま捨てていくようになったのだ。

 理由は簡単、重いからだ。


 私とカイオスさんがダンジョン巡りをしていた時、捨ておかれてそのままになっているインゴットをたくさん見つけた。

 放っておいてもダンジョンに再吸収されるだけなので、私たちが持ち帰ったのだ。

 もちろん低階層の物は持ち帰っていない。

 そういうのはダンジョン攻略できないヒトの生活費になっているからだ。



「領主館にはまだあるので、これは好きに使っていいですよ。

 でも次からは有料ですからね」


「タダなのか! やる‼」


「じゃあウチの鍋を置いておきますから、修理をよろしく頼みます」


 私が錬金術で直したらすぐ済む。

 酔っぱらいの腕でちゃんとできるか心配だけど、やる気を出してやってくれるならそれでいい。

 本当に必要なのは時々王都に戻ってしまう第1級鍛冶師より、いつもそばにいる鍛冶師だ。


 住人に働いてもらってこその領地経営である。


-------------------------------------------------------------------------------------

ブドウは本当にすごい果物です。

ブドウの種子はグレープシードオイルが取れます。

コールドプレスがいいですね。

くせのないオイルでドレッシングなどに適しています。


搾りかすはワインパミスといいまして、栄養価がものすごく高くてアンチエイジング効果があるそうです。

それで作られる蒸留酒はマールやグラッパで知られています。

非常にアルコール度数が高いお酒です。


ただワインパミスは酸性なので灰を混ぜて中和しないと土壌には悪いです。

きっと経験則で知っていたんでしょう。


ブドウの葉にピラフを包んだ料理がトルコやイラン辺りで食べられています。

私もまだ食べたことがないので、すごく興味があります。


リアは同じ錬金術科だった裁縫師のメルの幼馴染の女の子で、実家は染物屋です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る