第390話 妹のために


 リカルドが13階の扉に手をかけるとカイオスが後ろから声をかけた。

「リカルド卿、あなたのご尽力に感謝いたします」


 そういってカイオス・タイラーはリカルドに縦一閃に切りかかった。

 鋭い刃はものすごい衝撃波を伴っていた。



(リカ!)

 リュンヌの声と同時に、リカルドは辛うじてそれをかわした。

 肩に止まっていたリュンヌが羽ばたき、上空を旋回する。


 スキル『斬撃』。

 剣士の上位職、剣豪・剣聖のみが使えるスキルで、本来ならば岩をも砕く威力だ。

 人の手では壊せないダンジョンの床だったので傷一つないが、衝撃波はリカルドに細かい傷を与えた。



 リカルドは床に転がってコナーの遺体の側まで行き、彼のかたわらにあった剣を手に取った。

 新米冒険者ルカの装備では、カイオスの攻撃は防げないからだ。


 しかし10日にも及ぶ『魂の浄化ソウル プリフィケーション』の使用で起こった魔力枯渇はリカルドの体を弱らせていた。

 精霊石がないとほとんど魔法が使えない。

 英雄であり、剣豪のスキルを持ち、愛の守護まで与えられているカイオスと今の状態で戦うのは不利だとリカルドは判断した。



 それで言葉で揺さぶりをかけることにした。


「カイオス、こんなことをしても無駄だよ」


「あなたは12歳とはいえ、油断のできないお方だ。

 何があったか知らないが普段のあなたならば、そこまで弱ることはないはずだ。

 倒すなら今しかない。


 この秘密は俺やハミルを動かす切り札になるほどのものだ。

 用心深いあなたなら、簡単に周囲に漏らすはずがない

 ここであなたの口を封じれば、娘と孫の秘密は守られる」



「君たちを利用する予定はないよ」


「あなたがエリーあの子を助けても大したメリットはない。

 道具として使えなくなったら、あなたはきっとあの子を切り捨てる」


「確かに私がそういう性質なのは否定しない。

 でもエリー君は私の命に代えても絶対に守るよ」


「耳障りのいいことを言って、油断させようとしても無駄だ!」

 

 カイオスは切りかかってきたが、今度は落ち着いて避けることが出来た。



「保護している私が死ねば、エリー君は教会か貴族どもの餌食になる。

 彼女は『音楽の愛し子』だと判明してしまったからな」


「そんな……エクサールの血か?」


「いいや、違う。

 カイオス、確かに君の家族の秘密を知るものは私だけだ。

 私の状態を考えると今倒すのがベストだろう。

 だが私にはリュンヌがいる。

 フェニックスは私を復活させることが出来るのだ」



「たとえそれが本当でも時間稼ぎにはなる。

 その間にエリーを逃がせばいい」


「そう簡単に逃げられると思わない方がいい。

 エリー君は今私の妹と共に、クライン家の別館にいる。

 たとえ英雄であっても呼んでもいない君を通すものなど我が家にはいない」


「クライン騎士団ごとき、うち砕いて見せる」


 こう話しながらもカイオスは何度も剣を繰り出し、リカルドへの攻撃の手を緩めなかった。

 リカルドは防戦一方で、受け止める以上は出来なかった。



「見事だ、リカルド卿。

 幼いあなたに私の元で修行したいと言われたときも驚いたが、ずっと研鑽を続けておられたのだな」

「英雄に褒めてもらえてうれしいよ」



「俺が用意したその装備は魔法耐性がないから、マジックバックを隠し持つことはできない。

 他の隠せそうなところはコナーがしっかり探っていた。

 つまり精霊石はあの一つだけだけだということだ。


 そろそろあなたも限界だろう。

 息を切らし、足手の震えは体力不足の証拠。

 次の俺の剣を受けられない。

 覚悟!」



 カイオスはすばやく呼吸を整え、深く踏み込み今度は横薙ぎに一閃してリカルドの首を捉えた。

「何ぃ!」

 手ごたえがない。



 その動揺の隙にリカルドは詠唱した。

影縫いシャドウ ディテンション

 詠唱と同時にカイオスの影はダンジョンの床に縫い留められ動けなくなった。


「君の言う通り私はとても用心深いんだよ。

 だからちゃんと予備の精霊石も持っていた。

 でも君は強いからね。

 確実に1度で動きを止めるチャンスをうかがっていたんだ」


 彼はそう言うと口の中から小さな闇の精霊石を吐き出した。

 ルカとして持っていたものよりも色が濃く、純度の高いものだった。



 リカルドが上空に手を差し伸べると指先に小鳥になったリュンヌが止まり、そのまま袖の中に入ってしまった。

 ソレイユは時々エリーの袖の中でリュンヌになって眠っていた。

 彼女の袖の中は暖かくて心地よくて幸せなのだ。

 袖の上から優しく撫でてくれるのも好きだった。


 だからリュンヌはエリーに近しいものを攻撃したくなかったし、それはリカルドもよくわかっていたので戦闘させなかった。



 でもカイオスは諦めず精神を集中する。

(俺の止めを刺しに来た時がチャンスだ)



 だが彼の心を読んだようにリカルドは言った。


「カイオス、私は君に止めは刺さないよ。

 エリー君を悲しませたくないからね」

「そんなこと、信じられない!」



「エリー君を救うことは私にとって大きなメリットがある。

 私には彼女に返しきれない恩があるのだ」

「知り合って2年程度で、そのような恩を与える隙などないはずだ」


「2年? いいや70年ほど彼女の側にいたがその間ずっと受けていたよ。

 そうだなぁ。

 生きる喜び、信頼できる仕事のパートナー、インスピレーションの源、魂の救済……そのすべてだったな。

 あの子が幸せに生きてくれているだけで、それだけでよかったんだ。

 でもはそれを達成できなかった……」


「意味がわからん」



「ふむ、ではこうしよう。

 私は君の娘と孫の秘密を知っている。

 これは私だけが有利で公平ではない。

 だから私がこの世界で誰にも語っていない秘密を教えてあげよう。

 カイオス、君は転生者を知っているか?」


「転生者……転移者なら300年前の勇者たちや勇者ユーダイがそうであったが。

 いや、違う世界に生まれたことがあると称する不思議な知識を使うやつらがいるな……」

「私は転生者の存在を認識しているし、とても身近に感じているよ。

 がいたような別の世界で死んだ者がこの世界に生まれ変わってくることだ」

「それがいったい……?」



 リカルドは力を抜くように小さく息をついた。


「私がその転生者だからね。

 名はアルブレヒト・ルエーガー」


「なぜそれを隠す?」


「なぜって前世では才能と見た目のせいで散々な目にあったから、今回は能力を隠して普通の子どもとして生きようと思っていたんだ。

 まさかこんな近習なんてややこしい慣習のある家だとは知らなかったし。

 でもドジを踏んでしまってね。

 エマを救えたからいいようなものの、今度は王に隷属させられた。


 そんな奴らにすべての能力を明かす必要はない。

 ただ生まれてすぐの鑑定でフジノに称号の一部を見られてしまって、隠せなかった部分もあるけどね。

 幸い身近に別の転生者がいて、誘導すれば前世の知識を使うことが出来たんだ。

 雄大もたくさん書籍や知識を残してくれて、彼のおかげだと言えばだれも疑わなかったしね」



「転生者であることを隠す理由はわかった。

 それが何の役に立ったんだ」


「特に前世からの記憶と能力の引継ぎは大きいね。

 私の教育は、王に従うようかなりの情報を遮断されていた。

 それがすぐわかったからリュンヌに姿を隠してもらい、いろんなところに行って情報収集したよ。


 そして王家と敵対する君の存在はすぐにわかった。とても優秀なこともね。

 本よりも王宮の雀たちの噂話の方がどれだけ役に立ったかしれない。

 彼らは私が君と接触することなど、君がハミル殿の護衛騎士になってからだと思っているのだ」


「確かにあなたが私のところに来たのは4歳だった」



「こういう知識や能力を転生者の用語で、チートという。

 英語……異世界の言語のことだが、ズルや騙すってことだ。

 まさにその通りに使わせてもらった。

 私は知人と違ってゲームやアニメの知識はほとんどなかったが、年齢による分別はより多くの物を与えてくれたし、隠すこともできた」


「エリーとはどういう?」


「前世で私は作曲家で、あの子はピアニストだった。

 あの子が『音楽の愛し子』なのは前世からだ。


 ヒトや動物の心身に癒しを与える特別な音を、あの子は呼吸するように自然と出すことが出来た。

 多くの研究者たちがそのメカニズムを研究したが解き明かすことが出来なかった。

 だからあの子の演奏はACS、『天使の音曲アンジェラス カンティクム スプリクター』と呼ばれていた」



「リカルド卿。

 ますます意味がわからないのだが」


「すまない、ついあの子の能力について話してしまった。

 つまり彼女が『音楽の愛し子』なのは、前世からのアドバンテージのおかげだ。

 彼女の音楽は多くの人に癒しと幸福を与え、私を救ってくれた。


 だから今度こそ守りたい。

 そうでなければ私に付いた魂の傷は永遠に癒えることがないんだ。

 

 だからのためならなんだってやるつもりなんだ」


「妹……?」



 リカルドは先ほどのコナーに見せた冷笑とは打って変わった、愛情のこもった美しい微笑みを見せた。


「エリー君は前世での、エリーゼ・カーライルなのさ」



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 リカルドは魔力枯渇から完全復帰しておらず、無理に動いています。

 魔力が不安定で高度な幻影魔法が難しかったので、その補助に精霊石を使いました。

 この時点で普通に魔法を使うのはまだ困難です。


 同じ理由でソレイユ=リュンヌもほぼ魔力が枯渇しているので、魔法の行使もリカルドの精霊石に依存しています。

 あとリカルドが隠密活動するときは、いつもリュンヌになってます。

 同一個体なのですが、リュンヌが女の子、ソルちゃんは男の子で性格は一緒というか魂は1つです。



 カイオスがリカルドと魔法契約を結ばずに襲ったのは、契約は拘束力がしっかりあるものだけど抜け道もあるからです。

 例えば契約者の片割れが何らかの理由で死亡した場合は履行の義務がなくなります。

 英雄と言ってもカイオスとてただの人間です。

 彼が先に死ねばリカルドは契約を履行する必要はなくなり、エリーとマリアをどうとでもできるようになります。


 ならば今弱っているし、先に殺しちゃえってことです。

 ヴェルシアの罪の印がついても、娘と孫を守ろうと思ったんです。

 


 リカルドのセリフの中の僕と私はわざと変えています。

 僕は前世、私は今世です。

 ユーダイは勇者の名として、雄大は妹の孫として呼んでいるので変えました。


 フジノはオーケストラの勇者の子孫で、鑑定能力の優れた賢者です。

 リカルドの『真実の眼』、ビリーの『魔眼』の方が能力は上です。



『天使の音曲』はラテン語でAngelusアンジェラス canticumカンティクム scriptorスプリクター とGoogle翻訳で出たのでそのまま使いました。

 ラテン語の発音とは違うかもしれません。

 1/fゆらぎは楽器や発声で出せますので、何か違うものをと適当に作りました。



 第10章はこちらで終了です。


 いつも作品を書くために1週間ほどに日にちをいただいて練ってから書いています。

 次の更新は3日後ではありませんのでどうぞよろしくお願いします。



 次の章は鬱展開あります。

 その部分はわかるようにタイトルに*をつけるようにいたします。

 重ねてどうかよろしくお願いいたします。



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