第389話 神のてのひら


 とうとう、コナーはルカと教会ダンジョンに行く日になった。


 初めに約束していた日ではなく、カイオスがルカを遠方にお使いに出したため、数日予定が伸ばされていた。

 その間にコナーは教会ダンジョンを2度も攻略し終えていた。


 もっと稼ぎのいいダンジョンに行きたかったが、ルカはカイオスから他のはダメだと言われたのだ。

 どちらにせよお守りの攻略のため、大した稼ぎにならない。



 待ち合わせていたルカは荷物持ちのような短剣の軽装で、従魔のリュンヌを連れていなかった。

 偵察程度しかできないため、教会ダンジョンの難易度では足手まといになるからだ。


 ルカは初めこそビビっていたが、コナーの指導でなかなかうまく魔獣を倒していた。

 危ないときはコナーが助けて、そう悪くない攻略だった。

 だが12階で2人が離れて戦っている時に、ルカは魔獣に襲い掛かられて避けきれず魔法を使った。



 コナーはルカが魔法を使えることを聞いていなかった。

 魔法が使えるものは専門の学校へ行き、平民でもほとんどがちゃんとした職にありつける。

 ただの商人にすらなれなかったコナーと違って。

 だからなんだかルカにウソをつかれたような気分になった。



「お前……魔法が使えたのか?」

「えっと、魔法っつーか、これ」


 ルカは自分の首から下げている紐を引っ張るとその先にみすぼらしい革袋がついていた。

 その中には大粒の薄紫色の精霊石が入っていた。

「闇属性しか使えないんだけど、父ちゃんの形見」



 コナーは黙っていた。

 その精霊石は透明度が高く、まるで研磨された宝石のように美しいものだったからだ。


 精霊石の質は大きさと色と透明度、そして美しさがポイントになる。

 大きいほど良いが、色が濃い方がさらに良く、さらに濁りのない透き通っているものが純度の高いものとなる。

 つまり美しいと感じられる石であればあるほど、高額で力も強いということだ。

 ルカの石は色が薄いが、この美しさなら売れば100万ヤンはすると値踏みした。



「ごめん、黙ってて。父ちゃんがこれはホントにヤバいときだけ使えって。

 ヒトに話すなって言われてたんだ」

「まぁ……スキルや装備は全部明かさなきゃいけない訳でもないから……」


 コナーの頭の中はルカの精霊石でいっぱいになった。

 マリアを警吏に売るにしても、いつ帰ってくるかわからない。

 だが今この精霊石が手に入れば、カイオスとも接触しなくていいし、すぐに王都を出てしまえばいい。



 ルカは弱いし、このまま難易度が上がれば攻略が難しくなる。

 そう、いつものように強い魔獣をぶつければ勝手に死ぬ。


 コナーは酒場でルカとダンジョン行きの話をしたが、今日行くとは言っていない。

 ルカの都合で予定がずれ込んだのがかえって都合がよかった。

 それにランクアップのための指導だから、パーティーではなく共闘している。


 最近普通に働いていて、儲けが少なかった。

 2度のダンジョンを攻略をすませても、大して残らなかった。

 エリーが持ち込んだ報酬は通常ではありえない量だったのだ。


 ルカが今回危ない目に遭えば、カイオスは次のダンジョン攻略は許さないだろう。

 チャンスは今日しかないかもしれない。



「ルカ。今まで助けていたけど、やっぱりボス戦はお前1人がやった方が経験も入るからいいと思うんだ。

 ヤバくなったら必ず助けてやるから、やってみろ!」

 コナーは渋るルカにボス戦に向かわせた。

 12階は苦戦しながらも倒したが、ルカはすっかり疲弊していた。



 そして13階。

「ダメだぁ、おいらじゃ倒せない。助けて!」

「オラオラ、もうちょっと踏ん張れよ。男だろ?」

「コナーの兄ちゃん、助けて!」

「さっさと死ね! このクソが」



 ルカは13階のボスのイーグルベアに前足で一薙ぎされて、ダンジョンの壁に叩きつけられた。

 そうしてとうとう動かなくなった。

 コナーは自慢の剣でさっさとイーグルベアを倒し、ルカの遺体に近寄り、ちゃんと死んでいるのも確認した。



 そうして首の革袋から精霊石を取り出した。

「あばよ、まぬけなルカ。父ちゃんの精霊石はもらっといてやるからよ」

 念のため、他に有用なものがないか調べたが大したものは何もなかった。


 そうしてコナーは13階を抜ける扉を出ようと持ち手に触れた。














 コナーが持ち手を引こうとすると火花が散って、熱さと痛みで手を離した。


 クスクスとボス部屋に笑い声が響く。

「見たか? カイオス」

「この目でしかと」



 振り返ったコナーは自分の目を疑った。

 この部屋には自分とルカしかいなかったはずだったからだ。

 全身を黒衣に包んだ騎士と、死んだルカと同じ格好をしていたが明らかに貴族然とした美貌の少年が立っていた。

 少し長めの白金の髪を後ろで一つ結びにし、同じ白金の瞳をしていた。

 上位貴族だけが発する威圧的なオーラに、肩には小さな黒い鳥が止まっていた。


 気が付くとコナーの手にあったはずの精霊石が粉々になっていた。



「うん? コナー君、どうしたんだい? 

 ああ、その精霊石ね。私が魔法の補助に使って壊れたんだよ」

「ル、ルカは?」

「コナーの兄ちゃん。薄情だなぁ。おいらのことわからないのかい?」

 リカルドはルカとして返事をした。


「う、ウソだ! あいつはもっと地味で……」

「フフフ、君はずっと私とリュンヌの幻影魔法に掛かっていたんだよ」

 そう言うと肩の小鳥は真っ黒いフェニックスに姿を変えた。



「フェニックスはこの世に1羽しかいないんだ。

 1羽で相反するのことわりを支配するもの。

 死と生、過去と未来、陰と陽、雌と雄、そしてリュンヌ太陽ソレイユ

 リカルドは黒いフェニックスに頬ずりをした。


「対外的には私のフェニックスは聖属性の力に満ちたソレイユしか見せていないが、闇属性の力を持つリュンヌの顔も持っているんだよ」

(リカ、リュンは上手に出来たー?)

「もちろん、とても素晴らしかったよ」



 コナーは震えだした。

「い、いつから俺を騙していた?」

「最初からだよ。

 君が『カナンの慈雨』にエリー君を釈放したことを聞かされて、酒場に入るところからさ」

「何だと?」


「君が入ったのは私の幻影で作った酒場だったのさ。空間と幻影魔法を使ってね。

 ちなみにあそこの親父はカイオスがやった」

「俺は立って酒を出しただけだがな」


「あの時は他にも客がいた!」

「私のつくった幻影さ。

 飲み物や食べもの、教えた情報は本物だよ。

 全部幻影で作るとやっぱりどこか嘘くさいんだ。

 ところどころ本物を混ぜるとかなり現実味を帯びる」



 違う違うと独り言を言い出すコナーは頭を抱えてしゃがんだ。

 その姿をリカルドは冷たく見下ろした。


「ほら、おかしいと思わなかったのかい? 

 用心深い君がルカに心を開きかけていただろ? 

 さっき精霊石を見ただけで、私に殺意が沸き上がったのもそう。

 あれはリュンヌに魅了を使ってもらっていたんだ。

 私は魅了スキルは使わないのでね。


 それに君と約束した日から、私の野暮用のせいで2週間は経ってるんだよ。

 それにも気が付いてなかったみたいだね。

 まぁ、魅了を使われるといろんな感覚が怪しくなるからね。

 君が思っているより日にちが経っていたから、お金がなかったんだよ」



 コナーには目の前で微笑んでいる少年が化け物にしか見えなかった。

 うわぁぁぁぁぁぁぁと叫んで、コナーは13階を抜けるドアから出て行った。

 そしてすぐに13階のボス部屋に入ってきた。


「何で!」

「だから私は幻影魔法を使うとさっき言ったよ。

 勇者ユーダイがいた異世界には『西遊記』という冒険小説がある。

 その主人公は暴れん坊の猿で、釈迦という神から天罰を下されないよう逃げて逃げて逃げまくるんだ。

 だが気がついたら猿は、神のてのひらの上から出ることすらできなかったのさ」



 コナーは異世界の物語などどうでもよかったが、自分がその猿と同じだと言われたことは本能的に理解した。

 恐怖のあまり、彼は叫んだ。

 叫んでも叫んでも彼はリカルドの幻影魔法の牢獄から出られないのだと悟り、ひざまずいて許しを請うた。



「助けて、たすけて……」

「先ほどルカもそう君に言ったよね? そして君はなんて言ったっけ?」

 リカルドは形だけの微笑みを強めた。

「さっさと死ね! だったね」


 その言葉と同時にカイオスが剣を振り上げて、首を落とそうとした。

 しかし寸止めにした。



「コナー君、正直に話したら助かるかもしれないよ?

 君がエリー君に何をしようとしていたのかを話すんだ」

「あ、あのガキから金をせしめようと思っただけだ。殺そうとは思っていない!」

「ふーん、じゃあどうやってお金を出させようとしたのかな?」


 カイオスが剣をコナーの首に近づけると、皮膚からたらりと血が流れた。



「あいつの母親はお尋ね者なんだ。先王の愛妾の娘なんだよ。

 王に逆らって逃げているんだ!」


「その情報はどこから得たんだ?」

「セードンの領主の御者からだ。

 領主夫人がマリアに言い寄ってた男の妹なんだよ。

 それで夫人の嫁入りの時についてきた御者が、あのガキが愛妾の娘によく似ているっていうから」


「何か証拠はあるのか?」

「ねぇよ。そんなもの! 御者だって似てるって言ってただけだ。

 ただマリアの見た目と年ごろや王都を避ける様子から推測しただけだ。

 別に本当じゃなくたっていいんだ。

 あのガキさえ信じて、金を出してくれればそれでよかったんだ!」


「なるほど何の証拠もない、ただのハッタリってことか。

 ウソは言っていない。大丈夫だよ、カイオス」

 リカルドは『真実の眼』に含まれる真贋スキルでコナーの言葉を判断した。


「本当だ! 信じてくれ。だから助け」



 コナーは最後まで言えなかった。

 カイオスがそのまま首を切り落としたからだ。

 その様子をリカルドは平然と眺めて言った。


「残念だね、コナー君。

 君が精霊石を見てもルカを襲わなければ、生かしていてもよかったんだよ。

 リュンヌの魅了は、誘導はしても支配まではしていない。

 つまり君自身が心を強く持っていれば、私を殺そうとは思わなかったはずだ。

 でもあの程度の誘惑に負けるようでは、魔法契約を結ぶ価値すらない。

 まぁどちらにせよ、君はこれまでの殺人で死罪だったろうけどね」



「その御者はいかがいたしますか?」

「似ていると言っただけだから、捨ておくんだ。

 始末したらかえって勘繰られるかもしれない。

 御者がマリア夫人と直接会って本人だと確認しない限り、他人の空似で突っぱねられるさ。


 カイオス、君は有名人だし、私も王都から出られない。

 他の人間にやらせれば、それだけ情報が漏れやすい。

 放っておくのが一番だよ」


「かしこまりました」

「コナー君の流儀通り、死体はダンジョンに任せようか」

「仰せのままに」



------------------------------------------------------------------------------------------------


イーグルベアとはイーグルの頭にクマの体を持つ魔獣です。



魅了を使われるといろんな感覚がおかしくなるというのは、ある種の精神支配なので、時間の経過を感じなくなったり、味覚がおかしくなったりします。

その相手といる時間を短く感じたり、今まで甘みを好んでいなかったのにその相手のつくったお菓子は食べるとかね。


魅了って恋に近いけれど、本人の気持ちを捻じ曲げているのでやっぱり犯罪です。

ヒトがヒトにかけるのは禁止されています。

リカルドはリュンヌに魅了をかけさせたのでギリギリですね。


リュンヌはコナーの石が欲しい気持ちを魅了で強めただけで、ルカを殺せとは誘導していません。


釈迦を神と言っているのは、異世界では他に言い表せないからです。


9/26 18:02 同じ言葉の重複などを修正。内容は変わっていません。

9/28 誤字修正 

    空間魔法は酒場の時だけで、ダンジョンでは幻影魔法しか使っていません。

    




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る