第388話 雇用契約の変更


 気が付くと椅子に座ってニッコリと笑うクライン様とダイナー様がいる部屋にいた。

 お二人とも舞踏会用に盛装されていた。

「おかえり、エリー君」


 あっけにとられたがすぐに正気に返った。

「あれは転移魔法陣ですか?」

 その魔法陣、ぜひ教えてください!

 ルシィに頼んでセルキーの城に設置したら、船で逃げられる!



「面倒に巻き込まれる前に戻ってきてもらおうと思ってね

 契約書の裏に仕込んでおいたのさ」

「あそこにはラインモルト様もいらしたのですよ」

「ほう、ではあちらも君が『音楽の愛し子』だと予想していたのだね」



 クライン様は立ち上がって、私の方に手を差し伸べた。

「これから君の争奪戦が起こるだろう。

 君は数少ない『愛し子』な上に、平民で片親しかいない。

 しかも年若い女性だ。

 政略結婚で子どもを産ませることもできる。

 自分たちの影響下に置いたまま、嫁ぎ先に恩が売れる。


 それを回避するためには強い後ろ盾が必要になる。


 ラインモルト猊下げいかやレオンハルト殿やオスカー殿は君に無体なことはなさらないだろうが、他の司教は違う。

 信仰の名のもとに、法を犯すようなこともやってのける。

 彼らは、神が罪だと見なさなければよいのだから。

 私がしたように契約で縛る可能性もあった」



「えっ? 私、縛られてるんですか?」

「いや、戻ってきてもらった契約のことだよ。

 でも早急に雇用契約を変更した方がいいね。

 卒業後も私の庇護下に入ってもらい、その状態で『常闇の炎』に勤めるということでどうだろう?」


「それではクライン様になんの得もないです」

「そんなことないよ。

 君はエマを国外に出してくれるんだろう?

 私はの為ならなんでもするつもりだよ」


 そうだ、この方以外と契約したら私はこの国から出られなくなる。

 マスターなら逃がしてくれるだろうけど、その前にご迷惑をかけるだけになってしまうだろう。

 それならまだ役に立てるクライン様のほうがいいかもしれない。



「今日のうちに契約を締結しよう。

 大筋は作ってあるんだ。

 エリー君が確認したら、それをクランに持って行って承認してもらってほしい。

 クランマスターの印が必要になるから、ドラゴ君が行ってくれるかな?」

「わかった」

 ドラゴ君はすぐ頷いた。



「もらったらすぐ戻ってきてほしい。

 このあとのエマの舞踏会で、君にもぜひ踊ってもらいたいからね。

 エリー君はこの契約書を読んでから、お料理と身支度をしてきてほしい」

「はい、かしこまりました」


「他のみんなはエマと遊んでいてくれるかな?

 とってもかわいくおめかししているから、誉めてくれると嬉しい」

(ほめるでちゅ!)

 ルシィが間髪入れずに答えるので、みんな笑ってしまった。



 あれっ? モカの様子がおかしい?

(モカ、もしかして体調悪い?)

(えっ? ううん、そんなことない……)

(疲れているなら無理しないで)


(む、無理じゃない! 大丈夫だから!

 あの……でも後であたしの話、聞いてくれる?)

(もちろんだよ。すぐ聞いた方がいい? 待てる?)

(ちょっとこんがらがっているから後でね、ちょっと頭冷やしてくる!)


 モカはそう言い残すとすぐ転移してしまった。

 どうしたんだろう?



 だが今は契約書の確認だ。

 内容はこの国にいる限り、私はクライン様の庇護下にいて自由にクランの仕事ができるということ。

 クライン様はこれまで通り、彼の庇護下にいる間は私の生命と貞操を守る義務があり、それを故意に破れば光の精霊王の加護が失われるとある。



 そして国外に出た、あるいは私がクライン様の庇護を放棄した場合は私との契約は無効になるとあった。

 クライン様の方も、私が脅かされず安全な状態なら契約を無効にできるようになっていた。

 これはものすごく小さな文字で、契約書の飾りで隠れるように書かれてあった。

 しかも隠蔽がかかっており、契約者の私ですら時々見落としそうになるくらいだ。



「クライン様、エマ様のお世話のことが書かれていません」

「君がエマを放っておくことはないと信じているよ。

 それに私が解決してしまうかもしれないしね」

「でも……」


「今この短い時間でエマの世話のことを書いてしまったら、とてもじゃないが今日中に終わらないよ。

 小さい子どもの世話はとても手がかかるんだ。

 どんな些細なことも、きちんと決めておかなければならない。

 

 だけどざっくりとエマの世話はエリー君がするなんて書いたら、誰かにエマを預けることもできなくなるよ。

 それこそ手洗い花を摘みに行くこともできなくなるかもしれない。

 逆にエマが学校に行けるようになっても、君もついて行かなくてはならないなんてことも起きる。

 だからわざと省いたんだ」



「わかりました

 あとこの小さな文字の部分ですが、わかりにくくないですか?」


「どんな契約でも特に長期に渡るものは破棄や変更の項目は必要だよ。

 だからその項目は置いておいてくれたまえ。

 この内容は私とクランマスターのビリー君、そして君がわかっていればいいんだ。


 『真実の眼』や『魔眼』の持ち主なら見落とさない。

 これらの『眼』を持つものはほとんどいない。

 だから誰かがこの契約書を盗み見たとしても、半永久的に君が私に帰属すると思ってくれればいいのだから」


 なるほど、そういうことか。

 他にもいろいろ疑問を聞いて解消されたのでドラゴ君にマスターのところに行ってもらった。



 さて、舞踏会の準備だ。


 まずはマジックバックに入れておいたお料理と、エマ様をイメージしたケーキ出した。

 ミランダ型のココアクッキーと、ルシィ型のミルククッキー、モカ型の紅茶クッキーも出した。

 それとカップケーキにドラゴ君(カーバンクル)型のホワイトチョコで飾ったものとモリー型の新作棒つきキャンディーも添えた。



 破裂バーストトウキビコーンの塩味とバターせいゆ味も作った。


 このバーストコーンみんな大好きなんだけど、植物系魔獣で獲ろうとすると実が爆発して本体が逃げちゃうんだよね。

 背の高いコーンの本体が、まるでヒトのように全速力で走っていくので追いかけるのが大変なのだ。

 

 最終的には、モカがマリウスにもらったバラの鞭をぴしりと打ち鳴らして捕獲していた。

「女王様とお呼び!」と嬉しそうに言うので、私がそう呼んだらとても傷ついたようだった。

 どうしてだろう?



 飾りつけはパペットメイドさんたちにお任せだ。



 私が着替えるころにはモカが帰ってきた。

「モカ、大丈夫?」

「うん、シークレットガーデンにいただけだから」


「話、聞こうか?」

「ううん、後でいいの。

 それよりみんなで踊りたい踊りがあるの。

 エリーがピアノの練習している間にいっぱい練習したのよ」

「私、踊れるかな?」

「簡単だからすぐよ!」




 ドラゴ君が戻ってきてクライン様と私と話し、小さな変更をして契約を終えた。

 これでこの国にいる間、クランの仕事もこの国を出ることも出来る。




 そして2階にいたエマ様がルシィにエスコートされてと言いたかったが、彼を抱っこして現れた。

 流行の薄い紫色にウエストをリボンで結わえた可愛らしいドレスだ。

 階段の側で待っていたクライン様が、エマ様の手を取ってエスコートする。


「お集まりの紳士淑女の皆さま、1度延期してしまいましたが、ようやくこの舞踏会を開催できることになりました。

 どうぞごゆるりとお楽しみください」



 クライン様のあいさつの後、モカが叫んだ。

マイムマイムよクマクママー!」


 モカが鼻歌で音楽を歌いながら踊り出す。

 従魔のみんなもエマ様も練習していたようだ。

 簡単なのですぐ覚えられた。

 このときはじめて異世界のフォークダンスやボンダンスというものを知った。


 どちらも全員で輪になってステップを踏むもので身長差が関係ないのがいい。

 今日はみんなで歌いながら踊った。



 その次はクライン様がヴァイオリンを取り出した。

 ワルツだ。

 素晴らしくうまい! すごい‼


 私とダイナー様、ドラゴ君とエマ様、モカとモリーが踊る。

 他のみんなも雰囲気で動き出す。

 

 他にもモリーの創作ダンスなど、いろいろ盛りだくさんだった。


 

「クママー、クマクマ、クマがクマ~、あーよいよい」

 ちょっと喋っているような気がする。

 掛け声だからいいの?

 それにモカ、ずっと歌っているけど、のど枯れないかな?

 後でモリーキャンディーにアクアキュア付与させてから、食べさせなきゃ。

 


 そのあと、マジックバッグに入れてあった石琴をソルちゃんにプレゼントした。

 みんなと一緒に適当に石を踏んだり、叩いたりしてるだけだけど気に入ってくれたみたい。

 それに合わせて私がばち《マレット》でもう一つの石琴を叩いて合わせる。

 それを聞いて、クライン様もヴァイオリンを弾く。

 合奏だ。


 ナニコレ楽しい! 嬉しい!

 この舞踏会はすごく盛り上がった。

 だってみんなが心から笑っている。


 

 ヴェルシア様、先行きはちょっと不安だけど、こんな楽しい一夜をありがとうございます。







 片づけはパペットメイドさんがしてくれるというので、私たちはそのままクランの私の部屋に転移した。

 マスタールームに行ってみたが、残念ながらマスターは外出中。

 しばらく待ってみたが帰ってこなかった。

 契約のお礼とご挨拶したかったな。



 舞踏会が楽しかったので興奮冷めやらぬ状態だったけど、みんなで寝支度をしてベッドに乗っかった。


「そうだモカ、話ってなあに?」


 するとモカは目をウルウルさせて、ガバッと私に抱きついた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「あのね、あたしエリーのピアノを聞いてわかったの。

 ずっと似てるって思ってたのに、エリーが子どもだからわかんなかったの」

「うん、何がわかったの?」



「エリーがあたしのおばあさまなの。

 あたしのおばあさまのエリーゼ・カーライルなのよ!」


 ごめん、モカ。

 私今日はちょっといっぱいいっぱいで、頭がついていかない。



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法を犯しても、神に罪とみなされなければよいとは、例えば殺人は法の上でも犯罪でもあるし、神も認める罪です。


ですが隷属の魔法は今は先代勇者ユーダイの活躍で法の上では犯罪ですが、一部犯罪奴隷などに使用されています。

神は隷属の魔法をかけることを、罪とはみなしていないのです。

借金返済や罪を償う方法ならば可なのです。


つまりエリーが隷属魔法をかけられても、借金や犯罪のペナルティあるいは本人の意思なら神は罪とみなさないということです。



モカが歌っているのは「月が~」で有名なあの盆踊りの歌です。





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