第11章
第391話 アルブレヒトの追憶1 エリーゼの誕生
私の名前はリカルド・ルカス・ゼ・クライン。
光の精霊王の加護と、
このヴァルティス王国の伯爵家の次男に生まれ、健康で幸せな家庭に生まれた。
初めのうちは。
他と違っていたのは、私には前世の記憶があった。
この世界とは違うオーストリア人の作曲家、アルブレヒト・ルエーガーとして生きていた記憶だ。
ディアーナ殿下の話によると、転生者とはたいたいがゲームやアニメやライトノベルという日本の特別なエンターテイメントを好む学生や社畜という社会人が女神(ダメなことが多い)の力で転生するのだそうだ。
私自身、そういったエンターテイメントに楽曲提供したことはあるがほぼ触れたことはない。
けれど私の知人にそれに近い人間がいないでもなかったので存在は知っていた。
転生する時の死に際は、トラックにひかれて死ぬものやゲームをやりながら死ぬものなど、とても特殊な状況だそうだ。
私の前世での死に際はこのどちらでもなかったが、確かに特殊な状況下であったので転生したのだろう。
ただしダメな女神にも、ちゃんとした女神にも僕は会ってはいない。
前世の私が死んだときは70歳になった妹のエリーゼ・カーライルのピアニスト引退コンサートの時だった。
彼女と共に控室にいて、準備が出来たと呼びに来たので舞台袖に向かう途中だった。
エリーゼは彼女にしか出せない特別な音ACS『
そして私の音楽の最大の理解者で、よき仕事のパートナーでもあった。
すっかり大人の女性になり年齢を重ねていたものの、私から見ればよちよちと後をついてくるちっちゃなエリーゼのままだ。
そう私をいや、僕を作曲家アルブレヒト・ルエーガーとたらしめたのはこのちっちゃなエリーゼの存在だった。
今のリカルドも天才と呼ばれているが、この僕アルブレヒトも天才児と呼ばれていた。
自分ではよくわからなかったが、喋るのや字を書くのがとても早かったそうだ。
2歳にして数字も読めたし、簡単な計算もできた。
もちろん当時は前世の記憶なんかない。
父はマクシミリアン(愛称マックス)・ルエーガーといい、オーストリアのO・フィルハーモニー管弦楽団で指揮をしていた。
母はフローラ・ルエーガーといい、絶世の美貌で人気を博したオペラ歌手だった。
僕は大人がやっていることをよく真似していて、4歳の誕生会の時に父が弾いたピアノをほぼ間違えずに真似たことで天才と称賛を受けることになったのだ。
父はとても音楽に対してストイックな気質だったが、母はどちらかといえばスターとしてちやほやされることに喜びを見出すタイプだった。
家では声の節約と言って歌うどころか、話もめったにしなかった。
僕は彼女のアクセサリーとしてよく連れまわされた。
なぜなら僕は彼女の美貌をそっくり受け継いでいたうえに、メラニン色素を持たない体質でプラチナブロンドに紫の目をしていたからだ。
そして母が妊娠していて、舞台を休業していたせいもある。
母は舞台の練習中に体調を崩して、公演を回ることにドクターストップがかかってしまったのだ。
だから休んでいる間、自分とそっくりの天才児の母親としてちやほやされることを選んだ。
それで僕は行きたくもないパーティーやら、サロンやらに連れていかれ、ピアノを弾かされた。
大人ばかりだし、たばこや酒の匂いがするし、「モーツァルトの再来」なんて呼ばれても全然楽しくなかった。
ピアノを弾くことは嫌いではなかったけど、知らない人にじろじろと見られるのは嫌だった。
僕は母のお腹の中にいる子どものことを恨んだ。
母が舞台に上がっていれば、僕は放っておいてもらえるからだ。
少なくとも疲れるパーティーには行かなくてもいい。
とにかく初めの赤ちゃんへの感情は決していいものではなかった。
しばらくたって僕が4歳半の時にエリーゼが生まれた。
母は子育てよりも体形を元に戻すことを選び、やれパリのエステティックを受けるだの、NYのボディートレーナーを呼んだだのとそちらへ行ってしまった。
だからパーティーに連れていかれることはなくなった。
最初は嬉しかったが今度は妹がものすごく泣く。
僕にとって初めての妹なので、赤ちゃんがあれほど泣くとは知らなかった。
うるさいとしか思わなかった。
顔だってしわしわで全然かわいくない。
それに母は体形維持のため母乳を与えず、機械でしぼっていた。
本当はそれもしたくなかったのだろうが、そうしないと痛くなったり、母乳で服を汚したりするからだ。
だから家を出るときに絞れるだけ絞り、朝早く来るベビーシッターに捨てるように渡していた。
このベビーシッターは僕の世話もしてくれる人で、エリーゼが生まれる前から来てくれていた。
母乳を渡されたベビーシッターはそのまま捨てずに一部をエリーゼに飲ませ、一部を冷凍していた。
エリーゼを母乳と粉ミルクで育てていたのだ。
不思議に思ったので、どうしてそんなことをするのかと聞いてみた。
「お母さんの母乳は赤ちゃんにいいものなんですよ。
そして母乳が出るということは、とても
でもたくさんだとちっちゃなエリーゼちゃんは全部飲めないですからね。
だから飲めなかった分は冷凍して後で飲んでもらおうと思っているんです」
「じゃあ、どうして粉も使うの?」
「一度カチカチにすると、今度はもう一度カチカチにはしてはいけないんです。
今のエリーゼちゃんの食欲では全部飲みきれなくて悪くなってしまいますからね」
彼女の説明はとても分かりやすかった。
彼女は子どもが大好きで、いろんな知識を持っていた。
赤ちゃんがいっぱい泣くのは元気な証拠で、むしろ泣かない方が大変だと教えてくれたのも彼女だ。
子どもをあやすのに歌や手遊びなどいろいろあるが、彼女はそちらにも精通していた。
どうやら音楽と児童教育の専門家で、父がしっかりとした人を雇っていたのだ。
彼女が新婚で地味な容姿なのもよかったようだ。
母が嫉妬しないからだ。
母はとても父に執着していた。
僕は妹と共に、その聡明なベビーシッターの元で穏やかに育った。
エリーゼにとっても、僕にとってもこの聡明なベビーシッターに当たったことはとてもラッキーだった。
エリーゼがおとなしいときにそっと会わせてもらうと、母と同じ青緑色の目をしていた。
前のしわしわ状態から抜けて、ふっくらした頬とぷくぷくの手がかわいかった。
ニコニコしてるので触ると、ふにゃふにゃだった。
壊してしまいそうで怖かった。
だから前ほどは嫌いではなかったが苦手だった。
しばらくするとベビーシッターの彼女が妊娠し、それでもギリギリまでいてくれたが出産が近づくとやめてしまった。
ずっといて欲しかったのでとても悲しかった。
たぶん僕は彼女に母親を見ていたんだろう。
当時の母は母性のある人ではなかったから。
ただどうしても彼女の名前が思い出せない。
多分悲しかったので記憶に封をしてしまったのだろう。
父は次のベビーシッターを探してはいたが、彼女ほどの素晴らしい人には巡り会えなかった。
それで評判のいいシッター会社に依頼することになったのだ。
それが僕とエリーゼの関係を大きく変えた。
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オーストリアのオーケストラでOフィル。
オーストリアの綴りはAustria(Republic of Austria)ですが、ドイツ語ではRepublik ÖsterreichなのでOにしました。
しばらくリカルドの前世、アルブレヒト・ルエーガーの回想シーンが続きます。
時代は本来なら70年前を書くべきなのですが1950年代のことにするよりも、モカが生まれた時代が生体コンピュータが現実になっているちょっと進んだ社会なので、現代に近い社会を書くことにしました。
アルブレヒトは8月終わりごろ生まれ、エリーゼは3月生まれです
フィクションなのでお許しください。
ちゃんと異世界転生・転移物になっていきますので、しばらくお付き合いください。
どうぞよろしくお願いいたします。
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