第375話 エスコート

 

 私がドレスの支度をしているうちに、みんなが起き出してきた。

 みんなのご飯は別館まで我慢してエマ様と一緒に食べるそうだ。


 珍しく寝起きのいいモカが開口一番に褒めてくれた。

「うわぁ、エリー。すごくきれいよぉ。本当にお姫様みたい」

「ホントにとってもきれいだよ」

(やっぱりおかーさんは、せかいいちなの!)

(エリー様、ほんとうにおうつくしいです)

(かーたま、いちばんきれいでちゅ。ルーもいっしょにいくでちゅ)


 よかった、みんなには好評だ。



「みんなありがとう。

 ごめんね、ルー。学院の校内に魔獣を連れて行けないの。

 みんなと一緒にエマ様のところに一緒にいてくれる?」

(ルー、おるすばん、いやでちゅ)


「あとで舞踏会するのよ。

 ルーにはぜひエマ様をエスコートしてほしいな。

 だからエスコートの練習してくれる?

 私もみんなとダンスしたいなぁ。

 ルーも踊ってくれるでしょ?」


 私がルシィに手を差し伸べると、彼は前足でその手をチョンと触った。

(ルー、きれいのかーたまとおどるでちゅ!)


 そういうとルシィは張り切っていた。

 もしかしたらクライン様がエマ様のエスコートをするかもしれないが、そこは黙っていてもいいだろう。



 モカがルシィにダンスの申し込み方を指導している。

 左前足を胸に当て、右前足を差し出す。

「ルー、こう言うのよ。

 エマ、ぼくと踊ってください」

「キュ!」

 ルシィは真似をして左前足を胸に当て、右前足を出して練習した。

 なかなか様になってします。




 支度を終えたので、上にいつもの白いローブを羽織る。

 魔法士はローブが正装なので、ドレスの上に羽織ってもよいのだ。

 

 それからドラゴ君に頼んで、クライン家の別館まで転移してもらった。

 待っていてくれたのか、エマ様がパペットメイドさんたちと入り口で出迎えてくれた。



「エリー、きれー」

「ありがとうございます、エマ様」

(エマ、ルーとおどってでちゅ)

 

 おやおや、早速ダンスのお申込みしてる。

 ルシィは前足を差し出すのを忘れて、エマ様に抱きついていた。

 エマ様に抱きしめられてご機嫌。

 見ていてほんわかする。



 そうこうしているうちに、本邸からクライン様がやってきた。

「おはよう、エリー君。今日はとても素敵だね。よく似合うよ」

「おはようございます。クライン様も本当に素晴らしいですわ」

 これは会った人を必ず褒めるという社交辞令マナーだ。


 本当は『今日は』ではなく、『今日も』なのだが、いつもエヴァンズの制服を着た切り雀な私では言えなかったんだろう。

 社交辞令なんだから言ってもいいと思うが、クライン様は私に対しては歯に衣着せぬ態度を貫くのだ。



 クライン様はジュストコール、ウエストコート、ブリーチズに白金プラチナとダイヤモンドで刺繍された、正直白過ぎるいでたちなのだがトレードマークのようにこうなってくるんだと笑っておられた。

 クライン様自体は服装には全くこだわりがないそうで、体を保護して体温調節が出来ればそれでいいそうだ。

 せっかく見目が良いのにもったいないが、たぶん忙しすぎて考えられないんだろう。



 この豪華ないでたちは、ディアーナ殿下、ラリック公爵令嬢とソフィアの為らしい。

 特にソフィアはシリウス殿下とエドワード殿下以外はクライン様としか踊れないのだ。

 本当はソフィアのお兄さんが学院の4学年にいるそうなのだが、踊らないらしい。

 なんでだろう?

 あと教会関係者もいいのだが、今回のパーティーには学校の関係者しか出席しないからね。



「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」

 珍しくダイナー様が遅れてこられた。

 今日のいでたちはクライン騎士団の儀礼用の制服だ。

 白を基調とした立ち襟の上着に金の肩章と飾り緒が付いたもので、まだ勲章は1つしかないけどすっきりしていていいと思う。


「おはようサミー、まだ約束の時間より早いよ」

「おはようございます、ダイナー様」



 私がそのまま褒めようと思ったのだが、ダイナー様がハッと驚いたようにこちらを見られたのですぐ言い出せなかった。

「トールセン? これは見違えたな……」

 私はにっこりと笑顔で対応した。


「ダイナー様も凛々しくていらっしゃいます」

「ありがとう、君もとてもきれいだ」

「ありがとうございます」



 私たちの挨拶を聞いていたクライン様がにっこりと笑った。

「では全員揃ったことだし、出発しよう。

 エマ、夕方には帰ってくるからそれから舞踏会しようね」

「あい! おにいちゃま」

「みんな、お留守番よろしくね」



 するとドラゴ君が一歩前に出た。

「ぼく、やっぱり付いていくよ。コナーのやつがいるかもしれないし。

 いたらケガさせないように追い払っておく」

「でも……」

 私はクライン様の方を振り返った。


「いいんじゃないかな? 君のドラゴ君騎士は責任感が強いから」

「ごめんね、お願いしていい?」

「任せといて、エリーは今日ぐらい心配しないで楽しんで来て」

「ありがとう、ドラゴ君」



 いつも馬車に乗る時のように一番後ろで待っていたら、クライン様が乗らない。

「サミー、何をしているんだい? 

 同じ馬車に乗り込むときは身分がどうあれ、女性が一番初めだ。

 君がエスコートしなきゃいけない」

「そうでした。すまない、トールセン」

 もうマナーの授業を始めますか? 



 それでもさすが男爵家のダイナー様は手馴れてはいないけれど、丁寧に私の手を取って馬車に乗せてくれた。

 もちろん進行方向に向かう側へ座らせていただいた。

 レディーはそちら側に座るのが基本だからだ。

 いつもは従者なので逆側に座っている。



 それからクライン様が私の前、その隣にダイナー様、最後に私の隣にドラゴ君が座った。

 

 馬車が出発して振り返ると別館の前でみんなが手と前足を振ってくれている。

 私はみんなの姿が見えなくなるまでずっと手を振り返した。


 こんな感じで、エマ様の元にモカ、ミランダ、モリー、ルシィを残して私たちはダンスパーティーへ向かったのだった。

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