第376話 パーティーの受付


 会場での仕事があったので私たちは開場時間よりかなり早くにクライン邸を出た。


 私たちを乗せたクライン様の馬車が学院についても、人気ひとけはまばらだった。

 ダイナー様が一度は降りて、エスコートしてくださったがすぐ乗ってしまった。

 私を送るためだけに学院へ来てくださったのだ。


「ではエリー君、後はよろしく頼むね」

「かしこまりました。わざわざ送っていただいて申し訳ありません」

「君を保護するのは約束だからね。

 それでは私はディアーナ殿下を迎えに行ってくる。

 この間のマドカの件で泣かせたしね。ちょっとご機嫌取ってくるよ」


 クライン様、そんなにぶっちゃけていいんですか?



 お二人を見送った後、ドラゴ君と別れてまずは会場のチェックだ。

 飾りや花の位置が正しい場所にあるか、安全に取り付けられているか、生徒たちが出入りするところに無駄なものは置かれていないかなど、確認しなければいけないところは山ほどある。


 やることが多いので汚れ除けのローブと歩きやすい編み上げブーツ着用なのだ。



 その中でも一番重要なのが座席表とネームプレートとグラスマーカーの位置が正しいかである。

 今回は座席が固定なので、決めた場所以外に移られると減点対象になるのだ。

 だから初めの段階で間違っていることは絶対に許されない。

 それで生徒会と私の計4人で確認する。

 最後のお一人が一番責任重大になるから、生徒会役員の方がしてくれた。



 あっ、そろそろ開場が近い。

 生徒に名札を渡さなければならない。

 私はレストルームの隅でローブを脱ぎ、ダンスシューズに履き替えた。

 索敵しても誰もいなかったので脱いだものはマジックバッグにしまっておいた。



 私の担当はエヴァンズ2年生だ。

 貴族の方に渡すのはダイナー様にお願いしてあるのだがまだいらっしゃらない。

 どうしたのだろう?

 真面目なダイナー様がすっぽかすとは思えないのだけれど。

 でもいらっしゃらないのなら、私がやるしかない。

 ジョシュたちが来たら手伝って貰おう。



 そう思っていたら一番にいらしたのが、ヴェルディ伯爵令息だった。

 流行の淡い緑のジュストコールと揃いのブリーチズ、ウエストコートは薄めの辛子色と茶色の縞柄で秋の雰囲気が良く出ている。


 私は彼の名前の書かれた名札を差し出した。


「おはようございます、ヴェルディ様。どうぞこちらをお持ちくださいませ」

「……お前、ドレスを着てると女に見えるな。いつもこのくらいちゃんとしろ!」

 申しわけございません。

 余りにもあの制服の着心地が良くて、すっかり男の子みたいになっています。


 怒られたことに恐縮していたが、ヴェルディ様は立ち去らない。

「ひとりなのか?」

「はい」

 ダイナー様が遅れていることは言えなかった。



 ヴェルディ様はフッとため息をついた。

「一人でこなすには人数が多すぎる。貴族の分は手伝ってやる」

「そんな、ヴェルディ様のお手を煩わせるなど……」

「俺だと不服だというのか?」

「滅相もございません」


 それで手伝って貰うことになってしまった。

 後でご令嬢方からつるし上げに遭わないだろうか……。



 だけど思ったより、いやかなり評判が良かった。

 ヴェルディ様は伯爵家でも古い家柄の上位貴族で、見目も麗しく優秀なお方だ。

 同じAクラスか、騎士学部の女性でないと話しかけにくいけれど、名札を渡すときに一言添えてくださるので、ご令嬢方は目をキラキラさせていたのだ。

 後ろからどんどん人が来るので、長話もできないけどね。



 中でも特に助かったことがある。

 同じAクラスのデュラス侯爵令嬢は平民の中でも特に私のことがお嫌いなのだ。

 私の渡した名札などつけないとごねられるのは困る。

 あの方は侯爵家なので後ろの人が止まってしまう。

 ごねられている間は、他の人に渡せないのだ。


 でも彼女がいらした時にヴェルディ様が渡してくださったので、ちょっとにらまれるぐらいですんだ。

 だがデュラス様にエスコートを頼まれて、ヴェルディ様は行ってしまわれた。

 行かれる前にお礼が言いたかったが、デュラス様の手前言い出せなかった。

 感謝の気持ちを込めて頭を下げると頷いてくださった。



 デュラス様が私を嫌うのは以前私を使いっ走りにしようとしたのに、クライン様に止められてしまったからかもしれない。

 上位貴族でなければヒトではないと思うタイプの方で、モリス伯爵令嬢は席が近いという理由だけで世話係のようなことをさせられていた時期がある。


 クライン様が見かねて事務局に掛け合ったことで、学校はBクラスの侍女志望の伯爵令嬢を彼女付きに任命した。

 その方は休み時間の度にこちらにきて、振り回されているのを見かける。

 でも卒業と同時に王宮侍女の推薦状を確約されているので、とても頑張っていらっしゃるのだ。





 その後はすでに来ていたジョシュとマリウスとアシュリーが代わりに入ってくれたので何とかなった。

 3人は黒の燕尾服に白いネクタイだ。

 これは学校からレンタルしたものを、彼らに合わせてサイズ直ししたものだ。

 借りたままだと体に合っていないのですごく不格好なのだ。

 もちろん、私が手間賃もらってやりました。



 クライン様やヴェルディ様のような豪華な衣装の方もいるが、男子はこれ1択でも構わない。

 お茶会も男子は制服でいいしね。

 私はこれがうらやましくて、男装したくらいだ。



「おっエリー、いいじゃん。ちゃんと女の子に見える」

「よかった、女装男子みたいだったらどうしようかと思ってたんだ。

 エリーはこうやってみるとレベルが高いのに、なんで制服だとあんなに埋没できるんだ?」

「思ったより派手な色だね。まぁ1曲だからいいか」


 順にマリウス、アシュリー、ジョシュである。

 君たちそれ全然褒めていないからね。

 特にアシュリー、女装男子はないでしょうが!


 彼らから見て私は完全な友達で異性ではないのだ。

 私もそのように見ているのでおあいこだけれど。



「それにしてもダイナー様、遅いね」

「うん、何かあったのかな。ジョシュ、知ってる?」

「僕は気が付かなかったな。

 事故で通行止めなんかがあれば騒ぎになるから、誰かに引き留められてるんじゃないの」

「だったらいいんだけど」



 途中ソフィアが来て、手を振ってくれた。

 私のつくったラピスラズリの刺繍ドレスを身にまとって、しとやかで大人びた淑女だった。

 流行りの薄い青に刺繍のバラが彼女の美しさをさらに引き立てている。

 うーむ、同い年とは思えない……。


「ここは僕らでやっておくから、エリーは休憩しておいでよ。

 朝からずっとここにいるんだろ?」

「ありがとう、ジョシュ」



 お言葉に甘えてソフィアの元に向かうと、彼女は私の手を取って挨拶してくれた。

「ソフィア、すごくきれいよ。ラピスラズリの色がよく似合ってるわ」

「エリーもすごくかわいい。濃い色が際立ってきれいよ。

 もっとおしゃれすればいいのに」

 うん、ビアンカさんにもよく言われる。

 でもエヴァンズの制服が余りにも高機能で他のが着たくなくなるんだもの。



「ねぇ、ディアーナ殿下やクライン様がお見えになってないのだけど、ソフィアは何か聞いてる?」

「いいえ、何も聞いてないわ」

「ジョシュが言うには特に事故で通り道がふさがっているとかもないそうよ」

「そうね、わたくしもそういう話は耳にしなかったわ」


 ソフィアも何にも知らないのか……。

 そのうち同じクラスの人が呼びに来て、ソフィアは行ってしまった。



「あなたたち、そろそろパーティーが始まるわ。会場に入りなさい。

 これ以降は遅刻扱いにするから、わたくしが受け付けますよ」


 学院のマナーの先生が受付を変わってくださったのだが、そんな時間になってもダイナー様どころか、クライン様も3人の殿下も来なかった。


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燕尾服は時代が違うのですが、平民が貴族と同じ格好をすると叩かれそうなので。

異世界ですのでお許しください。


エリーは2月生まれの11歳で、ソフィアは12歳になっています。

この年頃は女の子が大きく変貌するころで、一足先に大人っぽくなった感じですね。


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