第378話 遠回しの嫌味
ジョシュと合流しようと見てみると、ちょうどラリック公爵令嬢とダンス終了後の挨拶をしているところだった。
ラリック様が微笑んでらっしゃる。
ジョシュとのダンス、気に入ったんだな。
私が近くで待っているとすぐジョシュは来てくれて、フロアに連れ出してくれた。
ジョシュは平民とは思えないほど優雅に踊る。
運動神経が抜群なのと、殿下方の幼馴染だから学ぶ機会があったのだろう。
的確なリードは本当に踊りやすいのに、楽しめなかった。
「どうしたの、エリー。浮かない顔をしてさ」
「うん……。私、失敗しちゃった」
でも内容は言えなかった。
「あのさ、エリー。僕は君の友達だから、ちょっとは頼ってほしい」
それで迷ったけど、ソフィアとジャイルズさん兄妹の話をした。
「うーん、まぁエリーは人を
「そうでもないよ。
全然大人っぽくないから背の高いヒトが羨ましいし、謗ったことだってあるよ」
「エリーが謗る? 何を?」
「ケルベロスに焼かれた後、心が病んでこの世のほとんどのヒトが憎らしくなった」
するとジョシュはすまなそうな顔をして、あの時は何もできなくてごめんって謝られた。
ケルベロスを何とか出来る10歳なんて、そうそういないよ。
「今元気になって、エリーは偉いよ。
それに本当に大人になりたいって訳でもないだろ」
「まぁそうかな、マスターがいつかはちゃんと成長できるって言ってたし。
他人を羨ましがってもそのヒトにはなれないじゃない?
私は無駄なことはしたくないの」
「そんな風に割り切れるものじゃないんだよ。普通はさ」
「いいなって思ったら近づくように努力すればいいし、同じ方向だと無理だとわかれば、自分のいいところを伸ばしたいの」
「それとソフィアのお兄さんの話はちょっと違うかな。
自分が望んだことではないことで、正当な評価がされないなんてさ。
努力してもむなしいし、悪く言われるのは悔しいし、悲しい。
だからと言って手を抜いたら負けな気もするし」
「ジョシュもそういう経験があるの?」
「なくもない。自分自身を見てもらえないという点においてはね」
「うーん、私も毒婦と呼ばれたけど、あまりにも自分と離れすぎていて何を言ってるんだろうぐらいしか思わなかったな。
私はあっさりしすぎてるのかもしれないね」
「そうかもね」
次の曲はマリウスとだったけど、やはり楽しく踊れなかった。
「どうしたんだ。エリーらしくない」
「うん……。あの、ソフィアが1曲も踊れないのがね」
「ああ、そうか。皆様いらっしゃってないんだ」
「うん……」
「残念だけど、俺も誘えないし……。
この後少しお話をしに行こう。お一人じゃなければ寂しくないよ」
「そうだね。マリウス、次の曲は?」
「ごめん、実は予定が入ってる。断るよ」
「ううん、相手のヒトに悪いし。私だけで行く」
「俺も手が空いたら行くから」
ダンスが終わってソフィアに近づいていったら、彼女に話しかけている女生徒がいた。
なんとローザリア嬢だった。
露出の多い薄いモーブ色のドレスは透けるシフォンを多用しており、豊かな胸を強調するように胸元にバラの刺繍がたくさん入っている。
清楚なソフィアと対極の色香すら漂う女性らしい大人っぽい仕上がりだ。
しまった、バラの模様がかぶっている。
でもソフィアのは大人しめのかわいい
コンセプトは違うんだけど……通じないか。
他にもバラの意匠のヒトはいるんだけど、ソフィアは立場だけに目をつけられたのかもしれない。
「残念ですわね。
シリウス殿下やエドワード殿下、クライン様までいらっしゃらないなんて」
「ええ、でもご事情がおありでなのですもの。
その点は学院に考慮していただけますわ」
「あら、成績の心配だけですの? あんまりお寂しくなさそうでいらっしゃるのね」
「いつ何時も平常心であるように、教会から指導されておりますから」
「まぁ、なんと冷たい……。でも聖女でいらっしゃいますものね。
この世でもっとも神に近いあなた様にはわたくしたちの寂しさなんてお判りになりませんわね」
「そういうわけではございませんわ」
「そうですわ、皆様に募ればよろしいのよ。
どなたか、ソフィア様のダンスのお相手をして差し上げて」
でも周りにいたどの男性も、私のような者には無理と言った顔をしただけだった。
どうやら彼らはローザリア嬢の取り巻きのようだ。
「あら、聖女でいらっしゃるのに……。
この方の騎士になりたい方はいらっしゃらないの?」
そういって扇で顔を隠した。
正直私は驚いていた。
ローザリア嬢とは1年半以上顔を合わせていなかったが、私の知っている彼女とは全く違ったからだ。
まるで別人だ。
彼女はあまり頭がいい方ではなく、足を引っかけたり、物をぶつけたりはしてくるけれど、このような物言いで相手を傷つけるようなタイプではなかった。
もっと直接的ですぐ癇癪を起して怒鳴り散らす、行き当たりばったりなヒトだった。
1年やそこらで人はこれほど変わるのだろうか?
聖女様はお寂しくないようですから、どうか寂しい私とダンスを踊ってくださいと取り巻きの男性に言われて、ローザリア嬢はその手を取った。
なんとも優雅で美しいさまは上位貴族の令嬢としてはふさわしかったけれど、なんだかとても恐ろしく感じた。
全員が立ち去ったので、私はソフィアの側に行った。
「大丈夫? ソフィア」
「エリー、来てくれて嬉しいわ」
「ごめんね、バラの模様かぶっちゃった」
「あら、全然違ってよ。わたくしは気にしないわ」
いや、向こうが気にするんだよ。
「ミューレン侯爵令嬢とは親しいの?」
「いいえ、あまりお話したことはないわ。
ただあの方はわたくしがおいとこのエドワード殿下とお約束をしていたから、心配して来て下さったのよ」
いや、あれは遠回しの嫌味だ。
自分にはこれほど相手がいるけれど、ソフィアにはいないと誇示したのだ。
「ごめんね、ジョシュやマリウスもダメって言ってた」
「心配いらないわ。
でもあなたが作ってくれた素敵なドレスが無駄になってしまうのが申し訳なくて……」
「そんなのいいよ。シリウス殿下がお許し下されば、別の機会にでも着て」
「ありがとう。エリー」
ソフィアはジョシュやマリウスの踊る姿を見ていたようだ。
「みんなは黒の燕尾服なのね。エリーが作ってあげたの?」
「ううん、みんな学校から借りているの」
「まぁ、そうなの。全然そんな風に見えなかったわ」
「体に合うようにサイズ直しは手伝ったの。
少し大きめのを借りて、元に戻せるように縫い込んで……」
そうだ、なんで気がつかなかったんだ。
「どうしたの、エリー?」
「あのね、ちょっと待っててくれる?」
「えっ、何を?」
「待ってて。すぐ戻ってくるから!」
私はマナー違反にならない程度に、大急ぎで会場を抜け出した。
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ジョシュは『剣聖』の称号があり、出来て当たり前、出来なかったら
ソフィアのドレスの柄は、ちゃんとビアンカさんと相談の上作っています。
バラかぶりなど、結構普通です。
色は違いますが、ローザリアのドレスはこんな感じ。もうちょっと派手です。
トレーンもこんなに長くないです。踊れませんからね。
https://item.rakuten.co.jp/riricollection/dress-356/
エドワードとディアーナ(王家)、ローザリア(ミューレン侯爵家)、ユリウス(カーレンリース辺境伯家)、アリア(ラリック公爵家)は全員ラリック家の血を引くいとこです。
つまりジョシュとアリアは気楽な間柄なのです。
アリアが微笑んだのはユリウス(ジョシュ)がダンスの名手で踊りやすいからです。
剣聖のスキルに『剣舞』があるからです。
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