第379話 救援の騎士


 校庭に飛び出ると私はドラゴ君を呼んだ。

 すぐ転移して来てくれた。


「どうしたの? エリー。何かあった?」

「あのね、私を寮の部屋まで送ってほしいの」

「わかった」



 ドラゴ君に転移で部屋に戻ってもらうと、私はラインモルト様から贈られた箱のふたを開けた。

 この中にはラインモルト様のご親戚の子ども服が入っている。



 私が思いついたのは、男装することだ。


 もともと私が男装をし始めたのは、パーティーやお茶会でドレスを作るのが無駄だと思ったからだった。

 みんなが燕尾服を着ているのを見て、私は素敵な男装をしてソフィアとダンスを踊ればいいと思ったのだ。



 箱の中で一番、黒の燕尾服に近いデザインの黒のドレスジャケットと揃いのパンツ、白のベストを取り出した。

 衿に銀糸で刺繍がされた手の込んだものだが、それ以外に飾りはない。

 もちろん王家の印などはないし、サイズも合わせてある。

 男子たちの燕尾服のサイズ直しをするときに、失敗がないように練習で私のサイズにしたのだ。


 インナーはピンタックの多いウイングチップのドレスシャツにした。

 クラバットは結び方で爵位を表すので平民の私では一番シンプルにするしかない。

 でも子どもだと爵位を授かっている方は少ないから、貴族の方でもシンプルな結び方にしている人が多い。

 その方々と同じにするわけにはいかないのだ。



 白いネクタイを締めようとして、首に巻いていたチョーカーを外すのを忘れていたのを思い出した。

 外したがビアンカさんのせっかくのドレスを脱いでしまったので、これだけはつけていようと、腕に巻いた。

 最後に白手袋をはめて出来上がり。


 靴は残念ながら女性用しか持っていなかったので、さっきまで履いていたクランベリーレッドのダンスシューズを履いた。

 ソフィアは背が高いので、この靴でないと男性パートを踊りにくいだろう。



「ドラゴ君、学院に戻ってくれる?」

「ダメだよ、エリー。マジックバッグは持って行って」

「そうだね、わかった」


 ドレスのポケットに縫い付けてあったのをパンツのポケットに縫い付ける。

 別に使う予定が何にもなくてもいつも持って行く。

 それを毎回することで、モカの心配するフラグは立たない。




 私が戻るとソフィアが今度は別の貴族の令嬢たちに囲まれて、嫌味を言われていた。

 他の方より豪華なドレスは、彼女たちが上位貴族であることを示していた。


「まぁ、ソフィア様。

 せっかくの機会ですのに踊られないなんてもったいのうございますわ」

「ですが、お約束した皆様が欠席されていらっしゃいますので……」


「あら、確かソフィア様にはお兄様が学院に在籍されていますわ。

 ええと、ジャイルズ・ウィトリー様ですわよね。

 今どちらにいらっしゃいますの?」


 そしてジャイルズさんはソフィアと踊りたくないのか、曲が切れてもすぐに次の女性を誘ってしまい踊りの輪に入りっぱなしだった。



「あら、お兄様にはダンスのお相手がいらっしゃるのね。

 でも誰にも誘われない妹ぎみのお相手をしてくださらないなんて……、困った方ですこと」


 クスクスと笑う女生徒たち。

 ジャイルズさんがソフィアを避けているのを知っているの?

 もしかしてその原因を作ったのは、この方たち?


 だって前にソフィアは家族と仲良くしているって言ってた。

 あれが嘘だったとは思えない。

 でもその後、ソフィアはうんと女性らしく美しくなった。

 それをねたんだ人がジャイルズさんをおとしめるようになったのかもしれない。



「ああ、でもソフィア様は特別なお方ですもの。

 ご遠慮なさっているのかもしれませんわよ」

「神に身を捧げたお方ですものね」

「そうそう、お相手はお年寄りの司祭様でないとね」


 きっとこの方々は、殿下方の結婚相手になれるくらいの地位にあるのだろう。

 ソフィアが結婚しなければ、王子妃の席は2つになる。

 ソフィアをあざける姿は醜かったが、それを見てもらいたい王子たちはいなかった。



 彼女たちが立ち去るのを待つべきかもしれないが、待てなかった。

 私は腕のルベライトの石を服の上から触った。

 この石には希望という意味があり、人生を豊かにし、気持ちを前向きにさせる効果があるそうだ。

 私の行動を後押ししてくれるに違いない!



「ソフィア様、大変お待たせして申し訳ございませんでした」

「あなた、何ですの? 

 身分が下のものが許しも得ずにわたくしたちに話しかけるなんて無礼ですわよ」


「お嬢様方。

 本日のダンスパーティーでは、身分にかかわらずお声がけが許されております。

 これはシリウス殿下率いる生徒会のみなさまがお決めになったことでございます。

 それを否定されるのはシリウス殿下やエドワード殿下のお言葉を否定されるも同然ですが、それでよろしいのですか?」


 令嬢たちがひるんだので、私は畳みかけた。



「元々、私はソフィア様にお待ちいただくように約束していたものです。

 今のこの曲はもう終わりますし、皆様のようなお美しい方々がこのようにとどまっていらっしゃるのはそれこそもったいないことでございます。

 こちらをご覧になっている殿方は、お誘いになりたくてもお声がけが出来ないでいらっしゃいますよ」


 ピアノレッスンでよく歌うせいか、私の声はとても通るようになった。

 これでこちらを面白がって見ているだけの男どもは令嬢たちを誘わないと無作法だと思われるし、令嬢たちも誘われないと人気のない女性だと思われる。

 今頃慌てて目を反らせても遅いのだ。



「ソフィア様は普通の男性とは踊れないのよ!」

「ご安心くださいませ。私は女でございます。

 そして教会と聖女を信奉する者です。

 どうかソフィア様。

 私にあなた様をダンスフロアにお連れする騎士の栄誉をお与えくださいませ」


 これで姫騎士を目指す騎士学部の女生徒はソフィアを誘わずにはいられなくなるだろう。


 彼女は聖女として教会の女性の頂点であり、王子妃になる可能性が高い。

 もしかしたら王妃になるかもしれない。

 そんなソフィアとダンスを踊っている間だけでも、彼女の騎士になれるのだ。

 覚えがめでたければ、本当に彼女の姫騎士になれるかもしれない。

 なれなくても次期王妃かもしれない女性を助けなかった不名誉は免れられる。



 ソフィアは私にニッコリと微笑んだ。

「ではわたくしの救援の騎士ホワイトナイトに、この手をゆだねることにしましょう」

「ありがたき幸せでございます」



 私はソフィアの手を取って、ダンスの輪の中に入った。

 中央が開けられたのでその場に入る。

 これはソフィアがこの場で一番、位が高い聖女で王族の次に位置するからだ。


「ソフィア、ごめんね。

 出来るだけ高い靴を履いてるけど、私は背が低いから踊りにくいかもしれない」

「大丈夫よ。授業では今のエリーよりも背の低い方とも踊ったことあるから」


「あと嬉しかったけど、ホワイトナイトは言い過ぎじゃない?」

「いいえ、あなたは本物の救援の騎士ホワイトナイトですもの。構わないわ。

 エリー、ラストダンスも踊ってね」

「かしこまりました、聖女様」



 それからはとても楽しく大いに笑い、大いに踊った。


 ソフィアには姫騎士志望の女生徒たちから、ダンスの申し込みが殺到した。

 スカートにボリュームのないドレスの方となら踊れるだろう。

 嫌味な令嬢たちはなんとか無作法な男どもを捕まえてダンスをしていたみたいだし、踊る人が増えるとパーティーが盛り上がるので万々歳だ。



 なぜか男装している私にも男子生徒からダンスの申し込みをたくさんいただいた。

 不思議に思っていたら、ジョシュが教えてくれた。

「みんな、ソフィアが貶められているのが腹立たしかったけど、手が出せないでいたんだ。

 彼女を助けた君と踊ることで、聖女を支持していることを示したいんだ」


 なるほど、色々あるんだね。



 そしてラストダンスをもう一度ソフィアと踊り、彼女は聖属性魔法を使ってドレスの仕掛けを起動した。

 ドレスに刺した金色の小鳥が、生地から飛び出して私たちの周りをキラキラと飛び回ったのだ。

 その姿はまるでソルちゃんが『聖なる光』を放っているようだった。


 これはクライン様にもソルちゃんにも了解を得ていて、本来ならドレス代を出したシリウス殿下と踊っている時に使うはずだった。

 もちろんパーティーは盛り上がり、その熱を帯びたまま閉会することが出来た。

 つまりシリウス殿下のご差配のパーティーは成功したと言えよう。



 ソフィアとジャイルズさんのことは気になるけど、頼まれてもいないのにこれ以上彼らのことを他人が踏み込んではいけない。

 私が介入することはジャイルズさんをもっとかたくなにするだろう。

 それは余計に関係をこじれさせてしまう。



 ヴェルシア様、それでも願わずにはいられません。

 どうか二人が仲直りできますように、見守ってくださいませ。


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 ホワイトナイトは「白馬の騎士」と訳されますが、企業買収などで危機に陥ったときに救援の手を差し伸べることですので、救援の騎士にいたしました。


 ホワイトナイトの元ネタはアーサー王伝説だそうです。

 白い盾の騎士ガラハッドかな?

 不勉強ですみません。




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