第340話 クライン様の依頼1


 授業の後クライン様の別館にいくと、夏の間会えなかったソルちゃんがいた。


(エリー~!)

「ソレイユ様!」

 ソルちゃんが私の胸に飛び込んできたので、私もそっと抱きしめた。

(ソル、リカにもみんなにも会えなくて、すごく寂しかったー)



「すまないね、エリー君。セードンから帰ってきて疲れているだろうに」

「私は大丈夫です」

(エリー、疲れてるの? ソル、治してあげるー)

 そう言ってソルちゃんは光り輝き、癒しの波動で私たちを包んだ。


 ソルちゃん、これ『聖なる光』じゃないですか?

 クライン様だけが持つ祝福魔法。

 たしか国王のめいがないと使っちゃいけないやつ!



「あ、あの……」

「別に使ったって構わないさ。ソルが自発的にやったのだから。

 君さえ吹聴しなければね」

「絶対しません。ありがとうございます。クライン様、ソレイユ様」

「落ち着いたらでかまわないが、ソルのためにお菓子を作ってやって欲しいんだ。

 陛下の要望でお貸ししてたんだが、ずっと鳥かごに閉じ込めていてね」


「えっ? でも警護のためだったんですよね?」

 詳しい理由は知らないのだが、王都を出られないクライン様の代わりにソルちゃんが王族に防御魔法をかけるためにお貸ししたと聞いていた。



「ソルが寂しがって私の元に帰ろうとしたんだ。

 それで足に鎖をつけて鳥かごに入れていたらしい。

 しかも異世界から来た聖女が懐かないって当たり散らしたんだ。

 もう二度と貸したくない」


 ひどい! それはクライン様がお怒りになるのも無理はない。

 クライン様はソルちゃんに仕事をお願いしても、いつだって自由に飛べるようにしてらっしゃるのに。


 それに懐かないから当たるなんて!

 私は清廉スキルのおかげで割とすぐに魔獣が懐いてくれるけど、それでもヒトのせいで嫌な目に遭った子は警戒する。

 そんな時は相手がこちらを危険はないと判断するまでそっと寄り添うしかない。

 心を開いてくれるのをゆっくり待つのだ。



 しくしく泣くソルちゃんを慰めようと、胸ポケットに入ってもらっていたモリーが出てきて優しくなでていた。

「ソレイユ様、今日は作れませんがたくさんお菓子は持っています。

 いかがですか?」

(たべるー)

「それではみんなでエマ様のお部屋にいきましょうね」

 私はソルちゃんとモリーを抱っこしたまま、2階に上がった。



 エマ様の部屋に入ると、私の顔を見るなり抱き着いてくださった。

 とても寂しい思いをさせてしまって申し訳ない気持ちになった。

 私がセードンで寝付いてしまったせいで、2週間近くここに来なかったからだ。

「帰りが遅くなって申し訳ありません。お心のこもった花輪ありがとうございます」

 エマ様は私に顔をうずめたままコクンと頷いた。


 エマ様が安心する顔を見て、私は帰ってきたと感じた。

 不思議なことだがここが私の家のような気がしたのだ。

 

 もちろん父さんと母さんがいるところが私の家だけど、私のエマ様を引き取る意思は固い。

 ニールの家は引き払い、セードンは仮住まい、クランハウスは週末の夜しかいないし、学生寮を家だとは思えない。

 だからいつも側にいてくれる従魔たちを別にすれば、エマ様が私の家族なのだ。



 その日はエマ様とソルちゃんとみんなでお菓子を食べて大いに遊んだ。

 私たちといることでソルちゃんも落ち着いたみたいだ。

 エマ様に寄り添うようにお昼寝するソルちゃんとモリー。

 すごくかわいくて、ほっこりした。

 部屋は快適になるように少し涼しくしているので、風邪をひかないよう夏用布団をかけた。

 あとはモカとミランダに様子を見てもらい、ドラゴ君と共に階下に降りた。



 エマ様がお昼寝したら、クライン様の執務を手伝うことになっているからだ。

 執務室にノックするが返事はない。

 これはいつも通りで黙って入る。

 今日は珍しくダイナー様がいない。

 大きい机には様々な内容の書類が置かれていて、クライン様はそれを同時に読んで裁可を下す。そして手元では宿題をされていた。


 私は自分のことを割と段取りよく、仕事をしている方だと思っていたがこれを初めて見た時の驚きはすごかった。

 でもこういうことが出来ないと、学校に行きながらクライン家の仕事をし、クライン騎士団に命を下し、殿下がたのお世話などできないのだ。



「エリー君、しばらくは事務の仕事は大丈夫だ。

 ただ学院でのダンスパーティーの件で、君に手伝って貰いたいことがあるんだ」

「かしこまりました。何をすればよろしいでしょうか?」


「シリウス殿下のご要望に沿った形で、会場の飾りつけ案を出すことになってね。

 私に依頼されたのだが、さすがに全部をする時間がない。

 それで私が大まかに考えたものに、細かな装飾を付け加えてもらいたいんだ。

 君が故エリノア様の追悼式で行った飾りつけは大そう評判良かったとヴァーモン司祭から聞いているよ」


「あれは手伝っただけですが……」

「ほぼ君が描いた下絵に沿ってと聞いた。

 下絵を見せてもらったがあれだけできれば十分だ。

 アリステア公も可憐なお母上をしのばせる美しい飾りつけだったとおっしゃっておられた」

「あのくらいでよろしければ、ぜひやらせていただきます」

 

 あの飾りつけ、ハミル様に気に入ってくれたんだ。

 直接お目にかかれなかったけど、少しでもおばあさまのために何かしてあげられてよかった。



「それで打ち合わせのため、学院に出向くことになった。

 君にも同行してほしい」

「あの……」

「何か問題が?」

「いえ、あの……何でもありません。」


 王族の前に出るのが不安だったけど、そんなことをクライン様に言えるはずもなかった。



「飾りつけに関しては学院の生徒がやることになっている。

 本来なら飾りつけ案も彼らがやるのだが、シリウス殿下はあまり信用なさっていないようだ」

「と言いますと?」

「簡単に言えば業者に丸投げするということだ。

 私も君に依頼するから人のことは言えないけどね。

 だが業者がすれば学生らしくない華美すぎる設えになるだろう」


 なるほど学生の節度を保ちながら、王族にふさわしい内容をということか。



「学院とエヴァンズの教師しか大人は来ないが、それでも評価は下されるだろう。

 その成果はシリウス殿下が担当されたということになる。

 君の名は出ないけれど大丈夫かな?」

「はい、問題ありません」

 目立ちたくなかったから、かえって好都合だ。

 王様が来るとかなくてよかった。



「それからついてきてもらうのに悪いが、学院では校舎に従魔は入れられない」

「「えっ?」」

 私とドラゴ君が同時に声を出してしまった。


「校庭まではいいが、認められた卵以外の魔獣を校舎に入れるのは禁止されている。

 学院にはエヴァンズよりも能力の高い生徒が多い。

 200年ほど前に自分の能力を過信して、災害級の魔獣を連れて入ったものがいたのだ。

 だが制御が出来ずに建物を半壊させたことがあってね。

 それですべての従魔を建物内に入れてはいけないことになり、魔法で入れなくしてあるんだ」


 そういえば図書館に従魔は入れないってソフィアが言ってたね。



「でも魔獣だけを弾くなんて、それはものすごく難しい術式になりますね」

「組んだのは勇者ユーダイだ。災害級の魔獣はその場で仕留められたという」

「そんなことがあったんですね」


 やっぱりそうだったんだ。

 マスターが王都に魔獣を入れなくしているのと似ていると思ったんだ。

 何となくだがその魔獣は今も生きて、『常闇の炎』のどこかのダンジョンに隠されていそうな気がした。

 マスターやユーダイ様が人間の勝手で事故を起こした魔獣の命を奪うとは思えないもの。



「だからドラゴ君たちも校庭で待っていてほしい。

 規則なので例外は認められない。

 聖獣であるソルですらダメなのだ。

 破ったら軽くて停学、悪くすれば退学だ

 我々、錬金術科は来年から学院へ通わなければならないのだから」


「……決まりなら仕方がない。エリーに迷惑かけたくないしね」

 ドラゴ君が不服そうだが、承知してくれた。

 ごめんね、いつも心配かけて。



「それともう1つ。君に頼みたいことがある。

 休んでいいと言ったばかりなのに、本当にすまないと思っている。

 ただ君にしかできないことなのだ」


 私にしかできないこと?

 いったいなんだろ?


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リカルドはマルチタスクなんです。

同時進行でいっぱいできる人のことです。


~も無理はないと2回使っていたので、修正いたしました。

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