第341話 クライン様の依頼2


「異世界から来た聖女、マドカ・カツラギが君に会いたいと言っている」

「私に、ですか?」

 なんだろう? サポートキャラの件かな。

 まさか、あの成績がアップするペンなどの怪しい魔道具を注文されるんだろうか?



「彼女は君と『令嬢対決』というものをしたいんだそうだ」

 令嬢対決? 私と?

 私が驚いて黙っていると、クライン様が説明してくださった。


「『令嬢対決』とは、学力・戦闘能力・魔法能力・芸術・令嬢力・信仰心を競い合って勝敗を決めることのようだ。

 聖女としての能力を増幅させたいらしい。

 だが彼女には確かに聖属性魔法が備わっているのだが、どうも不完全でね。

 攻撃魔法に偏っているんだ」


「でも聖女認定の条件が、聖属性の攻撃魔法が使えることですよね?」

「その通りだ。

 基本的に聖属性の強い力を持つと、心が穏やかになり暴力的思考が少なくなる。

 だからほとんどのものが教会に入り俗世から離れるんだ」



 魔法には段階があって、生活魔法、攻撃魔法、治癒魔法の順で難しくなる。


 生活魔法は私が良く使う水魔法でいえば、ウォーターやクリーンだ。

 比較的少ない魔力で簡単な操作が発動できる魔法だ。

 この程度なら平民でも使えることも多い。



 次は攻撃魔法、ウォーターアローやアイスランスなどだ。

 私が使えるのは魔力量が少ないものだが、高度な攻撃魔法だと大量の魔力が必要になり、難しい魔力操作や長い詠唱が必要になる。

 これを使えるには魔力学校に入れるレベルになる。

 私はギリギリだ。



 そして治癒魔法。アクアキュアやアクアヒールだ。

 大量の魔力も、緻密ちみつな魔力操作も必要な魔法だ。

 一応両方使えるようになったがアクアヒールの方を使うとごっそり魔力が減り、私が倒れてしまう。



 治癒魔法まであるのは、聖・闇・水だけだ。

 そして大けがを治せるほどの治癒士、治癒師はかなり少ない。

 シンディさんがBランク冒険者なのも、大けがが治せる水魔法治癒士だからだ。

 魔力量はそこそこだけど、イメージ力は強い。

 


 メアリーにアクアキュアを教えてもなかなかできないのは術式が複雑だからだ。

 でも私はそれが自然とできてしまうのでうまく教えられない。

 たぶん傷が治ることに対するイメージ力が弱いんじゃないかな?

 メアリーの話だと、傷にかさぶたを作ってぽろっと取れて治すと考えてるんだけど、それだと治らない。


 まず水で傷をきれいにした後、かさぶたの元になる体からでる汁で傷口を覆って、その中の成分が傷を殺菌消毒して、皮膚を元の状態に修復するようなイメージをすると治る。


 このかさぶたの元になる汁からわからないみたいで、血だと思うみたい。

 でも血じゃないからなぁ。

 メアリーはお嬢様で怪我もあんまりしたことがないみたいだし、そういう感覚がわからないみたい。

 実は私も彼女に説明するためにどんな風に魔法を構築しているのかをよく考えて初めてそのように治しているのだとわかったのだ。




 そしてクライン様のおっしゃる通り、聖属性の場合はほとんどの人が心穏やかなために、攻撃魔法の部分が浄化魔法になる。

 祓魔士のオスカー様も聖属性魔法では攻撃できず、浄化魔法になるそうだ。

 しかし他の属性で戦えるのであまり困っていないらしい。


 その例外が聖女なのだ。

 聖女であることは、本当は他の方々と同じく心が穏やかなのだ。

 だけど平和を求める博愛の心と強い信念で、あえて戦うことを選ぶからと言われている。

 その元になるのが信仰心なのだが、まどかさんにあるのかな?



「彼女にはこちらの常識やマナーの勉強と共に、浄化と治癒を学んでもらっているが一向に進まない。

 それで彼女はポイントを貯めたいと言い出したんだ」

「ポイント……」


 セルキーの皆さまの命で稼ごうとしたヤツだ。



「ポイントを稼ぐことでレベルアップするから、魔力も強まり自然と難しい魔法も習得できるそうだ。

 異世界の法則らしい」

「そうなんですね」


 うん、モカの言ってた通りみたい。

 能力アップのためのポイント稼ぎだったんだ。



「だが王都にはダンジョン以外に魔獣はいないし、やたら危険な攻撃魔法を使うものだから、セネカの森がボロボロになってしまった。

 ソルが『癒しの光』を使ったがしばらくは元に戻らないだろう。

 ヴェルディ伯爵領までぐちゃぐちゃになって、王家に正式な抗議があった」


 そ、そんなことがあったんですね……。

 やっぱり怖いな、まどかさん。



「その他にポイントを稼ぐ方法が『令嬢対決』らしい」

「でもなぜ私が? 貴族ではありませんし……」


「初めはサミーが指名されたんだ。

 正しくはミューレン侯爵令嬢、サミー、ディアーナ殿下、ラリック公爵令嬢の4人になる。この順の後になるほど強くなるそうだ。


 それにミューレン侯爵令嬢に、ユリウスと会えるならすると条件を付けられてね。

 しかし彼女のユリウスへの付きまといは、犯罪だから認められない。


 マーガレット・リヒター子爵夫人の名も挙がっていたが、彼女は卒業して何年もたつ部外者だ。

 商人の娘でもあるし、秘密の漏洩の恐れもある。

 令嬢対決のことを話さないようには魔法契約すればできるが、聖女と親しくなって買収されるのも困る」


 うん、婚約者候補の方への暴力の話を聞けば、絶対ユリウス様にローザリア嬢を近寄らせたくない。

 それにリヒター子爵夫人はロブのお姉さん、つまり魔族だ。

 また悪い魔族に操られることもあるかもしれない。

 クライン様はこのことを知らないはずだけど、何か気が付いていらっしゃるのだろうか?



「それでサミーをと言われたが、サミーは令嬢じゃない。

 マナーは男と女で違うし、剣術は聖女が未経験。

 まさか組み手をするわけにもいかない。

 いろいろ違い過ぎて対決の意味がない。

 それで君の話をしたら、聖女が君が相手でもポイントが入るというのだ」


「どうして私が……」

「君がゲーム、聖女が言う台本がある芝居の中の登場人物だからだそうだ。

 他に出てくる登場人物はマルト・ドロスゼンだが、逃亡中の彼女にこの役割を与えることは出来ない」


 それで白羽の矢が立ったってことか。



「君のすることは、正々堂々と戦うだけでいい。

 できれば彼女を完膚なきまで叩き潰してほしいけどね」

「叩き潰すなんて、私にそんなことできると思えません。

 信仰心をどうやってはかるのかもわかりませんし、戦闘能力も、魔力も低いです」


「ディアーナ殿下もラリック公爵令嬢も君に勝てるのは魔力だけと言っていた。

 それに彼女たちが負けることは王家や公爵家の面子めんつにもかかわる。

 だから君に聖女と戦ってほしいんだ。」


「ですが……」

「君には魔法陣もあるし、従魔もいる。

 魔法陣で完全防御して、ドラゴ君やモカ君に頼めばいい。

 それに負けても気にしなくてもよい」


 ドラゴ君の方をチラリとみると、任せてとばかりにうなずいてくれた。

 一応相手は聖女様だからお手柔らかにお願いします。



「ですがどうして叩き潰すんですか? 

 もっと優しく教えてあげてもいいと思うんですが」


「あれほどヒトの話を聞かない人間はなかなかいない。

 どうやらこの世界のヒトをただの人形だと思っているみたいだ。

 それに修行が進まないといっても彼女がこちらに来てまだ1か月程度。

 投げ出すには早すぎる。

 現実を見せて地道な修行をする必要があることを知ってほしいのだ。

 彼女を慰めるのは、攻略対象であるエドワード殿下やクリス、そして私がする」


「こ、攻略対象?」

 そんなことまで知ってるんですか?

 まどかさんは本気で攻略する気があるんだろうか。



「芝居には聖女の相手役が何人かいて、その人物は攻略対象と呼ばれるそうだ。

 他にはディクスン君とユリウスと教会のレオンハルト司教になる。

 だがディクスン君は留学中。

 ユリウスを王都に呼ぶのは忍びないし、レオンハルト殿は世俗を完全に捨てられた身だ。

 このようなことは頼めない」


 確かにその通りだ。

 バートは物理的に戻ってくるのは難しい。

 ユリウス様の婚約者候補様は今も療養中だろうとモカも言っていたし、そっとして差し上げたい。

 家族間のいざこざが終わって、やっと心置きなく信仰の道に入られたレオンハルト様のお心を乱したくない。

 


「かしこまりました。とにかく私が対決すればよろしいんですね」

「ああ頼むよ。君は彼女のよき手本になるだろう。

 心配しなくても負けても5ポイント入るそうだから。

 彼女にはそれで地道に稼いでもらうのも、いい修行になるはずだ。

 もし君が深くスキルを身につけたいなら、教師でもなんでもつけてあげよう。

 もちろん、報酬も期待してくれたまえ」


 ニコニコ笑っていらしたが、クライン様が本気で怒っているのは明白だった。

 ソルちゃんを苛められこともあるし、よほど無礼だったんだろう。



 ヴェルシア様、まどかさんはちょっと怖いですが、セルキーのみなさまのこともあるし、私も腹に据えかねることがあります。


 全力で対決させていただきますので、どうか見守ってくださいませ。



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治癒士の「士」は戦闘が主体のヒト、治癒師の「師」は戦闘が主体じゃないヒトで使い分けています。


シンディさんは水属性で攻撃魔法も得意なので、治癒士です。


攻撃魔法が使えても、戦いに向いていない人は治癒師になってます。


アクアキュアの治る仕組みは湿潤療法を参考にいたしました。

専門的な知識をお持ちの方に違うと感じる部分があるかもしれませんが、そこのところは魔法だとご理解いただけると幸いです。

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