第338話 清廉スキルの作用
学校が始まっても、毎日することが山積みだった。
一番はソフィアのラピスラズリドレスで、最高級のシルクサテンの全面に
面ではなく、線の刺繍だ。
そうすることでレインボースパイダーの糸を節約し、ドレスに軽さを出した。
そしてアクセントにに金色の小さな小鳥を刺繍した。
大変だったがすごく楽しい作業だった。
実はちょっと仕掛けを施してあるのだ。
ソフィア、喜んでくれるかな?
リュミエールパッドを作るのは苦ではなかったが、思わぬところで疲れてしまった。
商人ギルドで特許を取ったのだが、あちらで技術確認のための再現ができなかったのだ。
スライムで使ったベースにライトの上位魔法、
原因は『常闇の炎』の光魔法師たちの平均よりも商人ギルドの方の魔力が弱かったからだった。
それで技術指導のために何度も何度も商人ギルドに行かなければいけなかった。
その度にクランを辞めて専属にならないかとしつこく誘われて、クランの悪口を言われてとても不愉快になった。
そんな風に日々忙しく過ごしていたところ、エヴァンズにクランのクララさんが血相変えてやってきた。
「エリーちゃん、あのね落ち着いて聞いてね。
あなたのお父さんが倒れたそうなの。
馬車を用意してあるから急いで行きなさい!」
ドラゴ君と一緒にあわただしく馬車に乗せられたが、これはマスターに言われていたお芝居だ、落ち着けと自分に言い聞かせた。
向こうにつくと、ラリサさんが泣きながら抱きしめてくれて、
「エリーちゃん、気をしっかり持ってね」
ラリサさんに付き添われながらベッドに近寄ると、そこには息をしていない父さんの姿があった。
一目見てわかるほどの生気のない青ざめたぬくもりのない肌。
父さんが死んでいる。
その後のことはあんまり覚えていない。
どうやらへたり込んで、気を失ったらしい。
演技ではなく、ルードさんの擬態が余りにもそっくりすぎて、本当に父さんが死んでしまったと思ったのだ。
呆然とする私にドラゴ君が肩をゆすって、心話で伝えてきた。
(エリー、トールは大丈夫だよ。
マリアと一緒にちゃんと船に乗ってる。
ウィル様がいる限り、難破も海賊に襲われるもないよ!)
(本当に? だってあまりに……)
(嘘なんかついてないよ。それに見送りも行ったでしょ)
そうだった。
マスターが私たちをルエルトまで転移してくれて、父さんと母さんを見送ってちゃんと船に乗るのを見たんだった。
そしてセードンまでドラゴ君の転移で帰ってきたのだ。
それでも私の体調は良くならなかった。
葬儀などの手配はセイラムさんとラリサさんがやってくれて、クララさんとクランのヒトが手伝いに来てくれた。
私はなんとか体を引きずるように葬儀に出た。
店のお客さん、夏の間手伝ってくれた子どもたち、父さんを支援してくれた領主様まで弔問に来てくれた。
母さんに世話になったという商人や冒険者たちも来てくれた。
王都を出られないクライン様の名代で、ダイナー様が数人の騎士を連れて来てくださった。
「トールセン、ゆっくり休んでいいからな。リカルド様とエマ様がこれを」
言葉は少なかったが私をいたわり、花輪をくださった。
その花輪には鎮魂とやすらぎ、魂の浄化など、複雑な付与がなされていて、クライン様とエマ様の魔力が感じられた。
きっと一緒に作ってくださったのだろう。
そしてラインモルトさまから、弔文のお手紙までいただいてしまったのだ。
そのお手紙は教会で読み上げられ、父さんと私をわが友とまで言ってくださった。
知っている人も、知らない人もたくさん葬儀に来てくれてありがたい反面、心が重くなった。
「エリーちゃん。マリアが戻ってくるまで、いいや戻ってきても俺たちが親代わりになるからな。いつでも頼ってくれ」
セイラムさんとラリサさんの言葉に胸が潰れるほど苦しかった。
みんなに優しい言葉をかけられるたびに涙が止まらず、私は日に日に弱ってとうとう寝付いてしまった。
治癒魔法が出来ないドラゴ君がオロオロしてみんなを連れてきてくれたが、モリーに治癒魔法をかけてもらっても、私の状態はあまりよくならなかった。
とうとうマスターがやってきて、私を診てくれた。
「トールとマリアは無事だぞ。ちゃんと唐国についた。
手紙も預かってきたぞ」
手紙を読むと確かに父さんと母さんの筆跡で、無事についたことと私のことを案じていた。
「これは清廉スキルの作用だな。
騙す必要のないヒトを騙して、良心の呵責を感じているんだ」
「だったらどうしたらいいの?」
ドラゴ君の言葉にマスターはしばらく考えてから、私の手を取った。
「エリー、いいか。俺の言葉をよく聞いてくれ。
お前の正体を王家に知られたら、確実にお前の祖母と同じ目に遭う。
それは今とは違う意味でお前を苦しめることになるだろう。
憎しみ、恨み、怒り、そして自己否定。
それはお前の魂そのものを変えるほどの恐ろしい力だ。
そうなっては清廉スキルが消えるだけでなく、お前の中にある愛情の源も消えてしまうんだ。
お前のことを愛し、信頼してくれる従魔たちとの絆を失うことになる。
離れていくならまだいい。
だがお前が卵を孵したミランダとルシィは親の愛を失って死んでしまうかもしれないぞ。
そんなことになったら、お前は生きて行けるのか?」
私の変貌でみんなが離れていき、ミランダとルシィが死ぬ。
そんなことになったら、私はとても生きていけないだろう。
「わかったか、今回の嘘はお前が生きていくために不可欠だったんだ。
自分を責めるな。
それともお前は父と母を見捨てることが出来たのか?」
そんなこと、出来るわけがない。
「でもマスター……、私はあんなに優しくしてもらって……」
「ヒトがお前に優しいのは、お前やトールやマリアがみんなに優しかったからだ。
ヒトは相手が辛いときに本性を表すものだ。
お前が苦しんでいる時に付け込もうとするヤツがいれば、それはお前が侮られているということでもある。
逆に寄り添ってくれるヒトが多いなら、それはお前がいつも寄り添っていたからだ。今回はどうだった?」
「悪い人はいなかったと思います……」
「とにかく眠れ。眠って俺の話をよく考えてろ、いいな」
「……はい」
目が覚めると私の体は動くようになって、落ち着いて思考を巡らせることができた。
マスターはミランダとルシィが死ぬかもしれないと言ったけれど、たぶんそれはないだろう。
それなら突然死別した時にも、従魔は死ぬことになるからだ。
だけど確実にみんなを傷つける。
セルキーのみなさまに、私の愛で傷が癒えたと言ってくれたみんなを裏切ることになる。
そのことはもっと深く私を苦しめるだろう。
よくわかったのが清廉スキルは心の指標なのだ。
私が正の感情でいれば、みんなを愛して穏やかに生きていける。
だけど負の感情に苛まれれば、自分を苦しめてしまうのだ。
そういえば、ルイスさんを死なせてしまったときも同じように苦しんだ。
ケルベロスの
それが理解できて、私は今回の嘘を受け入れることが出来た。
あんな優しい皆さんを騙すことになってしまったけれど、皆さんの優しさを忘れずにお返ししていけるような自分になりたい。
ヴェルシア様、私は家族と自分を守るために嘘をついてしまいました。
そして自分の愚かさゆえに、周りのヒトの優しさやいたわりを受ける資格がないと思ってしまいました。
私は罪を犯したと思います。
でも愛を愛で返せるように私は強くなりたい、いえ強くなります。
未熟な私ですがどうか見守ってくださいませ。
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エリーも悪いやつに狙われてもおかしくなかったんです。
魔法学校に行くような優秀で、小さくてきれいな女の子が一人になったら付け込みやすいでしょう?
セードンではお店も手伝ったでしょうし、冒険者ギルドでも高価な従魔(モカやミランダやルシィ。ドラゴ君は弟だと思われてた。モリーは見られていない)を引き連れて、絶対目立っていたはず。
実はセイラムとラリサが葬式を手配したのも、クララがクランメンバーを連れて手伝いに行ったのも、リカルドがサミーと騎士たちを派遣したのも、ラインモルトが弔文を贈ったのも、エリーにはこれだけの後ろ盾がいるから手を出すなよと暗に威圧してるんです。
悪いやつはどこにでもいます。
チャンスと見れば、近寄ってきます。
お金を取ったり、暴力をふるったり、マウントを取ってくるような輩もいます。
だから辛い目に遭ったときに、追い打ちをかけるようにひどい目に遭うなんてことは、普通では対抗するのは難しいことです。
エリーとは違って味方がいない、作れない時だってあります。
弱いことは悪いことではありません。
弱いから感じ取れる繊細で美しいことはたくさんあります。
でももし嫌なことがあるなら、頑張って勇気を出してほしい。
直接手助けにならなくとも誰かに話すことで、頭の整理になったり、知恵を貸してもらえたりします。
行政やNPOに頼ることも悪いことではないです。
悪いのは、辛い思いをして傷ついている人に付け込んできたヤツです。
それだけはお伝えしたく、追記させていただきました。
長々と申し訳ございません。
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