第10章

第337話 リュミエールパッド


 あのルエルトの一件から、いろんなことがあった。



 今でこそルシィもセルキーのみなさまに慣れたが、初めの頃は全然だった。

 毎日私の元に帰ると泣き出してしまって、ドラゴ君が迎えに行っていた。


 それでも向こうにお友達(全員女の子)が出来てから1日、2日と増え、今では4日泊ってくるようになった。

 光の日の朝にルエルトに転移して、樹の日の夕方に『常闇の炎』の召喚場へ戻ってくる。

 ルシィはまだ1匹では転移できないので、行きはドラゴ君、帰りはエヴァン様に送り出してもらっている。



 なぜ『常闇の炎』の召喚場にしか飛べないのかというと、ユーダイ様とマスターが人間以外のヒト族たちの権利を守るためにこの王都の魔獣の侵入を防いでいるからだ。

 出るのはどこからでも出られるらしい。


 それなら他の召喚場はどうするんだ? と思ったが、まず『常闇の炎』の召喚場を経由してその呼び出された召喚陣のある所へ行くのだという。


 もし悪者がいて大量の魔獣を召喚しようとしても、『常闇の炎』が異変を察知して止めることが出来る。

 王都の平和は『常闇の炎』によって密かに守られているのだ。



 最近の私の仕事内容は少し変わった。

 クライン様の仕事とエマ様のお世話はさせていただいているが、オリジナル商品が出来たのだ。


「エリーちゃーん、リュミパッドお願いね」

「はい、ただいま」


 リュミパッド、正式名称はリュミエールパッドとは私が考えた魔道雑貨の1つだ。

 きっかけは王立魔法学院で行われるダンスパーティーの練習とモリーのおかげだった。



 私はみんなより背が低くて、最大限高いヒールを履いて踊っていたのだが、足の負担が半端なかった。

 毎日の練習の度に痛くて辛かった。


 そんなときモリーが(わたしのからだにあしをおいてください)と言ってくれた。

 体を大きくしたモリーの上にそっと足を乗せると、ぷよっとした触感が気持ちよかった。

 その状態で足を治してくれていたから、何とか高いヒールを履き続けることが出来たのだ。



 そのあとリュミエラ様のくださったレインボースパイダーの糸を紡ぐ時に、多少細かいクズが粉状に出てしまうのだけれど、その粉をモリーがかぶると一時的に外皮膜が強くなるということを発見した。


 モリーは特殊個体なので膜を固くしたり柔らかくしたりはお手のものなのだが、これを普通のスライムでできないだろうかと考えた。

 前にニールのスライムダンジョンで、魔石とともに残る膜を利用して洗濯場のおばあちゃんの手袋を作りたいと考えていたことを思い出したのだ。



 そんな時に同じクラスのメアリー・ティムセンに足の痛みのことを相談された。

 彼女もかかとの高いダンスシューズのが苦手だという。


 初めはアクアキュアを覚えたいということだった。

 私はすぐに習得したので簡単だろうと思っていたら、そんなことは全然なかった。

 治癒魔法はどの属性でも最難易度の魔法なのだと知り、『スキル取得大』の効果のすごさを改めて知った。

 私は仕事で多忙なのでメアリーに教え続けることは出来なかったが、彼女のために何かできないかと思った。


 それで中敷きを作ろうと思って出来たのが、リュミエールパッドだった。



 まずはスライム調達だ。

 王都ではスライムは下水道にしかいない。

 それでアシュリーに頼んで、孤児院の子どもたちと一緒にスライム狩りに行かせてもらった。

 冒険者たちはあまり好んで下水道に入らない。

 さほど強い魔獣が発生しないからだ。

 それでも子どもたちの手に余るネズミやイタチ系の魔獣は少しいる。


 ドラゴ君とモカが魔獣を退治して、モリーが浄化や治癒を行い、ミランダが解体することを条件にスライムを殺さず分けてもらった。

 むしろアシュリーに、「どっちかというと俺たちが得しすぎてるような気がする」と言われたが全然そんなことはない。


 下水にいたネズミやイタチ系魔獣のお肉もモリーの浄化で食べられるから、アシュリーたち年長組が森に入って狩りをしなくてもいいのが大きいと言われた。




 それで手に入れたスライムの皮を魔法水とレインボースパイダーの糸の粉を一緒に煮ると、思った通りプルプルッとしてきて好みの固さに加工できるようになった。


 まずは私のダンスシューズの中敷きを作ると、思った以上に快適だった。

 薄くて通気性もよく、全然足が痛くない。

 それでメアリーにできる限り細かい感想を教えてもらうのと、他の人には秘密ということで無償提供した。

「アクアキュア出来なくても、大丈夫そう!」

 彼女も相当快適だったようだ。



 それは良かったと思っていたら、今度はラリック公爵令嬢からお呼びがかかった。

 前に怖い呼び出しをされたことがあったので恐る恐る伺ったところ、メアリーから中敷きの話を聞いたというのだ。

「ティムセンさんのことは怒らないであげてね。

 わたくしが彼女から無理やり聞き出したの。

 今まで足が痛いと泣いていたのに、急に機嫌よく踊ってるんですもの」


 まぁラリック様に聞かれて、黙っているなんてできないですね。



 でもお話を聞いて、結構貴族のみなさまも靴の悩みがあるようだ。

 良い職人さんにピッタリのものを作ってもらうと靴擦れはしにくいが、足がむくんできつくなって痛い。

 大きめに作ってもらうと靴擦れがひどくなって痛い。

 デザイン重視の靴になると、どうしようもなく痛い、などさまざまである。



 ビアンカさんに相談すると、

「こればっかりはネ、お客様のご要望ダカラ。

 美しく見えたいけれど足は痛くないは両立可能なのヨ。

 でも他の人が先のとんがった靴はいてて素敵だからって、幅の広い足の人が無理してはくと、小指や親指を圧迫しちゃうの。

 逆もそう。足の幅が狭い人が丸いデザインの靴をはくと、先端に余裕が出来て前のめりに詰まって指を痛めちゃうの。

 自分に合うものを履けばいいのにネ」



 私が中敷きを見せると、

「なるほどネ。コレ素晴らしいワ!

 これなら変形自在だから、靴が変わってもイケるのネ。

 他のアイデアもいろいろできそうだワ」


「でも問題もあるんです。

 リュミエラ様の糸の粉で作っているから高価になるんです」

「うーん、それは確かに問題だワ。リュミたちの存在は隠したいしネ。

 上位貴族になら高額で売ってもいいけど、これはもっと研究すべきヨ」


 そしてビアンカさんのアイデアを伝えられると、それは今私が欲しているものだった。

 シンディさんのドレスに使いたいものだ。



 ハルマさんとシンディさんの結婚式のため、胸元に小さな花をたくさん飾るタイプのデザインの花嫁衣裳を作った。

 それで仮縫いに行ったら、もう少しだけ胸にボリュームが欲しいと言われてしまったのだ。

 通常なら綿を詰めるのだけど、綿だと詰めれば詰めるほどカチカチになってしまうし、とにかく暑い。

 柔らかすぎると、外から押すと変形してしまう。

 でもこのリュミパッドだと適度な弾力と通気性が保たれるのだ。



 私がパッドを試着してみたら、ルシィが喜んでお胸にスリスリしてきた。

 こんなのでいいの?

 だけどご機嫌のルシィをミランダが速攻ではたき落としていた。


(おかーさん、ミラがルーをしばいとくの。

 おかーさんはお胸がなくてもかわいいの!)


 な、なんかミランダが乱暴すぎるような……。

 しばいとくって教育的指導のことだよね?

 私はお胸がなくても、傷ついてないよ~。


「あたしのパパが姫路の人でね、怒ったらしばくって言うの」

 モカのお父さんの口癖なのか……。

 ユーダイ様のお父様でもあるし、大丈夫かな?

 みんな様子をうかがうとルーが素直にごめんなさいしてたので、水を差すのは止めておいた。

 ミランダには後で言っておこう。



 その後、かなり試行錯誤した。

 私が使っているスライムは全部水属性なので、水の魔石の粉とか、クラーケンのぬめりとか、水ユリの花粉とかいろいろやってみた。

 けれどもなかなかレインボースパイダーの糸くずほどの効果が表れなかった。

 それでレインボースパイダーとマジックスパイダーは同じ種族だということを思い出して、水属性のマジックスパイダーを探して糸を使った。


 でもそれだけだと安定しなくて、錬金窯で光魔法を注ぎ込んだのだ。

 それで固まることを発見、光魔法を注ぐ量で固まり方も変わることがわかった。

 このパッドは何から何までモリーのおかげだったので、モリーパッドとつけたかった。

 だけどモリーの存在は隠さなきゃいけなかったので、糸を出してくださったリュミエラ様の名前の由来、リュミエールパッドになったのだ。

 平民から貴族まで女性の悩みに合わせたなかなかのヒット作だ。



 シンディさんにもハルマさんにもこのドレスを気に入ってもらえて、とても素敵な結婚式になった。

 よくシンディさんのお胸がないことをあてこすっていた冒険者の女性たちも文句が言えないほどの美しさだった。

 自分で作ったものが本当の喜びに変わった瞬間は、私の胸を熱くした。



 リュミエールパッドはますますの改良の余地ありだけど、この方式でいろんな加工品が出来そうだ。


 これでマスターへのご恩返しが少しはできるといいな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る