第336話 内密の茶会
エリーたちがルエルトにいたころ、リカルドはアリステア・ハミルトン・ゼ・バルティス公爵ことハミルの招待で王城へ向かっていた。
高位の存在の加護があるもの同士だと落ち着くということで、ハミルが年に1,2回リカルドだけを招く茶会だ。
だからリカルドも護衛の騎士はサミーしか連れて行かなかった。
夏の日差しを避けるガゼボに設えられた茶席に案内されると、少し待ってから数人の騎士を引き連れたハミルが現れた。
ハミルの側には、一人眼光鋭い白髪交じりの年配の騎士がいた。
数年前まで王都で、『国民の黒騎士』と呼ばれて人気のあったカイオス・タイラーだ。
サミーは高名な騎士の出現に、少しワクワクしたがそんな思いを表に出すわけにはいかなかった。
このように2人きりの茶会と言っても側には給仕するメイドや護衛する騎士たちがいて、ただただ国情や社交界での主だったことの話をするだけだった。
表向きは。
「リカルド、ルエルトに聖女が現れたそうだね」
「はい。教会での確認では強い聖属性の攻撃魔法の使い手で、かなりの数の魔獣を倒しているそうです」
「ふーん、治癒の方は?」
「今のところ、聞いておりません」
「君の見解はどうだい?」
「そうですね、我が国が聖女を2人いただいたということは神の恩寵の印……。
これからも栄えていくという吉兆ではないでしょうか?」
周囲のメイドや従者たちにはこのように聞こえていた。
もちろんサミーにもだ。
しかし空間魔法の使い手である2人は、自分たちは別の空間にいてその姿をメイドたちのいる空間に投影しているだけ、つまりこの茶会は内密の話をする場なのだ。
この日にしたのは、王家の面々がみな避暑に出ているからだった。
実際にはこうだ。
「リカルド、ルエルトに聖女が現れたそうだね。
ディアーナの予言はまたしても的中というわけか」
ハミルの姪で、転生者のディアーナ王女は数々の予言をし、王国に起こる数々の事件を指摘して、国を救ってきた。
「予言ではなく乙女ゲームという、恋愛シミュレーションゲームです。
彼女はそのゲームの台本を話しているだけです」
「な、なに? しみゅれーしょん?
たしかゲームは遊びのことだったよね」
「ええ、そうです。
簡単に言いますと、平民の女性が王子や高位貴族と恋愛に陥ることはほぼないでしょう?
そういう現実には起こりえないことをゲームという仮想の中で再現した遊びのことです。
要は、自分好みの男性と恋人になるゲームです
ディアーナ殿下の話から推察したものですが、だいたい合っているでしょう」
「それの何がおもしろいのさ?」
「本当に恋愛したら、いいこともあるけれど、辛いこともあります。
相手を見つけるのだって一苦労ですし、仲良くなるのも大変です。
あなたの愛人になりたい女性やその後ろ盾の男たちだって、あなたを落とすために手を替え品を替えやってくるでしょう?
そういうの面倒なのを抜きに、ですが簡単すぎるのもつまらないので、多少のスパイスとしてライバルがいたり、試練があるんです」
「十分面倒くさいと思うけど」
「基本的には台本があり、その内容に従えば簡単に恋人になれるようですよ。
難しく考える必要のない、お芝居です」
「ではその聖女は君を狙ってくるかもしれないってことだね」
「ディアーナ殿下からの手紙では、とりあえずハーレムルート、つまり全員狙い。
本命は隠しキャラの竜人セレスティリュスが目的のようです」
「竜人? それは人化した竜ってことかい?」
「そのようです。
向こうの文化では物語によって設定が違い、このゲームの中では竜たちは人の姿をして暮らしているらしいです」
「ありえない」
「ありえませんね」
絶大な力を持つ誇り高い竜が、わざわざ人の姿に擬態するのはよほどの事情がないと考えられなかった。
普段の生活を人の姿でなんて絶対に行わない。
リカルドは優雅に茶を一口含むと、投影された映像の方も一口茶を飲んだ。
「ご心配にはおよびません。閣下は乙女ゲームの攻略対象ではありませんから」
「攻略? なんと物騒な。
最終的に君たちは砦のように攻め落とされるのかい?」
「恋人になることを攻略するというそうですよ。
その時点で本気の恋ではないことがはっきりしてますよね。
バッドエンド、悲恋で終わったときは死ぬこともあるそうです」
「その相手をしないとなると大変だね。でも聖女だし、お手柔らかに頼むよ」
「下らない遊びに付き合わされるのに、なぜ優しくしなくてはいけないのか理解に苦しみます」
「ディーは君の態度に、時々泣かされてるから。
彼女は君に冷たくされると、こっちに慰めてとやってくるんだ」
「閣下が王家の人間を毛嫌いする気持ちはよくわかりますが、ディアーナ殿下はまだましなほうですよ。
彼女は転生者であるために、こちらの王族ほど非情になり切れていません。
あなたの状況も、私の状況もはっきりとは知らないみたいです。
勇者ユーダイの扱いを失敗したことから、王家は転生者の扱いに注意を払うようになりましたから、情報を与えないんです。
彼女が提供する乙女ゲームの情報が途切れば、すぐ国外に嫁がされるでしょうね」
「その言葉で君が王にディアーナを選ばないのはわかったよ」
「それ以上は、やめておきましょう。
私が王を選出するかどうか、まだ決まったわけではありません」
「それでその新しい聖女はどうなの?
ディーは仲良くなれそうって言ってた?」
「ちょっと難しいようですね。
聖女は我々をゲームの中に出てくる、台本通りに動く感情を持たない人形のように思っているみたいです」
「彼女に誰も親切にしなかったの?」
「その逆です。彼女は聖女なので、かなりちやほやされたみたいです。
それが当たり前だと思っているんです。
今更厳しくしても、そういう設定と思い込むでしょう」
「ややこしいな、幼い子なのかい?」
「18歳以上です。
ディアーナ殿下がやっていたのと同じゲームの18禁バージョンをやっていたそうですから。
殿下は当時14歳だったため、内容しか知らないそうです」
「18きん?」
「18歳以上でないと見せてはいけない演出があるんです。
例えば夜の
「なるほど。だけど18歳でその態度はおかしいんじゃない?」
「精神年齢が幼いのではないでしょうか?
我々の周りにも体ばかり育って分別のついていない人間など、たくさんいるではありませんか。
ああ閣下、こちらの行動を映していますので、あまり動かないのもおかしいです。
お茶でも飲んでください」
「わかった」
2人して微笑みながら静々と茶を飲み、映像の茶碗にお代わりの茶が注がれた。
もちろん魔法で本体の茶碗にお茶が入る仕組みにしてある。
お菓子のお代わりはどうかと聞かれて、リカルドはにこやかに頼み、美しく盛り付けられたケーキが供された。
それを見ると辛党のハミルは嫌そうに顔をしかめた。
「よくそんな甘いものをたくさん食べられるね」
「とても美味しいですよ。
私の従者がパン屋の子でよく手作りのお菓子を出してくれます。
その従者の件で、少々お尋ねしたいことがございます」
「何かな?」
「あの壮行会の日、私の従者をなぜあなたの空間に隠したんですか?」
「……バレたか」
「この王宮で私に一時的とはいえ隠蔽できるものなど、あなたしかいないではありませんか。
彼女が戻ってくるのが遅いので、王宮中に
そのことから導き出される答えは、そう多くありません」
「……」
2人の間に沈黙が流れたが、しばらくしてハミルが答えた。
「大丈夫だ。最後の別れをしただけだから」
「ではやはり、エリーは……」
「ああ、姉のマリールイーズの娘だ。
エクサール皇国の直系であり、女神ヴェルシアの加護と賢者の卵の称号がある。
直接会ったので間違いない」
「見られたのですか? 彼女の称号を」
「見たのはニールで姉と姪を確認した時だ。こないだ会ったときは見れなかった」
「私にも見られません。
彼女の人柄から見て加護や称号の喪失はないでしょう。
つまり強い隠蔽がなされているということですね」
「僕や君でも見られない。
そんな強い隠蔽が出来る人間がそういるとは思えない」
「ヒトでは無理ですね。神か、精霊王か、あるいは魔王……」
リカルドやハミルに神や精霊王の加護があるのは、彼らには果たすべき使命があるからだ。
そのために『鑑定』の上位スキル『真実の眼』や『神鑑定』をもっていた。
そしてエリー・トールセンの所属クランは魔族中心のクランであった。
「あの子の側に魔王がいるのは、心配なんだけど」
「私はあまり気にしていません。
私の敵は魔族の王ではなく、悪魔に操られたものですから」
「それでいいと本気で思っているの?
これまでも魔王は悪魔に力を求めていたんだよ」
「エリーにはモリーという聖属性のスライムが従属しています。
モリーは私のソレイユと親しく、エリーの側に不穏な気配はないと言っています。
魔獣は魔獣に対して答えないことはあっても嘘はつきませんので、その点は安心しています」
そうして2人して静々と茶を飲んだ。
「僕がエリーを呼び出したのは彼女の正体が知られたら、出産を無理強いさせられるからだ。
あの子が母のような目に遭うなんて、僕にはもう耐えられない。
でも何も知らずに王族の前に平気で姿を見せるから、はっきり伝えた方がいいと判断したんだ」
「……そんなことは絶対にさせません。
私が守って見せます。
それが頼みたくて今回お招きくださったんでしょう?」
ハミルは今監視が特に厳しく、外出もままならなかった。
ディアーナが王族の命が狙われると予言したからだ。
正しくはシリウスの命だが、それをぼかして言ったせいだった。
信頼できる騎士はカイオスだけで、最もエリーと会わせてはいけなかった。
正体が知られる可能性が高まるからだ。
だが幼いころからよく知っているリカルドならば信じられる。
それでハミルはリカルドにエリーを託そうとしたのだ。
「ごめんね。君にしか頼れなかったんだ」
「御心配には及びません。
メリットもありますしね。
少なくともあなたがこのことで悪魔の
他にこのことを知っている人間は?」
「いない。
そこにいる彼女の祖父にあたるカイオスにも言っていない。
でも彼なら会うだけでわかるかもしれないな」
「タイラーなら、彼女に不利になるようなことはしないでしょう」
リカルドはカップを空にし、優雅な手つきでソーサーに戻した。
「ただ賢者の卵とは厄介ですね。
彼女の魔力量では、戦闘は難しいです」
「しかし称号だ。その宿命から逃れることは出来ない。
君だってそうだろ?」
「ええ、その通りです。
悪魔の
近々確実に悪魔に操られたものが現れるはずです。
あなたが外に出られないのは気の毒ですが、そういう意味では安全です
ですが奴らは小さな心の隙をついてきます。
気を付けてください」
「そうだね、でもそれなら君も同じじゃないかな?」
「そうですね。
妹の安全のためなら何でもしますが、悪魔は手を貸すと見せかけてすべてを奪う。
特に最も大事なものは絶対に見逃さない。
守りたいもののために力を得たのに、その守りたいものを確実に奪われるんです。
これまでどれほどのヒトが同じ愚を犯したかしれません。
でも戦うためには、まずこの腐った王家からの呪縛を解かなければなりません。
私はこのままでは、王都から出ることもままなりませんからね」
「僕たちの呪縛を解いて、君の妹と僕の姪の安全を図る。
できるかい?」
「かしこまりました。お任せください」
「僕が協力できることはなんでもするよ」
リカルド・ルカス・ゼ・クラインはただ微笑んで茶会に招かれたことのお礼を言って去っていった。
それはハミルに何もするなという意思表示だった。
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王族たちが夏の避暑を同時に行ったのは、かなり強化した警備体制を取ったので分けて行けなかったからです。
今回長くてすみません。
内容的に切れませんでした。
ここで章が変わりますので、少々お時間をいただいて練らせていただきます。
最近2日おきでしたが、またペース変わりますのでよろしくお願いします。
コメントやレビュー、星やフォローしていただいてありがとうございます。
作品に集中したいので、お返事や近況ノートを書いておりませんがどうかお許しください。
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