第314話 懐かしい声


 ソフィアに促されて、私たちは席を立った。


 ドラゴ君がミランダと抱き合うルシィをカバンの中に入れる。

 ミラ、どれだけ注意したんだろう。

 ルシィ、涙目になってたよ。

 まだ赤ちゃんだし、ちょっと注意するだけでよかったんだけど。

 ミランダが背中をトントンしていたから大丈夫かな?



 大聖堂の中庭に出て、ずんずん奥の方へ歩いていくと小さな門があった。

 パッと見は聖職者たちの通用門にしかみえないそれを屈強な聖騎士たちが守っていた。

 厳重な警戒? 

 

「聖女見習いソフィアでございます。

 エリー・トールセン及び従魔3匹を連れてまいりました」

「他の2匹は? 姿が見えぬが」

「このかばんの中におります。お出ししてもよろしいでしょうか?」


 ここでは身体検査(女の聖騎士がやってくれた)と荷物のチェックをされた。

 それから私たち全員は魔道具で光を当てられた。

 邪悪なものがついていないか、調べるためのものらしい。

 マリウスのこともあったものね。

 やっぱりすごく警戒されている……?



 門を通されると今まで見えていなかった建物が現れた。

 どうやら魔法で視覚的に見えないようにされていたようだ。

 これほどまでの魔法を使っているということはきっと位の高いお方がお住まいになっているところだ。

 ソフィアが動じない様子で入っていくので、私たちもついていった。



 中に入るとさらに長い廊下を経て、広い大広間に出た。

 高い段の上に幕があげられたところに一つの豪華な椅子があった。

 これ、玉座だ。


 なぜ私がこんなところにと思うと脇の扉から人が入ってきた。

「トールセン」

「レオンハルト様! それでは私をお呼びになったのはレオンハルト様ですか?」

「ああ、いろいろと世話になったな」

「あのっ! ……そのことはご内密にと」

「申し訳ない。私ではなくオスカーが話してしまった。ソフィア殿もその一人だ」


 しまったぁ、オスカー様のことなんて考えてなかったよ。

 ポテトチップス、追加で送ったときにお願いすればよかった。


「何、それほど多くはない。

 リカルド殿もご自分の功績を広げようとはお考えではないからな」

 そうだった、レオンハルト様は私がクライン様の指示で手助けをしたと思ってらっしゃるのだ。

 ソルちゃんを利用しちゃったせいだから申し訳ないけど、クライン様が矢面に立ってくださって本当に有難い。



「こんなに早く教会にお帰りになるとは思っていませんでした」

 跡取りが出来るまでは帰さないとご実家と教会がもめていると聞いていたのだ。

「君に助けてもらった兄も長兄嫁と再婚したし、もし子が生まれなくても親類から養子をもらうことになった。

 今回の事件は私がいつでも還俗できる立場だったから起こったことなのだから」


 司祭までなら還俗することが許されていて、レオンハルト様はお母様の反対もあって司教に上がることが出来なかったそうなのだ。


 とても恐ろしいことだがあの事件の犯人の女性は、自分だけでなく長男の奥様にも妊娠しにくくなるお茶をずっと飲ませていたという。

 毎週お茶会に招いて、継続的に与えていたのだ。

 とても仲良くしていて、子どもが出来ないことを相談されては「こればかりは授かりものですから」とか、「お互いに頑張りましょうね」などと言っていたそうだ。


 余りの残酷さに言葉もなかった。

 レオンハルト様を手に入れるために、夫だけでなく義姉まで犠牲にしていたのだ。

 そのおかげで後継ぎはレオンハルト様というお母様の主張がずっと通っていたという。


 でもよかった。

 これで意に沿わない結婚をさせられて、学校講師なんかしなくてよくなるのだ。

 乙女ゲームの筋書とは違っているけれど、バッドエンドでレオンハルト様が殺人を犯すなんてことはもうない。

 それに私はモカやハルマさんが言うような、この世界がゲームの世界だなんてやっぱり信じられないもの。



 すると幕の向こうから小さく咳払いが聞こえてきた。

 レオンハルト様が慌てたように言葉をかけた。

「申し訳ございません。お待たせいたしました」

「よいよい。じゃが、わしもエリーと話をしたいのじゃ」


 幕の奥から聞こえてきた懐かしい声の主は真っ白いふさふさの眉毛とおひげのお方だった。

「久しぶりじゃの、エリー」

「ラインモルト様!」


 5歳から教会の奉仕活動を始めて、ほぼ毎日のようにお目にかかっていたラインモルト様。

 本当のおじいさまくらい、とてもかわいがってくださったお方。

 そのお顔を見ただけで、胸がいっぱいになって涙が込み上げてきた。


 ラインモルト様が手を差し伸べてくださったので、私は思わず駆け寄って抱き着いてしまった。

「よしよし。いろいろと大変な目に遭ったと聞いておる。よく頑張ったのう」

 私はしばらくラインモルト様にくっついて泣き続けてしまった。

 大きくて優しい手は私が落ち着くまでずっと頭を撫でてくださった。



「エリーよ、どうじゃ? この部屋に見覚えはないか?」

 見覚え?

 私は周りをよく見まわすとすぐに気が付いた。


「ニールの遺跡に似ています。柱の位置とか段差とか」

「そうじゃ。エリーならばすぐにわかると思っておったぞ。

 こんな風に打てば響く助手は他にはおらん。

 ここは教皇の間じゃ」

 ではあの玉座は教皇座なんだ。


「ではあの遺跡はやはり神殿ですか?」

「うむ、その可能性は高い。

 神殿というものは余程のことがない限り、形式を改めたりはせぬからのう。

 とくにこの教皇の間は古くから残っておるものじゃ」



 私がソフィアのドレスの参考にした壁画もそのニールの遺跡にあった。

 清らかな雰囲気がソフィアにピッタリだと思ったのはあの女性は神殿に仕える人だからかもしれない。

「でも発掘はまだまだ終わりそうになかったですよね? どうして王都に?」

「もちろん新しい司教に祝福を与えにじゃ」

 そっか、今は教皇様がいらっしゃらないから一番高い位の枢機卿であるラインモルト様が呼ばれたのか。



「エリー、レオンハルト様がこの度司教様になられるのよ」

 ソフィアがそっと教えてくれる。

「それは! おめでとうございます。これで本懐を遂げられるのですね」

 ずっと教会にいて、神に祈りを捧げお仕えすることはレオンハルト様の長年の望みだった。

 嬉しくて私がレオンハルト様を見上げると、以前よりも柔らかい表情で微笑まれた。



 しばらく立ち話をしていると成人したかどうかぐらいの年若い司祭が寄ってきて私たちにこう告げた。

「恐れながら猊下。別室にてお茶の用意が出来ております。どうぞご移動を」

「うむそうじゃな、エリー、行くとしよう」

 私の手を取ったラインモルト様の目線が私から逸れたら、その若い司祭にキッと睨まれた。

 声を出さずに口の動きだけで、「いつまでくっついているんだ」と言われた。


 ごめんなさい。

 でもつないだ手を振りほどく方がよっぽど不敬にあたるので許してください。


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2023/12/28

王座→玉座に訂正。

なぜこんな間違いをしたのかわかりません。

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