第315話 安全のために


 お茶会の席は私が入り口に近い下座に座ろうとするとラインモルト様に隣に来るように言われ、ちょっと困ったが従った。

 給仕の司祭様がギリギリと私の方を怒った感じで見てるんだもの。

 ちょっと怖い。

 同じテーブルにソフィアがきて、レオンハルト様、オスカー様が座られた。

 それから私のもう片方の隣にドラゴ君の席を用意してくれた。



「その幼子がそなたの従魔かの?」

「はい、ドラゴと申します。カバンの中にあと2匹おります」

「ほぉ、そんなにおるのか」

「実はもっといるんです」


 ドラゴ君にミランダとルシィを出してもらって紹介し、ほかにモカとモリーがいることも伝えた。

 シーラちゃんは冒険者ギルドに契約したことを登録していないので、今のところは言わないことにした。

 座席をもっと用意してとは言いにくかったので、ドラゴ君に2匹をカバンに戻してもらった。


 ミランダがカバンの隙間からこちらを見て、みぃと鳴いた。

 周りの雰囲気を感じて心配しているみたい。

 大丈夫だよ、あの人たちもよくわからない相手だから心配しているだけどよ。

 


 ただラインモルト様がドラゴ君に祝福の印を切ろうとしたときに、彼は断ってしまった。

「ぼくに人間の祝福なんていらない」

 ドラゴ君の言葉を聞いてその場に緊張が走ったが、ラインモルト様はニコニコしていた。


「すまんのう。子どもにはいつも与えておるものじゃから、ついそなたにも与えそうになった。許しておくれ」

「別にわかってくれればいい。

 魔獣は人間と違うことわりで生きているから、祝福が無駄になってはいけないと思ったんだ」



 ドラゴ君、すごく成長している!

 前だったらもっとケンカ腰だったし、そんなにちゃんと理由を話さなかったはずだ。

「気をつかわせたようじゃな」

「いいや、ぼくのやったことはエリーのやったことになるからな」

 ありがとう、ドラゴ君。なんかジーンときたよ。


「よい従魔を持っておるの。エリー」

「はい、みんな素直で優しくていい子ばかりなんです」

「じゃがかなり危ない目にも遭ったと聞いておる」



 どうやらラインモルト様はレオンハルト様のことだけでなく、マルト・ドロスゼンやマリウスについた悪魔のことを知っているようだった。

 さすがにグリムリーパーのことは知らないだろうけど。


「どうじゃ? 

 レオンハルトは司教になったことだし、彼の弟子として教会に入らんか。

 教会ならば悪魔の類は寄ってこぬ。

 聖女ソフィアのように学校にも通えるし、そなたを守れるぞ」

「それは……とても有難いお話ですが、私の命を救ってくれたクランやクライン様の仕事もございますので……」

「しかしリカルド殿の側にいても危険な目に遭ったと聞いておる」

「はい、ですがクライン様には最善を尽くしていただいています」

 使役虫を捕らえてくれたのも、マリウスが早めに手当てが受けられたのはクライン様のおかげだもの。



「ラインモルト様はクライン様とお親しいのですか?」

「親しいというほどではないが、手紙のやり取りはしておるな」

 そうなんだ、そんなことも知らなかった。


 私の疑問にソフィアがそっと教えてくれた。

「エリー、クライン様はこのヴァルティス王国でもっとも神に近しい光の精霊王の加護をお持ちだから、あの方に教会は最も高い敬意を払っているわ」


「我々はリカルド殿が近習の地位につかないならば、教会に入ってほしいんだ。

 彼こそ教皇になるにふさわしい人物だ」

「オスカー、それを言うならお前こそちゃんと司教になれ。

 そうすればお前がいずれ枢機卿になって支えられる」


「俺はただの祓魔士だ。それが性にあっている」

「わしは、そなたら志の高い若者に教会を背負ってほしいのう。

 さすがにわしも歳じゃからの」



 いま気が付いたけど、このテーブルにいる方々は私を除いてみんな教会の重鎮になる方々なんだ。

 ソフィアはもしかしたら王家に嫁ぐかもしれないけど、しなければ尼僧のトップになる。

 そりゃ周りの方々が私のことを、よく思わないはずだ。



「それに本当にわがままだとは思うのですが、私には卵から育てた従魔がいます。

 さきほど紹介したミランダとルシィです。

 クランからつけてもらっている子たちもいます。

 私にとってはこの子達は家族なんです。

 彼らが望まない限り離れたくありません」



 教会は身の回りのもの以外は私物を持つことは許されない。

 従魔なんてもってのほかだ。

 聖女であるソフィアですら持てないのに、私が持つことなんて絶対に許されない。


 レオンハルト様だってあんなにティーカップ・テディベアが大好きなのにそのことを公表しない。

 それは寄進を受けて側に置くことも、捨て置くこともが出来ないからだ。

 一番は寄進した相手に変な期待を持たせないためでもあるだろうけど。



 教会には魔獣はほぼいない。

 聖獣以外は許可なく立ち入ることも出来ない。

 入ったら多分殺されてしまうんだろう。


 聖獣であるソルちゃんはクライン様の従魔だから自由に出入りを許されているそうだけど、本来なら教会で保護されるはずだったと聞く。

 モカは聖獣だから申し出れば教会で保護されるかもしれないが、私の側からは引き離されるだろう。


 ドラゴ君がマスターのために離れていくのはいい。

 モカがエンドさんと暮らすために旅立つのもいい。

 みんなが自分の意思で自立して出ていくのもいい。

 でも誰も望んでないのに私のことで離れ離れになるのは嫌だ。



「ふむ、リカルド殿はそなたが断ると言っておった。

 じゃがそなたの安全のためなら頼んだ仕事のことは気にせずともよいと言っておった。よく考えよ」

「お気遣いありがとう存じます」


 周りにいる司祭たちがさらに不快そうに私を見てきた。

 私の発言を無礼だと感じたようだ。

 確かにこの国で現在最高の位にあるラインモルト様の有難い申し出を断ったのだからそれも仕方がない。


 私だってラインモルト様のこの申し出は破格の扱いだとわかっている。

 でも自分の安全よりも大切なものもある。

 それは私にとって家族やクランなのだ。


「急いで答えを出さずともよい。そなたに命令したいとは思っておらぬ。

 じゃがここにそなたを心配する年寄りがおることを忘れずにいておくれ」

「ラインモルト様……」



 この後、ラインモルト様が話を変えてくれてとても和やかなお茶会になった。

 ただレオンハルト様の音楽レッスンの終了を告げられたことは悲しかった。

 司教となったお方が、一平民に対してそんな特別扱いは許されない。

 それにもう大聖堂カテドラルに居を移していらっしゃるのだ。

 通学前に気軽に寄るなんてことは出来ない。


「これからもホーリーナイトは私が指導することになるので是非手伝ってくれ」

「かしこまりました。その時にモカも連れてきますね」

「モカがソレイユ様に連れられてタリスマンを持ってきたことは一生忘れない。

 本当に感謝してもしつくせない」

 お役にたててなによりです。




 その足でクライン様の別館に向かった私はお留守番をしてくれたモカにこのことを伝えた。


「ええっ! それじゃあ、乙女ゲームがおかしくなっちゃうじゃない‼」

「でもバッドエンドのことを考えると乙女ゲームなんか起こってほしくないよ。

 レオンハルト様は心から神さまにお仕えすることを望んでいるんだもの」


「まぁそうよね。元々はあたしがエリーにバッドエンドのことを言ったんだし」

「それに乙女ゲームは逆ハーにならなきゃ世界が滅ぶとかないでしょ?」

「それは大丈夫。戦争とかそういう重い話はなかった」



 そのあともモカはまだ何かブツクサ言っていたが、そっとしておくことにした。



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