第302話 初泳ぎ


 暗い気持ちから始まった夏休みだが私たちは精いっぱい楽しむことにした。


 せっかく水着も作ったことだし湖に行きたいと母さんに言うと、

「じゃあ、私も行くわ。湖底に咲く水ユリの採取依頼出てたから受けてくるわね」

「母さん、泳げるの?」

「水泳は騎士学部必修よ」

 そうなんだ。だったら資料のなかった女性用水着について知っているんだ。


「ねぇ、女性用の水着ってどんなのなの?」

「エリー、水着作ったんじゃないの?」

「作ったんだけど、ちょっと普通のとは違うの。あとで見せるけど」


 それで母さんの女性用水着を見せてもらうと、男性用水着と同じで頭から体まですっぽりと伸縮する魔獣の皮で出来ていた。それを着ると体にぴったりとするのだが、さらにその上に半そでの短めのチュニックを着るのだった。


「そのチュニックいるの?」

「実用的にはいらないけど、体のラインを見せないための物ね。

 女性騎士が泳いで魔獣討伐に行くことはほぼないけど、人命救助は必要なこともあるの。

 それでこの水着と、あとドレスや騎士服で泳ぐ訓練もしたわ」


「ドレスで? 泳げるの?」

「ううん、重くて沈んだ。

 それで他の生徒のドレスで溺れたヒトを救助する訓練にされたわ」

「そういうときどうするの?」

「ドレスを破いて無理やり脱がせるの。

 男子も小柄な男子生徒にドレスを着せて練習してたわよ」



 溺れる役って大変そうだ。

 母さんにそういうと笑って、

「その時は大変だったわ。

 でも溺れる人がどれだけパニックを起こすのかよくわかったの。

 助けに来た人に掴まろうとしてかえって危なくなったりするのよ。

 だから相手を落ち着かせるか、緊急の時は気絶させて動きを止めるわ。

 セードンのような水辺や海辺の子は泳げるけど、ほとんどのヒトは泳ぎを習う機会がないの。

 だから意外と救助活動の需要があるのよ」


 母さんも冒険者になってから3回ほど助けたそうだ。

 そういえばニールは鉱山の町だったけど、夏に子どもだけで川遊びに行って溺れたなんて話、聞いたことがある。

 あの町に友達がいなかったからそういう遊びに行ったことがなかったけど。



 母さんが冒険者ギルドの依頼を受けてきたので、翌日の朝湖に向かった。


 向こうについてから簡易テントの中で先に母さんが着替えて、そのあと私、ドラゴ君、モカ、モリー、ルシィ(ルシィは着替えないけど)がテントに入った。

 母さんを先にしたのは、着替えている間に襲われるといけないので、見張りをするためだ。


 私たちが着替えて出ていくと、母さんは初め絶句し、それからニコニコ笑い出した。

「エリー、すごいわ! セルキーにしか見えないわよ」

「もうっ! 母さんまで笑うの? 私は真剣に作ったのに」

「ごめん、ごめん。

 似合ってるけど、その格好だと人間の水泳の仕方は出来るかしら?」



 なんと! それは盲点だった。

 泳いだこともなかったし、泳いでるのを見たこともなかったから人間とセルキーの泳ぎの違いが判らなかったのだ。

 母さんに言われて腕を動かすのは何とかなったが、バタ足というものは出来なかった。


「後で人間の泳ぎ方を教えるけど、とにかく今はセルキー流の泳ぎで行きましょう。ルシィが教えてくれるのかしら?」

「きゅ!」



 ルシィはいい返事をして水の中に飛び込んだ。

 上手に特に下半身を使って全体を使って、水の中を縦横無尽に泳ぐ。

「きゅきゅ~」

 ドラゴ君に訳してもらうと「みんなも くるでちゅ~」だそうだ。


「エリー、ぼくらが付いてるから泳いでみようよ。

 頭をかぶれば息も心配なんでしょ?」

「うん、とにかく水の中の動き見たいし、やる」



 私はセルキーの着ぐるみ水着で顔まで覆って、水の中に入った。

 ルシィが私を見て前足を振っている。

(かぁたま こっちでちゅ)


 不思議なことに水の中だとルシィの心話が私にも聞こえた。

 どうやらルシィの魔力がアップしているらしい。

 私はルシィの体の動きを真似て動いてみるとちゃんと前進した。

 まだ慣れないのでそれほど早くはなかったが、これはそのうち慣れるだろう。


 周りを見ると、ドラゴ君とモカ、モリーが悠然と泳いでいる。

 セルキー流は慣れてないはずだが、みんな魔獣だから野生の勘で何とかなっているのだろう。



 しばらく泳いでいたら、私も段々慣れてきた。

 それでもルシィは私が付いてきてるか確かめながら泳いでいる。

(ルシィ、やさしいね)

(ミラねーたまが いつも そうしてくれるでちゅ)


 そういうとルシィは嬉しそうに私の周りをくるくると泳ぎ始めた。

 全身から泳げる喜びがあふれている。

 やはりセルキーは水辺の魔獣だから、陸ばかりの王都よりもこちらに適しているのだろう。

 私の従魔になったばかりに、もしかして我慢させていたの?


 今頃になって初めて気が付いた。

 このままルシィを私の側に置いていていいのだろうか?



 私の迷いが伝わったのか、ルシィが近寄ってきた。

(かぁたま こわいでちゅか?)

(ううん、大丈夫だよ)

(るー かぁたまとおよげて うれしいでちゅ)

 そういって、ルシィは私に抱き着いてきた。


 甘えてくれるルシィを抱きしめて、今は一緒にいられることを素直に喜ぶことにした。

 彼が大きくなったら、その時もう一度気持ちを聞けばいい。

 私の側にいてくれるならきれいな水辺に移住すればいいのだ。

 例のヒノモト国にきれいな水辺があったらいいな。

 

 ルシィと泳ぎながらそんなことをつらつらと考えていると、湖底の目的地に着いてしまった。


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タイトル:『錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください』

著者名: 詩森さよ

Illustrator:kgr

出版レーベル: カドカワBOOKS

出版社: 株式会社KADOKAWA


ISBN:9784041109564

価格:¥1,200

https://kadokawabooks.jp/product/renkinjutuka/322009000207.html


詳しくは本日の近況ノートに書かせていただきました。

よろしければそちらもご覧になってください。

https://kakuyomu.jp/users/sayokichi/news/1177354054935391748

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