第301話 家族会議3


「アリステア様が知っているということは私の情報を他に掴んでいる人がいるかもしれないってことよね」

 母さんはそうため息をついた。

 Aランク冒険者の母さんが少し震えていた。

「エリーの怪我でこちらに越してきたのは幸運だったんだよ、マリア」

 父さんはそっと母さんの手を取って慰めていた。


 私はハミル様から賢者の卵だと言われたことを話すかどうか迷った。

 そのせいでハミル様は天啓を受けて私たちの居所が分かったようだからだ。

 でも私にはそんな称号はない。

 王都でのジョブ判定でも、クライン様の『真実の眼』でも、そんなものはなかったのだ。

 もう少し確信が持てるようになってから話してもいいと思う。



「あのねハミル様は鍛冶神アウズ様の加護をお持ちで、そのおかげで教えていただいたそうだよ」

「そうなの? それでわかったのならまだ大丈夫かしら?」

「でも母さんは見つからない方がいいのは間違いないよね。

 以前の知り合いがそばにいるんだから」

「ええ、だから南か西に攻略に行こうと思うの。

 旅の商人の馬車の護衛をするつもりで依頼をチェックしてるわ」

「それならエリーもこのまま学校に戻らないでついていった方がいいんじゃないか?」

「そのことも相談したかったの」



 私はエマ様の話を、あの悲しい出生の秘密は伏せてすべて話した。

「このままだとまた虐待されてしまうかもしれないの。

 クライン様が気を配ってくれているけど、あの方はひどくお忙しい方だし、とても心配なの」

「うーんでもな、エリーが全部抱える必要はないんじゃないか?」

 父さんの言うことはもっともだ。

 でもあの事情で受け入れ先が簡単には見つからない。



「クラインは安心して養子に出せるところを探しているんだ。

エマはクラインの弱点だから金目当ての奴らだと利用されてしまうかもしれない。

エリーやぼくらに懐いているから、そういう意味でも安心なんだよ」

 ドラゴ君が補足説明してくれたが、私はもう一つ自分の思いを告げた。


「何より私がエマ様のお世話をしたいの。あの方が大好きなのよ。

 私はケルベロスのせいで当分大きくなれないし、一生子どもが出来ないかもしれない。ならあの方を育ててみたいと思ったの」


「ビリー様はそんな風におっしゃってなかったわ。エリーはちゃんと健康なはずよ」

「マスターは間違ったことは仰らないけど、いつ大きくなるかわからないもの。

 ちゃんと恋人ができるかもわからないし」

「父さんはその心配はしてないぞ。

 エリーみたいに愛情深いかわいい子はどこにもいないからな」

「そうよ、ほら魔獣商のロブ君と仲良くしてたじゃない」

「ロブはただの友達。お金持ちのご子息で今外交を兼ねた留学に行ってるの。

 それに私が成長しないなんて知らないもの」



 母さんはしばらく考えていたが、

「とにかくその方を養子にする件はまだ決めてしまわなくていいと思うの。

 それよりもエリーが後ろ向きなことが気にかかるわ。

 あのケルベロス、ドラゴ君が粉砕してくれてなければ地の果てまで追って討伐してやりたいくらいよ‼」

「そうだ、エリーはみんなを助けたんだ。卑下する必要なんかない!」


 私が思っていたのとちょっと違う方向に話が行ってしまった。

 でも実は思っていたより大きくなれないことが私の心に作用しているのかもしれない。

 元々小柄だったけど、周りのみんなと10センチ以上身長に差が付き始めて自分の状況をひしひしと感じるようになったのだ。


「なんかムカムカしてきたわ。

 王家のせいで逃げなきゃならないのもそうだけど、そんな奴らに負けて将来を悲観する必要なんてないわ。エリーはもっと人生を楽しまなきゃ」

「私楽しいよ。

 従魔のみんなとエマ様で一緒に遊ぶの。お揃いの水着だって作ったんだから」

「それも素敵だけれど、もっと晴れやかな気持ちになってほしいのよ。

 仕事が忙しすぎるんじゃないかしら?」

「でもエマ様の家庭教師は辞めないよ」

「やる前だったら反対したけど、今辞めたらその方もお辛いでしょう。

 でも次の方を探してもらうことも考えたら?」

「母さん!」



「エリーの将来は決して悲観するようなものじゃないわ。

 私はそのお方を養女にするのは難しいと思うの。

 未婚の母では好きなヒトができても相手に躊躇させることになるもの」

「でも本当に危ないのよ。

 今いない恋人の心配よりエマ様の安全の方が大事よ」

 ああ、本当のことが言えたらいいのに……。


「私たちは国から逃げるのよ。逃亡生活は決して楽なものではないわ。

 お心が弱ったご令嬢なら余計心を荒ませるかもしれない」

「私の気持ちは変わらないわ。

 エマ様が私を必要としてくれるなら、私はあの方を外国へ連れて行く」


「それもあるわ。外国へ子どもを連れて出るのは至難の業よ。

 小さい子がいれば必ず検問に引っかかってしまうわ」

「それで今回モカを連れてきたの。モカの特殊能力で移動ができるか試すつもりよ」



 私たちが言い争うのを見て、父さんが間に入った。

「マリア。エリーも落ち着いてくれ。今は俺たちがケンカしてる場合じゃないだろ。

 一番の優先順位が高いことはマリアとエリーの無事を確立することだ。

 今、国に素性を知られているのはマリアだけだ。

 アリステア様はご存じだが誰かに漏らしたりはしないと思う」

「……そうね。私がエリーの母だとわからなければ問題ないわよね」


「その次の問題は家族で過ごせないということだ。

 俺はマリアと別れるつもりはない。だから店を捨ててもマリアを追いかけるよ。

 でもこの国に留まるより外国へ行った方があとくされないかもしれない」

「これまでは辺境に行けばいいと思っていたけど、外国で加護なんか気にしないところへ行くのもいいかもしれないわね」

「外国へ行くなら商人が一緒の方がいい。俺はパン屋だが、商人の看板もある。

 二人で国外へ出て、行き先をエリーに知らせる。

 エリーが俺たちのところに来たいと思ったら来れるようにだ」

 母さんは頷いていた。


「俺はエリーを愛してくれるヒトがだれもいないなんて思わない。

 そしたらエリーはそのヒトとの人生を望むかもしれない。

そうなると俺たちと共に暮らしたいと思わないでこの国に留まる可能性だってある。

 そのご令嬢のこともエリーの夫になるヒトが一緒に引き取ってもいいと思うかもしれない。

 先のことの心配ばかりではなく、エリーにはのびのび育ってほしいんだ。

 自分の未来を信じて、未来を決めるといい」

「父さん……」

 ああ、私がエマ様に言ったことなのに、父さんに言われてしまった。



「もしかしたら、俺たちが一緒にいられるのはこの夏が最後かもしれない。

 だから大切に過ごそう。つまらない諍いで時間を費やすのは一番もったいない。

 いいな、マリア、エリー」

「うん、わかった。父さんありがとう。母さんもごめんなさい」

「いいのよ。私も悪かったわ。ちょっと焦ってたのね」


「この夏は俺たちがどこに行くのかを考える夏でもある。

どの国に行くのか、どれだけ費用がかかるのか計画する必要がある」


「それなんだけど、私の持ってるお金を使ってほしいの。

 学費は去年は無料だったし、今年も奨学金の枠にいるから半額なの。

 クライン様のおかげで残りのお金も払えるから安心して。

 あとはクランで働いた分が使えるわ。だから今あるお金を持って行って」


「エリーのお金には使えないよ」

「そうよ、それに学校はあと3年もあるんだし。

 借金すれば、それだけ国に拘束されるんだから」

「金は稼げばいい。道中だって稼げる。父さんに金はないが、本という財産がある。あれは売れば金になる。お金の心配などしなくていい」


 そうはいってももしどうしてもの時は使えるように母さんに私の口座を引き落とせる権限を渡すことにした。

 国境を超えるときに偽の手形が必要になるかもしれないから。


 今回の家族会議はこれで終わりにした。

 私たちは最後かもしれない夏を大いに楽しむことに決めたのだ。

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