第286話 王都の防御魔法


 壮行会の朝、私はモカに頼んでシーラちゃんの樹まで連れて行ってもらった。

 ロブのところへ行くことを伝えるためだ。

 シーラちゃんはまだ回復していないので深く眠っているようだった。

「シーラちゃん、今日ロブが留学に行くの。しっかり見てくるからね」



 私はクライン様が用意してくれた従者の衣装を身にまとい、髪をビアンカさんにもらったほんのりとマートルの香りする香油で撫でつけた。

「どう? 似合う?」


 白を基調としたジャケットと紺色の細身のハーフパンツに白タイツを履いた。

 インナーの無地のクラバットを結んだ。


 従魔全員が褒めてくれたが、ドラゴ君は少し苦い顔をしている。

「ずっと側にいたかったけど、とにかく側に寄れる一番近いところにいるから。

 何かあったら絶対呼んでね」

「ありがとう、ドラゴ君」



 ルシィは私の衣装が変わってもいつもの通りだ。

 私にくっついて甘えてくるのでそっと抱き上げる。

 モカ、ミランダ、モリーもくっついてきたので、モリーは肩にのせて他の2匹も抱き上げる。


「みんなが小さいからまだ抱き上げられてよかった」

「大きいのシーラぐらいだもんね」

「シーラちゃんは巻き付いてくれるからいいの」


 このままクライン邸までドラゴ君が転移してくれた。

「ドラゴ君、私を連れてセードンから王都まで転移するのって難しい?」

 実はセードンに行っても簡単に転移できるなら毎日エマ様のお顔を見に行こうと思ったのだ。


「そうだね。王都には魔獣の侵入を防ぐ防御魔法が張ってあるから直接クライン邸にはいけない。それにヴァルティス神の加護もある」

「ヴァルティス神の加護は何人たりとも寄せ付けない……あっそうか。私がヒトだから」


「そうだよ。でも魔獣を防ぐ防御魔法を張ったのはウィル様だから、僕やモカ、あとモリーなら王都への転移は簡単だよ。『常闇の炎』の召喚場に出られるから。

 でもエリーは連れていけない。あれは魔獣たちのためにウィル様が開けた道だから」

「そうなの……。残念」



 ただ一つだけ聞き捨てならないことがあった。

「マスターが防御魔法を張っているってどういうことなの?」

「人間との契約で他のヒト族を受け入れる代わりに、この国でスタンピードを防ぎ、王都に従魔以外の魔獣の侵入を防いでいるんだ。

 王都のダンジョンや森で自然に生まれるものは仕方がないけど、外から襲われることはないんだ。

 だから外から魔獣が遊びに来たいときはみんなウィル様の道を使って来るんだよ」


 あと卵なら入れるんだって。

 だから卵の入場審査が厳しいんだな。



「そんな契約しているのにどうして私たちは知らないの?」

「公にしてないんだ。

 王の力ではなく、魔族の力を借りてるのが知られたくないんじゃない?」


 これを聞くとますます国王が嫌になった。

 そこまでマスターに尽くしてもらいながら、こんな大切なことを黙っているなんて!

 魔族が魔獣の侵入を防いでいると知ったら、みんな魔族への偏見を見直すはずなのに。



 こんな話をしている間に別館に着いてしまった。


 朝が早いのでまだ眠っているエマ様の挨拶はやめにした。

 モカ、ミランダ、モリー、ルシィをパペットメイドさんに預けて、乗っていく馬車の元へ行く。


 御者はクライン家で長年勤められているカールさんでとても信頼のおける方だそうだ。


「おはようございます。本日お世話になるエリー・トールセンと申します」

「おはよう。話はリカルド様より聞いている。俺の隣に座れば特にすることはない」

「かしこまりました。触りませんので馬にご挨拶してもよろしいですか?」

「絶対に触るなよ」


 2頭立ての馬車でどちらもきれいな白馬だ。

 私がよろしくとご挨拶すると、向こうから寄ってきて顔をなめられた。

 どうやら気に入られたみたい。清廉スキル、さまさまです。


「おい、触るなと」

 カールさんに注意されそうになったがこちらに歩いてきたクライン様がいさめてくれた。


「よい、カール。馬がエリー君に近寄っているのだ。

 これでこの馬が暴れることはないだろう」

「リカルド様がそう仰せならば」


 私は自分に浄化をかけてからクライン様に近寄った。

「おはようございます」

「おはようエリー君。サミーはもうじきやってくるよ。

 彼は今日のために父上から正式な騎士として認めてもらったんだ」

「クライン様はご一緒でなくてよかったんですか?」

「ああ、いいんだ」


 そうなの? 

 そういうのって、普通一番仕えている主に見てもらいたいものじゃない?



 クライン様は白に白金の刺繍が前面に施されている、コート、ウエストコート、ブリーチズ姿で、今日も真っ白に光り輝いていた。

 肩に乗るソルちゃんも黄金色にキラキラしています。

 物理的に眩しいです。


(エリー、ソルおそでに はいっていい?)

 私がクライン様を振り向くと、

「出発までならいいよ。でも馬車には私と乗ってもらわないと困るな」

(リカ、わかったー)

 ソルちゃんはひよこになって袖に入った。

 本当にそこ好きなんだね。


 それでカールさんはもう座ってろと御者席を指さすので座って待つことにした。

 その間、ソルちゃんがお顔を出してこっちをみるので、突っつきながら遊んでいるとしばらくしてダイナー様がやってきた。


「お待たせいたしました。お気遣いいただき申し訳ございません」

「気にしなくてもいい。さあ行こう」

 ダイナー様はクライン騎士団の正式な制服を着ていた。

 白に紺を利かせたさわやかな色調だ。

 子どもだから勲章の数が少ないけれど、ダイナー様にとてもよく似合っていた。



 ソルちゃんが私の袖から飛び出し、クライン様と共に馬車に乗る。

 出発だ。


 馬車でクライン邸を出ていくとドラゴ君が手を振っていた。

 私もカールさんにわからないように小さく手を振る。

 きっとついてきてくれるのだろう。


 ほんの数分の距離なのに、とてもドキドキします。

 どうか無事終わってください。


 ヴェルシア様、どうか私たちをお守りください。


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 サミーは騎士爵は授与されていません。まだ子供ですからね。

 ただ騎士爵にふさわしい実力を持っていると判断されて騎士に任命されたのです。


 従魔契約している魔獣でも、ビリーの許可なく直接王都に転移することは出来ません。

 そとから来るためには彼らは王都に入るための門をくぐってこないといけないのです。

 仮契約でも魔獣にテイムされた印が入るので、それで確認しています。


 王都の中から外に出る転移は可能です。モカの従魔エンド救出の折にみんなで逃げ回っていました。


 従魔の仮契約については、モリーが冒険者ギルドに入るまでは仮契約でしたが、エリーの紋章が入っていました。モリーはアランカの森生まれだから今回の話とはあまり関係ないですが。

                  (第208話 ひよこ 参照)

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