第285話 壮行会の準備
モカの装備は思った以上に好評で、特に食いついたのはビアンカさんだった。
ハルマさんの描いたデザイン画を見せたところ、
「盲点だったワ。魔獣に着ぐるみ装備を着せるなんて。
しかも絵もうまいじゃない!」
さすがにビアンカさんにハルマノートを見せるわけにはいかなかったが、確かに彼の描くディアーナ殿下やソフィアは本物そっくりで素晴らしいのだ。
あの目のやり場に困る装備の絵でなければもっといいんだけど。
「で、そのコAランク冒険者なのよネ。
それで今まで組んでたパートナーが引退して変な女どもに絡まれてると」
「はい、ハルマさんは優しい方なので言いやすいんだと思います」
大人のハルマさんをそのコ呼ばわりはとちょっと思ったけど、こっちではまだ16歳だもんね。
「エリーちゃん、アタシそのコに会いたいワ。
それでもしアタシたちとやっていけそうなら、このクランに勧誘したいの。
ぜひ来年の繁忙期の武器防具デザインをやってもらいたいのヨネ。
どうかしら?」
それすごくいい!
『常闇の炎』は他の仕事もしているけれど、攻略や護衛もしている。
だからデザインの仕事が少なくなったら、そちらの班に行ってもらえばいい。
ハルマさんと同じAランク冒険者もほとんど魔族だけど何人かいるし、Bランクも多いから、攻略を一緒にする仲間にも困らない。
ハルマさんが女の人に絡まれなければ、シンディーさんも安心だろう。
怪我しても、引退してもその後の仕事のことを考えてくれる。
家族の仕事だって考えてくれる。
ユーダイ様がいたころの『カナンの慈雨』もそうだったらしいけど、今は冒険者になりたい人の受け入れが多いだけで、そこまでは面倒見てくれない。
そんな攻略クランはこの国にはここしかないのだ。
この話をハルマさんにすると、驚いていたが前向きに考えたいと言ってくれた。
「すごいね。さすが先代勇者。
そこまでの福利厚生は前世でもなかなかなかったよ。
シンディーも俺のパーティーメンバーが定まらないことを心配してるから、クランに所属もいいかもしれない。
実は『カナンの慈雨』からも誘われたんだけど、あそこ女の子も多いからさ」
ハルマさん、いいお返事待ってます。
まずはビアンカさんと面談お願いしますね。
あのダンジョンでのユリウス様騒動以来、穏やかに過ごせている。
これがずっと続いたらいいなぁとは思いつつ、そうはならない予感はしていた。
7月に入り、とうとうロブが留学する。
エマ様のお昼寝中に壮行会の打ち合わせをした。
王宮に出入りするには、なにかとお作法があるのだという。
クライン様から壮行会用の従者の衣装が渡された。
もちろん従者だから男装だ。
「いつもの制服では入れないからね。
少しはプロテクトの付与を入れておいたが、それ以上はやめてほしい。
王宮は魔法効力の強いものは排除されるところもあるから」
そういえばエドワード王子のお茶会は制服だったけどお庭しか入らなかった。
建物の中は別の防御魔法が効いているのかもしれない。
「手首に巻いている聖属性の杭はよろしいでしょうか?」
王宮内ではさすがにドラゴ君を連れてはいけない。
それで私の帰りを外で待っていてくれるのだが、ものすごく心配している。
ちなみにおつきの従者用に帯剣が許されるのは一人。
つまりダイナー様だ。
「見せてもらっても?」
私が杭を1本差し出すと、クライン様はそれを手に取りじっと眺めた。
「素晴らしい付与だ。
当たり所さえよければかなり強力なアンデッドでも倒せるだろう。
これだけ清らかならばソルがいつも袖口にいたがるわけだ」
「いかがでしょうか?」
「本来ならば許してはいけないのだろうが、エリー君は清廉スキルの持ち主だ。
誰かを傷つけるために使うことは出来ない。
ソルも落ち着くだろうし、この杭だけ許可しよう」
「ありがとうございます」
「この付与をかけたのは誰か教えてもらえるかな?」
「申し訳ありません。私も知らないのです。
裁縫頭のビアンカからもらったのですが、ビアンカ自身は聖属性ではありません」
「そうか……、これだけの能力者なら悪魔の討伐にぜひ力を貸してもらいたかったのだが」
「頼めば杭を作っていただくことは出来ると思いますが」
「いやそれではダメなのだ。
ただの聖属性の杭ならば私でも聖女ソフィアでも作ることは出来る。
この杭に入っているのはそれだけではない」
「といいますと?」
「悪魔には聖属性が効くのは確かだが滅するまではいかない。
滅するためには祈り、願い、愛が必要になる」
「祈り、願い、愛……」
「欲の絡まない混じりけなしのものだ。
親の愛が子を悪魔から救い出した逸話もある。
君やモカ君のマリウス君に対する友愛が真実のものだったからうまくいったのだろう。
レオンハルト殿に貸与したタリスマンもよくできていた」
「特別なことをしたとは思っていません。
私たちはマリウスを救いたい一心でしたし、レオンハルト様もそうです」
「君が優れた付与師なのはよくわかっている。
私も付与はできるが君ほど純粋な思いや願いをつけられない。
この杭も同じように人々を守ろうという深い思いがつけられている。
多分君のためなんだろうが、これだけの付与をつけられる人物を味方になってもらえると心強い」
「……そうですね」
付与をつけてくれたのは、きっとマスターだと思う。
でもはっきりしていないし、なんとなくビアンカさんに聞けない感じなのだ。
グリムリーパーを倒した後、杭の力は元にいや、さらにパワーアップしていた。
でもマスターは、また行ってしまった。
私、なんだか避けられているような気がする。
何かいけないことをしたんだろうか?
「私がお約束することは出来ませんが、きっと今のまま人間と他のヒト族が仲良くやっていければ敵になることはないと思います」
「君がそう言ってくれると、安心だ」
側に控えていらしたダイナー様から、
「トールセン、あまり時間がないから今のうちに手順をさらっておこう」
そうだ、エマ様をずっと眠らせておくわけにいかない。
私の役割は御者の横に乗って、ドアをあけクライン様を次期近習にふさわしく威厳を持って乗り降りしていただくことだ。
その際にソルちゃんを受け取ってクライン様とダイナー様の後についていく。
式典の間はずっとソルちゃんの止まり木として立っていること。
ダイナー様が前に立っているのでものすごく目立つということはないはずだ。
気を付けないといけないのはソルちゃんが私といるとひよこになって袖の中に入りたがるので、そこを我慢してもらうことだ。
ソルちゃんにこの杭が大好きなんだねと問うと、
「ソル、エリーもだいすきー」
嬉しいことを言ってくれます。
この式典では留学生たちを祝福するために、クライン様がソルちゃんと一緒に『癒しの光』を放つという。
以前ホーリーナイトで見せていただいたことがある。
『癒しの光』は強い聖属性の力を持つクライン様だけの祝福魔法だ。
ただし、神や精霊のような永続的な祝福ではなく一時的なものだ。
でもこれを浴びると、怪我や病気が治るのだという。
だからこの壮行会へ参加の申し込みが殺到しているそうだ。
病気の家族を連れてくるヒトもいるらしい。
ただ留学生たちが病気にかかってはいけないので、その席は少し離れたところに設けられるそうだ。
この『癒しの光』はクライン様の意思では基本的に使ってはいけないそうで、国王命令があるときだけ使用できるそうだ。
「そうしないと、リカルド様を『癒しの光』を放つためだけの存在にされてしまうからな」
ダイナー様のご心配、よくわかります。
今の仕事以外にそんなことしてたらクライン様がもたなくなってしまう。
従者になって、クライン様が三殿下のお世話係だけでなく、クライン家の
現近習のクライン伯爵は国政で手いっぱいらしく、奥さまのアナスタシア様にはできないというか、別の不具合が生じるそうなのでクライン様がやらざる得ないのだ。
それとクライン様は、ご両親とはすごく仲が悪いようだ。
ダイナー様の話ではクライン伯爵は真面目で仕事熱心な方のようなのだけど。
これは私の推測だけど、伯爵はその鬱憤を女性関係で晴らすお方らしくそこが嫌われているみたい。
なぜこの推測ができたかというと、書類の片づけを手伝ったときに伯爵の愛人につかわれた領収書がわんさとあったからだ。
収入も多いからって、そんなの息子として絶対見たくないよね。
お察しします。
アナスタシア様は子どもをほったらかしにして、夜会に繰り出すような方だから言う必要もないだろう。
不具合ってお金遣いが荒いとか、すぐ人を解雇するとかだろうな。
実際そんな書類見たし。
私はできうる限り、エマ様のお世話しよう。
きっとそれがクライン様の安心にもつながる。
あとは、従者の時は髪を耳にかけて目にかからないように撫でつけておくようにも言われた。
顔をかくすような姿はかえって目立つらしい。
王の前では何事も隠してはいけないのだ。
ジョシュの眼鏡、あんなに分厚いと王宮向きでないのかもしれない。
とにかく儀式の手順も従者のマナーも取り立てて難しいことはなかった。
だけどなんだか胸騒ぎがする。
ヴェルシア様、どうか無事式典が終わり、ロブが安全に旅立てますように。
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ビアンカさんの語尾がちょっとおかしかったので修正しました。
(9/12 18:10)
「聖なる光」を「癒しの光」に変更しました。
(2022/4/20)
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