第252話 錬金術の授業


 とうとう待ちに待った錬金術の授業です。


 担当は平民の女性の先生だ。

 栗色のタップリした髪に、ちょっと目つきのきつい赤い目の美人だ。

 それとなかなかの凶器な胸元をされている。

 シンディーさんが気絶しないまでも、落ち込みそうなヤツです。



「初めまして、私はアンジェリカ・ロードセン。

 5年前にエヴァンズを卒業し、王宮に勤めていましたが今回こちらのクラスの指導を拝命しました。

 昨年フェルゼン賞も受賞しています。どうぞよろしく。

 あなたたち4人は昨年から同クラスと聞いているから、自己紹介はなしで結構」


 私、クライン様、ダイナー様、メルの4人は目をぱちくりした。

 先生に対する自己紹介もいらないんですね。



 フェルゼン賞というのは、この国の伝説的な賢者フェルゼン師の名前を冠した賞で優れた錬金術の技の持ち主に贈られるものだ。

 平民ながら受賞できるということは、すごい能力者なのだろう。


「錬金術というのは、はじめは金の製造を目的として……」

 うんうん、教科書で読みました。


「というのなんだけど、はっきり言うわ。教科書に書いてあることぐらい自分で読みなさい」

 えっ? まぁ読んだけど。


「錬金術はイメージと実践あるのみ。特に重要なのはイメージする力。

 それがないものには未来がない。

 自信がないならとっととこの教室から出ていくといいわ」

 もちろん誰も出ていかない。

 でもメルはちょっと怯えてる。



「できれば錬金術師になる気もない近習様や騎士にも、とっとと出て行っていただきたいわね」

 ええっ! クライン様とダイナー様にケンカ売ってたの?


「おや、先生は私が錬金術師になるのは反対ですか?」

「あなたが、実力のある錬金術師を教師としてほしいというから私がここに送り込まれた」

 ロードセン先生は教卓を強くたたいた。



「……先生。確かに私は優秀な教師を求めました。

 でもあなたが選ばれたのは能力ではなく、平民だからでもなく、あなたのその態度だと思われます」

「なんですって!」


 うん、なんかわかるような気がする。

 まず未来の近習になるクライン様にこんな風に突っかかってる時点でアウトだ。

 この調子で王宮でやってたら、きっと睨まれるだろう。

 クランの魔道具技師のアリルさんがいい例だ。


 でもクライン様にしては親切だ。こんな風に教えてあげてるんだから。

 きっと先生の能力を買ってらっしゃるのだろう。



「あの……」

 私が手を挙げると、ロードセン先生はキッとこっちを睨んだ。

「申し訳ございません。この時間は私たち平民には借金になります。

 どうか授業をお願いいたします」

 マリウスが昔言ってたことだ。


 すると先生はハッと我に返って、

「そうでした。私も半額とはいえ奨学金を返しました。あなたもそうなのね」

 おっと、首席様でしたか。

 ちょいちょい優秀アピールが入ってくるけど、悪い人じゃなさそうだ。



「まずはあなたたちの魔法特性を知りたいわ。

 つまり付与、魔法陣、錬金のどの分野に得意不得意があるかってことよ。

 得意分野があるということは強みではあるけれど、手を抜きがちにもなるものなの」

 なるほど、できると高をくくっていると痛い目を見るってことですね。


 初めにしたのは、魔石の扱いだった。

 魔石には魔法属性を持つ魔石と、そうでない魔石がある。



 属性を持つ魔石は別名精霊石ともいう。

 私がベルさんの店で買わず、スウィフトさんの店で買ったあれだ。


 聖属性以外が見つかっていて、火は赤、水は青、風は緑、土は黄色、闇は紫なの。

 これは魔法能力のある魔獣の体内か、魔石のでる鉱山で出てくるもの。



 そうでない魔石というのは、魔法を付与できる石のことだ。


 私のリボンカチューシャは、宝石に付与して属性を持たせてあるものだ。

 あの中で一番レアなのが、樹属性を付与してあるエメラルドだ。

 樹属性は、神か精霊か精霊に近い能力のあるハイエルフしか持ってないとされている。

 モカも持ってるけどね。


 他の属性付与なら魔法能力のあるヒトでもできるけど、あの石だけはハイエルフが付与したんだと考えられる。

 外で使ってみてもできないんだけど、モカのシークレットガーデンの植物だけには少しだけ樹属性の魔法が使える。

 出来たのは開花だけだけど。



「まずはこのからの魔石に自分の属性魔法を付与してごらんなさい」


 この付与は簡単。付与というよりも魔石に自分の力を注ぎこむ感じだ。

 私は風、水、土の3つ。

 すぐできました。


 クライン様は樹属性以外はすべてお持ちなので、6つ。

 他の人にない聖属性の石が特に美しい。


 ダイナー様は風と土。


 メルは風。



「これは出来て当たり前のことだから、できたからって喜ばないでね。

 では次に魔石に魔法陣を付与するわよ。

 ここにいるほとんどの人が火属性じゃないから、着火の魔法陣がいいわね。

 もちろん描けないとは言わせないわ」


 はい、授業でやりました。

 私はグリモワールに入ってるから、思い浮かべるだけで魔法陣を起動できるけどここは描いた方がいいよね。


 ものすごく簡単。

 正確に円を描いて、その中に呪文を決められた場所に書くだけ。

 着火は単純な魔法なので、中心でいい。

 ただ描く紙が専用紙じゃないとダメで、ちょっと高価なのです。



「描けたわね。では空の魔石に魔法陣を付与してみて。

 さっきの魔力を注いだ時の感じで、魔法陣を注ぎ込みように入れればいいわ」

 こういう作業はクランの魔道具製作でよくやったから得意です。

 私の場合は転写するイメージだけど。

 先生の見本が外側に貼る感じではなく、中に入れてるみたいだ。確かに注ぎ込むだな。


 うん、できました。

 もちろんみんなも出来ています。

 次に燃焼の魔法陣を魔石に注ぎ込んだ。



「ではこの二つを錬成して、着火と燃焼の魔石にします」


 先生が錬成布を配った。

 クライン様も学校のを使うらしい。


 先生がまず見本を見せてくれる。

 錬成布に二つの魔石を置き、手をかざす。

 魔力がまるで混ぜ込んでいるように揺らぐ。


「錬成」


 錬成布の魔石が輝き、一つの魔石になっていた。



「これでこの魔石は、着火と燃焼が付いています」

「先生、着火と燃焼の魔法陣を描いてそれを付与したものとどう違うのですか?」

「この程度の魔法では違いはありませんが、ほかの魔法で応用できます。

 今までにない組み合わせの錬成が出来ることがメリットです」

「デメリットは?」

「イメージと魔力が足りなければ、失敗が多いことです」



 私たちもやってみた。

「「「「錬成」」」」


 私とクライン様、ダイナー様は出来たのだが、メルの錬成布は光らなかった。


「困りましたね。この程度できて当たり前なのですが」

 先生の冷たい声がメルを焦らせる。


「どうしよう……」

「メル、薬作るときに一気に水を入れると混ざりにくいことあるじゃない?

 あんな感じで徐々に魔力でよく溶かす感じ」

「うん……」


 メルがイメージが強く思い浮かべたのか、時間はかかったけどできた。



「ほかの生徒に教わってるようじゃダメなんですけどね。

 まぁいいでしょう、次は……」


 ロードセン先生は、どんどん授業を進めていった。

 まさかの分解ディスサンブリー分体フィシャンまでさせられた。

 これって1学期の終わりくらいにするんじゃないかな?

 

 魔石の分解も薬草の分体も私にもできなかった。

 ほかの2人も。


 でもクライン様は出来たんだ。

「ふん、さすがね。物体の構造まで見通すなんてね」

 先生が悔しそうに爪を噛んだ。


「そういうスキルを所持していますから」

 クライン様は余裕の笑みを浮かべた。

「まぁ、これは出来ないのが普通だから心配いらないわ。

 たまにこういう特殊なヒトがいるからできないと書けないだけです」


「先生、できる人はどういう方ですか」

 私が質問すると、

「そうですね、クライン君のような『真実の眼』や魔族の持つ『魔眼』、あと鑑定、解析、認知スキルなどが賢者クラスまで成長しきることかしら。

 普通の人間にはできません」

 つまり、ちろっと生えた真贋スキルくらいじゃダメってことですね。



 初日の駆け足授業すごかったです。

 ついてこれなくなったらそれまでって感じだ。

 私はこの分野得意みたいだけど、メルは先生の威圧的な目に慌てるみたいで時々失敗していた。


 でも今日はまだ簡単だったし、なんとかメルも言われたことをこなして終わることが出来た。



「メル、大丈夫」

「な、何とか」


 あれ、弱ってると思ったけど、思ったより元気そう。

 というか、口元に締まりがないような……



「ロードセン先生、すごくきれいなヒトだね」

「うん、そうね」

「僕、こんなに好みの人に会うの初めて……。だから緊張しちゃって」


 ええっ!メル、先生のこと好きになっちゃったの?


 どうしよう、リアにあわせる顔がない。

 そんな気持ち、私に言わないでよ!



「エリー!」

 私はメルにガッチリと両手を握られた。


「ぼく、すごく頑張るから、これからも勉強教えてね」

「う、うん」

 肯定するしかなかった。


 メルって、こんなに力あったの?

 怖いです。



「メル君、エリー君が驚いているよ」

「カールセン、手を放せ」


 クライン様とダイナー様がそう指摘してくれて、メルは手を放してくれた。

 うわぁ、赤くなってる。

 女の子たちからかわいいって言われてるけど、やっぱり男の子なんだなぁ。


「すまないね、彼女は以前レント師の教えを受けてたんだ。

 私が途中で個人教授してもらっていたからか対抗意識を燃やされていてね。

 今後もこの調子だと思う。私もサポートするよ」

「ありがとうございます!クライン様がそうおっしゃってくださると百人力です」


 そういって、メルはスキップして帰って行った。



 クライン様は私の赤くなった手首に、魔法をかけてくれた。

「冷やせ(チル)!」

「あの、ありがとうございます」

「メル君にしては興奮状態だったからね」

「次からは俺が止めよう」

 ダイナー様も助けてくれるらしい。

 ご面倒おかけします。



 最近どこを向いても、恋模様だ。

 私のロブへの気持ちは固まっていないのに、みんながどんどん大人になっていくようで置いて行かれたような気がした。



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2023/8/26

なぜか私の中でヴィヴィアン先生がアンジェリカ先生に変わっていました。

後半がほぼこの名前になっていますので、こちらを修正いたします。

申し訳ございませんでした。


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