第250話 押してもダメなら引いてみる


 マリウスが名残惜しそうにエリー(正しくはモカ)を見送るとメアリーが言った。


「私、マリウスが魔獣好きなんて知らなかった」

「言わなかったっけ? 俺、子供のころから魔獣図鑑見るのが好きでさ。

 エリーの従魔って変わってるの多いし、モカはヒトなつっこいからかわいいんだ」

「確かに。ケット・シーだってなかなかのレアな存在なのに、ティーカップ・テディベアにカーバンクルだもんね」


 ジョシュは心の中でスライムの特殊個体のことも思い浮かべたが、いうべきではないと思った。それはマリウスもアシュリーも同意見だった。



「でもトールセンさんって本当にすごいよね。

 彼氏が留学するっていうのに元気そうだし」

「「「彼氏?」」」

「あら、知らないの? 学院3年のロバート・ディクスンさん。

 女の子を寄せ付けないディクスンさんと毎週のように会ってるのよ」


「へぇ、知らなかった」

「ディクスンって王都一番の商人のか? ジョシュは知ってたか?」

「従魔友達の先輩に会いに行くって言ってたことはあるね」

「それなら俺も聞いた」

「ああ、あったな。そんなこと」



「でも留学ってできるのか?」

 マリウスとアシュリーが情報通のジョシュの方を向いてくる。

「国賓としてならいける。ティムスンの方が知ってるんじゃないのか?」


「実はね、公爵家の方が行かれるのについていくそうよ。

 うちの店にはあちらに手土産するアクセサリーの注文が入ったの。身分の低い方に渡す分ね。

 もっと高級なのはディクスンさんの宝飾店で作ると思うけど

 でもこれでディクスンさんが花形文官になるのは間違いないわ」

「ふーん」


 花形文官になれば、平民は叙爵される。

 つまりその妻になれば、貴族になれるのだ。



 ジョシュはこんなに簡単に店での依頼の話をするメアリーに苛ついた。

 エリーの恋路なんてどうでもよかった。

 彼女は浮ついた態度をひけらかしてジョシュを不快にさせないから。


 でもメアリーの態度は気に入らなかった。

 マリウスの目がエリー(正しくはモカ)に向いたのが気に入らなかったのだ。

 そのために店の情報を話してしまうのは軽率で、ジョシュは絶対にメアリーの店で買い物しないと心に誓った。



 この話題はジョシュを苛つかせた。

 実はジョシュ自身がその留学に行きたかったのだ。

 留学すれば国外にはローザリアは付いてこれないので、自分の姿ユリウスに戻れるからだ。

 しかし父親に打診してもらったら、国王に一蹴されてしまった。


「ユリウスの美貌と能力は他国の王族に目をつけられてしまう。

 彼にはこの国で活躍してほしい」



 ロシュフォール公爵家のアキレウスが行くペルーゼ公国は、貿易の盛んな都市国家でありいろんな国の留学生が来ていた。

 一応中立国と謳っているが最近台頭してきた西サオン帝国の影響が強く、実質留学生は人質である。


 ジョシュは、国王の義妹の子どもだから行く価値を見出してもらえると思った。

 なのに当てが外れてひどく落胆したのだった。


「ミューレンの娘など、どこぞに縁付けば大人しくなる」

 その程度で話が終わってしまったのだった。

(あいつがそんな甘いもんか! 

 もしかしたらリックの母親みたいなことをするかもしれないじゃないか!)



 ジョシュ、いやユリウスは真剣に暗殺ギルドを探すべきか悩んでいた。

 だが剣聖である使命を帯びたユリウスがそのような組織とつながることは、天から選ばれた使命に反することではないかとずっと葛藤していた。


「ジョシュ、どうかしたのか?」

 アシュリーが目ざとく聞いてくる。

 彼はなかなか周りをよく見ており、気持ちの変化に敏感なたちだった。

 ジョシュは気を引き締めねばならないと常々感じていた。


「ううん、なんでもない」



 そういうジョシュの葛藤に気が付かないメアリーは、ロバート・ディクスンがいかに優秀で美形で金持ちなのかとマリウスに言い続けていた。


 マリウスはふんふんと聞いていたが、

「メアリーってそういう男が好みなのかぁ。いいとこのお嬢さんだもんなぁ」

 そういってにっかりと明るい笑顔を浮かべた。


「えっ、違うわよ! 私はトールセンさんの好きなヒトの話をしてるの」

 周りのみんながマリウスの鈍感さにおののいた。

 まさか、メアリーの好意に気が付いていないのか? とその場にいた全員驚いた。



 取りなすようにアシュリーが聞いた。

「マリウスはエリーの恋人が気にならないのか?」

「あんまり」

「結構冷たいな」


「そうか? エリーは決まったらちゃんと教えてくれると思うからさ。

 俺もクライン家の騎士見習いになって初めてわかったんだけど、どこかの専属になるって大変なんだ。

 クライン家の騎士団は特に厳しい。俺に他のことに心を砕いている暇はないから」


「ああ」

「俺は騎士になるんだ。それまでは脇目も振らずに頑張りたい」

「……」

 真剣なマリウスの言葉にみんな返す言葉がなかった。



「だから休みのときはみんなと思いっきり楽しみたいんだ。

 それでみんなとピクニック行きたかったんだ」

「そっかー。じゃ他のみんなも行こうよ」

 メアリーが周りの子を誘い、ジョシュは断ったがアシュリーや他の少年少女も参加することになった。



 メアリーはマリウスがちょっと真面目過ぎるとは思ったけれど、彼の真剣な思いを応援したいと思った。

 ついエリーを牽制しようとしてしまったけど、メアリーの二人の姉たちは押せ押せばかりじゃだめだと言っていた。

 時には引いて自分が味方であることをアピールしなくてはならないと教わっていた。


「私、マリウスの夢、応援するね!」

「ありがとう、メアリー」



 恋に前向きな乙女は、いつの世も強いものである。


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 メアリーさんは普通の子なので、美少女エリーが突然フリーになることに恐れを感じてるんです。2年は長いですからね。

 だからついやっちまいそうになったんですよ。


 こういう空気を読んでサッと態度を改められるのは、お店屋さんの子だからかなぁって思ってます。

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