第241話 『常闇の炎』の服飾部門


 お茶会の後に、ソフィアに残ってもらったのは他でもない。

 昨日裁縫ギルドから引き取ってきたあのドレスを着てもらうためだ。


 ビアンカさんやターシャさんや裁縫室のお姉さま方はみんな私の1級裁縫師試験合格を喜んでくれた。

 それでぜひドレスのお披露目をしてと言われたのだが、トルソーに着せただけでは本当の美しさはわからないとビアンカさんに言われた。

 だからお茶会終わったらソフィアにあのドレスを着てもらうことになったのだ。



 本当に合格できてよかった。

 これで私も裁縫室で手伝える。

 実は裁縫室の皆様は全員1級なのだ。1級でない人はビアンカさんの助手はしていない。

 だから私もずっと手伝っていなかった。


 ビアンカさんのイメージを形にするには裁縫師本人のセンスも要求される。

 仕事のレベルがものすごく高度だからだ。

 自分で独立できるのに皆様していないのはそれだけビアンカさんの仕事が勉強になるということだ。



 仕事をしているビアンカさんは本当にカッコイイ。

 普段はお姉さまなんだけど、仕事の時は男性的だ。

 的確に指示を出し、問題が出てきてもすぐに対応するし、困ると相談にも乗ってくれる。

 そして古風なものから最新型までデザインできる。



 どうしてそんなに発想力があるのか尋ねると、

「アタシはみんなより長生きなの。だから知識も経験もとっても豊富なのヨ。

 みんながつまづくようなところは大抵乗り越えてるの。

 それにネ、流行は生き物だというけれど、結局は前に流行ったものが少し形を変えてまた流行るのヨネ。

 エリーちゃんの古代風ドレスもそう。

 壁画に残るくらいだから当時も流行っていたのヨ」


「まさかその当時をご存じなんですか?」

「ウフフ、ナイショ」

謎めいた微笑みは気持ちを読み取ることはできなかった。



「本当に美しいものは、一時すたれてもまた愛されるものヨ。

 アタシはそれを知っているだけ」

 だからちょっとズルしてるのと笑った。


 ビアンカさんがどのくらい生きていたのかわからないけれど、知ってるだけではこれだけのことはできない。

 やっぱり発想が豊かでこの仕事が好きなんだと思う。



 裁縫室はデザインから仕立てまで一貫してできる人ばかりだけど、『常闇の炎』にはもちろん2級以下の裁縫師の方もいる。

 この方たちは職人室の方にいらっしゃる。

 私なんかよりもっと細かい縫い目で丁寧な仕事をされる人が多い。

 でも彼らはデザインには興味がないから、1級は受けないんだって。


 彼らは彼らですごい専門家ばかりだ。

 私の手芸の神であるターシャさんはこっちにいることもある。

 一心不乱に作業するときはこっちのほうがいいのだそうだ。



 私が1級取れなかったときに、職人室の仕事を手伝おうとしたら、こっちは雑用が多いからデザインの勉強しろとあまりさせてもらえなかった。

 同じ作業が続くと頭が固くなるからとのこと。

 そんなものなのかな?


 でも確かに大量につくる制服などの仕立ては彼らがやってくれてるし、ドレスに必要な花飾りが100個いるとなったら彼らが作ってくれる。


 裁縫室の方が華やかだけど、職人さんたちの細かい仕事があってこその華やぎだ。

 裁縫室と職人室の力が合わさって、『常闇の炎』の服飾部門は成り立っている。




「聖女様にお目にかかるのスゴク楽しみだワ。エリーちゃんの本当の友達だからネ」


 ビアンカさんの微笑みに私ははっと我に返った。

 そうか、ソフィアに会ったことないんだ。

 ビアンカさん、ヴァンパイアだもんね。

 そんなところは一度も見たことないけど。

 ソフィア、ビアンカさんを滅したりしないよね?



 それにしても私とユナの話はちゃんとしてないのに、ビアンカさんなんとなく察しているんだな。

 そりゃそうだよね。

 私、ビアンカさんがユナに美容講習している間、一度も近寄らなかった。

 忙しいのもあったけど、友達に対する態度じゃないよね。



 今年のユナの成績は進級ギリギリだったってアシュリーから聞いた。

 でも今やってる舞台でのユナの歌は結構好評だそうだ。

 次の舞台にはセリフのある役が来たんだって。

 私みたいにスキルがありすぎて器用貧乏になってしまうより、自分の伸ばしたいスキルを的確に伸ばしていくのはとても効率がいい。



 ただビアンカさんは冷静だ。

「ユナはネ、今はいいのヨ、子役枠だから。

 あと4年もしたら大人の役デショ。

 アレーナや他の女優たちと役を取り合いになるの。

 若い新人女優は食い物にされやすいから注意が必要だワ」


「アシュリーが言うには今はとにかく名前を売って固定ファンをつけたいってことだそうです」

「そうネ。でも子役のイメージが付きすぎると、大人の役が来づらいのヨネ。

 子供が無理して大人やってるみたいに見えるから」

 なるほど、難しいんだな。



「それで役が付かなくて結構無理する子多いの。

 賢い子なら堅実なパトロンをつけて教育してもらいながら待つんだけど、街のごろつきと付き合っちゃう子もいるのヨネ。

 そういうやつって初めは羽振りよくサポートするって顔して、後で本性だしてヒモになるの」


「ひも?」

「女に養ってもらうことだけを目当てに付きまとう男のこと」

「それなんか嫌ですね。付き合う人は気を付けないといけませんね」

「アラ、エリーちゃんは心配いらないワ。

 アタシもマスターも、あなたの従魔たちも絶対に許さないから」

 私の心配はしてなかったんだけど、でもそうか。誰でも引っかかるかもしれないんだな。


「そのことユナには?」

「もちろん言ったけどネ。4年も先だし覚えているか怪しいワ」



 うーん、でもユナにはアシュリーやケインがいるし、何とかなるかな。



 それと素晴らしいニュースがあった。

 今年はあのカタログを作らないというのだ。

 やったぁ、あれ面白いけどすごく疲れちゃうんだよね。


 理由を聞くと、

「あのカタログ、エリーちゃんが可愛すぎて譲ってほしいって言われちゃうのヨネ。

 ウチから持ち出せない魔法をかけてあるから大丈夫なんだけど、複写スキルをもつやつに見られると困るからやめにしたの。

 見せた人でスキル持ってる人はいないから安心してね」



 でも私の型でドレスは作るらしい。

「せっかくエリーちゃんに何着せてもいい権利があるんだもの。活用しないとね」

「ええっ!あれって1回じゃないんですか?」

「ユナの美容講習、3回したの。だからあと2回ね」


 そ、そうなの?

 何着せられるんだろう……。やっぱり怖いです。




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