第237話 1学年末試験の後

 今日で学校の学年末試験も終わった。


 今回は1位難しいかもしれない。


 筆記試験は自信がある。

 私は聞いたもの、見たもの、書いたものを基本的には忘れない。



 だけど……最終日の最後の試験、攻撃魔法はひどかった。

 試験方法は簡単で、習った魔法を使って相手の攻撃を防いで逃げるだけ。

 応用はしてもいい。


 相手はくじ引きで、なんとも運が悪いことにクライン様だった。

 なんで一番魔力の少ない私が、一番魔力の多い人と当たるのかな。


 習った魔法に魔法陣は含まれなかったのでサンクチュアリは張れなかった。

 目くらましになるような方法を使ってと思ったが、真実の眼を持つクライン様に目くらまし?

 一体どうすればいいのかわからなかった。


 それで魔力を総動員して攻撃して、クライン様が防御している間に先生が指定した範囲より外に出ればいいと思った。

 クライン様も簡単な魔法で足止めするだけだから。



 結果、私はなんにもできずに吹っ飛ばされただけだった。


 ボム系の魔法は習っていた。ファイアー、ウォーター、ウインドー等々。


 クライン様はそれを応用して風を起こさずに私のまわりにある空気を破裂させたのだ。

 ただ吹っ飛ばされて気が付いたら医務室だった。



 後で聞いたら私だけでなく周りのみんなも吹っ飛んだそうだった。


「失敬、思ったより威力があったようだ」

 とおっしゃったそうな。

 意識がなくなったので聞いてないけど。



 失神して逃げることが出来なかったので、私の攻撃魔法の試験は0点だ。

 ただ相手が悪すぎたということで合格にはしてもらえるそうだ。


 医務室には授業後に騎士学部の鍛錬のないジョシュが付いていてくれていた。

「びっくりしたね。僕もあんな魔法初めて見たよ」

 いや、慰めになりません。



「私、1位陥落かも」

「うーん、他の試験で手を抜いてるとは考えられないからね。でも大丈夫だよ」

「何が?」

「クライン様なら奨学金の権利を放棄するからさ」

 高貴なるものの義務ノブレス・オブリージュですか。そういう問題じゃないです。


「何にも出来なくて悔しいよ」

「まぁまぁ、エリーが頑張っているのは先生方もわかっているさ」

「そういうことじゃないよ」

「それでさ、エリーが目を覚ましたら執務室に来るようにってさ。謝罪でもあるんじゃない?」

「試験だから謝ってもらう必要なんてないけど」

「従者なんだから行かないとね」


 わかってますよーだ。でも行きたくなーい!



「そういえばマリウスとアシュリーが騎士学部の人とダンジョン行くそうなの。

ジョシュはどうするの?」

「僕は予定通り、エリーたちと行くよ」

「やっぱり行くんだ」

 ジョシュの志望する文官学部では攻略する必要がない。だから、危険なダンジョンにわざわざ行かなくてもいいのだ。


「エリーのパーティーより安全なところはないよ。ドラゴ君はケルベロス倒せるんだから」

 まぁそうなんだけどね。


「学生の間にいろいろ経験を積んでおきたいんだ。エリーの卵が孵化したらパーティー枠がいっぱいになるだろ。だからその前に行っておきたい」

「幼い間は連れて行かないからそれまでならいいよ」

 その間はモリーとお留守番してもらおうと思っている。


 あの子をあまりにも卵のままで長く待たせ過ぎたので、この春休みの間に孵化させることにした。

 学校にいなければ、クライン様の仕事はしなくてもいいしね。



 医務室から出てジョシュと別れてから、私はクライン様の執務室に向かった。

 気が重いけどさっさと済ませよう。



 入室が許されて入っていくと、モリーが飛んできて私に治癒魔法を掛けてくれた。

 もう大丈夫だよ。心配してくれてたんだね。

 私がモリーを撫でるとモリーは私の左袖に入ってしまった。



 それを見たクライン様からいつもの冷静な声がかかった。

「もういいのかな?」

「はい……、おかげ様で」

「実は昨日、グロウブナー公爵家で会食があった」

 ? それがなにか?


「そこには私とクリスのほかに、司祭であるオスカー殿とレオンハルト殿がいた。

オスカー殿は教会に入っているがグロウブナー公爵家の第二継承者でクリスの叔父にあたるお方だ」

 あっ、ヤバいです。


「レオンハルト殿から、ソルを寄こしてくれたことに大変丁重なお礼を言われたよ。私は全く聞いていないのだがどういうことかな?」

 ああ、やっぱり。


 しまった。あの手紙にクライン様には内緒だと書くべきだった。

 あとは私にタリスマンを返していただくだけだと思っていたのに。



「ソルに聞いても、エリーと内緒って約束したとしか言わない。私はソルの言葉を命令で捻じ曲げるつもりはない。だから君に聞いている」


 エイントホーフェン伯爵夫人の教育のおかげで顔に汗はかきませんが、体中から汗が噴き出ているような気がします。

 非常に怖いです。


 結局、乙女ゲームのことは伏せて真相を吐くしかなかった。



「なるほど、人助けということか」

「はい、申し訳ございませんでした」

「ソルと仲良くするのはいい。だがソルは私の従魔だと皆が知っている。

 ソルが動けば私が動いていると見なされる。

 レオンハルト殿は私心のないお人だ。だが他のものがそうとは限らない」

「本当に申し訳ありませんでした」

「これは貸しにしておく」

「……はい」

 ううう、やっぱりこういうことになるのね。



「では手を出し給え」

 えっ、まさか鞭打たれるんですか?

 でも勝手にソルちゃんを使ったし、それぐらいされても文句は言えない。


 それで私は頭を下げたまま両手を差し出した。


 すると手のひらに何かを置かれただけだった。

 顔をあげると、例のタリスマンだ。



「私のものだと言ったら、レオンハルト殿が納得していた。

 首に掛けただけで呪いが吹き飛ぶタリスマンなど聞いたこともないからだ」

「そんなにすごかったのですか……」

「国一番の祓魔士ふつましであるオスカー殿でも犯人の女から呪いを取るのは難しく、外に瘴気が出ないように体の中に封じ込めただけだそうだ。誰かの命が失われるまで呪いの解除ができないようにされていたらしい」

「そんな恐ろしい呪いだったのですか?」

「そうだ」



 もしかして私はすごく危険なことをしたのかもしれない。



「その女が死ぬことで呪いは解除できるそうだ。だがこれほどの呪魔法ができるのは熟練した呪殺士か魔族だろう」

「そんな!ウチは関係ありません」

「女は暗殺ギルドに頼んだという。繋ぎの方法も聞いたがもぬけの殻だった」


 そんな……、また『常闇の炎』が疑われてしまうの?



「とにかく君は独自の判断で危険なことに首を突っ込み過ぎる。

ユナ君の心制御といい、今回の呪いの件もそうだ。とにかく大人しくしていなさい。

それから何かあったら私に相談すること。勝手な真似をされると迷惑だ」

「はい……」


 クライン様のおっしゃる通りだ。

 私が行動ことをすることで、『常闇の炎』に疑惑がかかるかもしれないなんて。

 もちろんクライン様にも迷惑をかけた。

 私は頭を下げた。



「私がなぜ君を従者にしているかわかるか?」

「あの、私を暗殺ギルドや苛めから守る……ためですか?」

「そうだ。それ以外にも君の名誉の回復のためでもある」

「名誉の回復……」

「私と君の仲が噂されたことが原因だから、私が君の名誉を保証してもなにも効果はない。だが私の元で卒業まで仕えてくれたら、父が君の人格と名誉を保証することになっている」


 これってそのためだったの?



「現近習である父の保証を否定することは誰にもできない。王でさえもだ。

 これ以上の保証はないのだ。だが君が勝手な真似ばかりすると従者として置いておくこともままならない」

「はい……」



「君にはお付き合いしている人がいるそうだね」

 私は思わず顔をあげてしまった。


「あの……」

「ロバート・ディクスンほどの有名人と出歩いて目立っていないと思っていたのか?」

「お、お付き合いというほどでは。まだ友人です」

 大体、私まだ11歳です。


「まだ、ね」

 クライン様は小さく笑った。



「ディクスンと結婚するには今の君の評判では絶対に無理だ。

 今君は私の次のターゲットをディクスンにしたと言われているのだ。

 だから私の父の保証が必要なのだ。

 これ以上噛み砕いて言わないといけないかな?」

「よく、わかりました」

「では新学期からも仕事に励んでくれたまえ」

 それで私は執務室から下がらされた。



 部屋を出る前にダイナー様から、

「トールセン、リカルド様は温情を持って君に接している。誤解しないように」

「はい……」

「好きな人と一緒になれるといいな」

 そう言ってドアを開けて送り出してくれた。



 やはり、クライン様絡みは簡単にいかないようです。

 でも私とロブのことがそれほどまで噂になっているなんて!

 魔族に対する悪い印象も深まってしまったし、どうすればいいんだろう。



 ヴェルシア様、どうかよき道へ私をお導きくださいませ。

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