第236話 本気の創作


 さてドレスのデザインは決まった。



 学校の勉強をしつつ、リアの染色工場に行ってグラデーションの仕方を習う。

 先生はリアだ。


 職人の方々は今は注文が殺到しているから教えてもらえなかった。

 リアもするんんだけど、お手伝い程度なのだそうだ。

 もちろん、彼女の家業だから報酬も出しました。



「グラデーション染めは手間がかかるけどできるわよ。染めたいところを染料の濃度を変えて浸していくだけよ。何度も洗って乾かして、今度は薄い色を残したいところは染めないでを繰り返すの」

 それで木綿のハンカチで試してみる。

 3段階くらいでやった。

 色数が少ないのでちょっとぱっきり変化がついちゃったけど出来た。

 もっと色数と段階を入れればよいのだ。



 布はクランの裁縫室のストックを分けてもらうことにした。

「染色して刺繍ね。なら織り柄がないものがいいワネ。厚すぎるのはいけないワ」

「基本はシルクジョーゼット使いたいです。いいでしょうか?」

「もちろん、構わないワヨ」

 ビアンカさんは私に頑張んなさいと頭を撫でてくれた。



 それからの私は本当に集中した。


 まずは染色。

 私が熱中しすぎてときどきドラゴ君にベッドに入れられてしまうけど、何度か練習していくうちにかなりうまくなった。

 これはスキルになったんじゃないかな?



 次に布を裁断をする前に刺繍を施す。

 刺繍をすると布が縫い縮んでしまうので、サイズが狂ってしまうからだ。

 ターシャさんほどとはいかないけれど、出来るだけ繊細な図案を考えて刺した。


 あと胸元だ。

 デザイン画ではビアンカさんに描き方を教わったせいか、つい胸があるように描いてしまったがソフィアは11歳でほんのり大きくなりかけているくらいだ。

 だから胸元にギャザーを施すことですこしボリュームアップする。

 少し透ける布なので下の布に刺繍をして華やかさをさらに出す。この刺繍を全体に散らしながらカットワーク刺繍につなげていく。


 これも根を詰めすぎちゃって、ドラゴ君に途中でベッドに放り込まれるけど、出来る限り刺す。



 前からのデザインがシンプルなので、後ろに少し布を引くようにして胸下のテープとつながった大きめのリボンをアクセントにする。



「あんまり頑張りすぎないで。倒れたら元も子もないんだから」

 モカが私を気遣ってお茶を入れてくれる。

「うん、でも資格が取れようと取れなかろうと、ソフィアにあげたいのよ。

 あの殺風景な部屋にソフィアが少しでも好きって思えるものを置いてあげたいの。

 義務から着飾るんじゃなくて、おしゃれしたいって思ってほしいの」


 私がそういうとみんなしょうがないなぁって顔をしたけど、頑張れと言うようにモカは背中を叩いてくれた。



 この間はロブとは会えなかった。

 従魔たちには会いに行っていいと言ったが、みんな私から離れなかった。

 シーラちゃんがかわいそうだったが、レターバードの代わりにドラゴ君が手紙を持って行ってくれたので少しは会えたんだと思う。

 応援しているという返事がすごくうれしかった。



 この間に従者の仕事もし、試験勉強もし、と目まぐるしくていろんなことが考えられなかった。


 ソフィアにもう一度来てもらって試作の仮縫いに付き合ってもらう。

 安い木綿地で試作は何度もしてデザインを確認したが、本人にピッタリ合わせるためには仮縫いが必要だ。

「エリー、すごく嬉しいけど無理だけはしないでね」

 ソフィアは私の使いすぎて荒れかけた手をそっと治癒してくれた。


 ソフィアは教会の仕事以外ではめったに治癒しない。

 1人やると我も我もと押し寄せてきりがないからだ。

 私を思ってしてくれたのだ。

 その優しさが心に染みた。



 仮縫いしたドレスを型に本番の布を裁断するときは緊張した。

 裁断に失敗したらこれまでの苦労が全部水の泡になるからだ。

 裁断が終わった後、緊張がほどけて座り込んでしまった。

 こんなに本気で何かに取り組んだことは、初めてラビットと戦ったとき以来かもしれない。


 でも戦いと違って、心が浮き立ってくる。

 私は本当にものづくりが好きなのだ。

 それはドレスでも、薬でも、パンでも、なんでもいい。

 集中して本気で取り組むことが、こんなにも自分に満足感を与えてくれるなんて知らなかった。


 スキルに頼るだけでない創作を私は初めてしているのだ。



 そしてドレスが縫いあがった後、脱力してからの記憶がない。


 目を開けるとみんなが心配そうにのぞき込んでいる。

「エリー、エリーはドレスが縫い終わったら倒れ込んだんだよ」

「ごめん、みんな。心配かけて」

「みゃみゃう!」

「うん、こんな無理もうしないよ、ミラ」


 モリーが輝いて私の体の疲れを癒してくれる。

 お風呂に入ったときみたいに温かくてゆったりとした気持ちになる。

「ありがとう、モリー」



 翌日、ドレスを箱に入れて裁縫ギルドに提出した。

 ギルマスのキャッスルさんが直接受けてくれた。


「トールセンさん、あなた隈が出てるわよ。

 まだ子供なんだからそんなに無理をしてはいけないわ」

「私生まれて初めて自分から本気で取り組んだんです。本気でやらなきゃいけないことってたくさんあったけど、これまではずっと受け身だったんです。

 そしたら体の奥から力が湧いてきて、まだ出来る、まだやれるって頑張っちゃうんです」

「確かにわたくしもそういう経験がありますね。

わたくしは裁縫が好きだったから、デビュタントのドレスを自分で仕立てたのです。婚約者候補だった夫がかわいいとほめてくれて、それは嬉しかったわ」

 うふふ、素敵な思い出だなぁ。



 私も2年後にはデビュタントに出る。

 その時ロブ、一緒に踊ってくれるかなぁ。

 あっ、でも私はあんまり成長が出来ないんだった。

 きっとすごい身長差になっているだろう……。


 いや、先のことはその時考えよう。



 ヴェルシアさま、なんとか完成いたしました。

 どうかソフィアが気に入ってくれますように。






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