第216話 商売の裏側


「でも今回の一件で、あの時買った卵が授業で使わなくてよくなっちゃたから、いつ孵すか悩んでるの。ロブも卵用意してたんでしょ?」


 すると、ロブはちょっとソワソワとしたが何かを決めたのか口を開いた。

「いや、俺は卵を用意しなかった」

「えっ、魔法学校全生徒って話だったよね?」



「実はさ、俺たち魔獣商にとってはミューレン侯爵令嬢の件は面倒だけど、渡りに船だったんだ。

 こんなバカげた国の方針に見合った卵を用意できないからな。

 この方針を打ち出した教育長の貴族は卵のことなんか何にも知らないからこんな無理な話を推し進めたんだ。

 だいたい使い魔を使いこなせるレベルの魔法士に育つ奴なんて一握りだ。

 その中でも戦争で役に立つ戦闘従魔なんかもっとごく一部だ。

 元々無理な話だったんだよ」


「えっ、それじゃあ」

「悪ぃ、お前のことカモったんだよ。

 もちろん卵の質は俺が言う通り悪くない。すごくお買い得だったんだ。

 でもこの方針を撤廃するように魔獣商と従魔ギルドは動いてたんだよ。

 だから俺は魔獣の卵が必要なくなることを知っていた」


 ええっ! なんですと?

 そんなひどいです!



「非正規の卵はそのいい言い訳になったんだ。

 卵の出所を探すためにすぐ卵の回収と返金に応じ、調査に時間がかかると奏上してこの教育方針を撤廃させたんだ。

 卵の値段を釣り上げたのも一般客にあまり購入させないためだ。

 学院にしか売らなかったのもな。

 セードンの市場が静かだったのも実はその情報をみんな知ってて静観してたからなんだ」

「そ、そんなぁ」


「俺もお前とこんなに仲良くなるなんて思ってなかったし、おっちゃんだってまだ決まってなかったから卵はいらないってお前に言えなかったんだよ。

 おっちゃんは古参の魔獣商で立場があるからな。

 俺に任せたのは俺がそうかもしれないって言うのを期待してたんだ。

 俺もお前があの卵をすぐに気に入って買ってしまうなんて思わなかったし」

 だから最低価格にしたんだとロブは付け加えた。


「もし卵が要らないんならおれが金貨16枚で引き取ってやるよ。

 おっちゃんのところに返してもいいし、俺がよそで売ってもいい」

「もういいよ……。あの子はウチの子だから」

 ガッカリです。ロブは私をカモにしないっていったのに。



「悪かったって。でもあの卵は本当の掘り出し物だぞ」

「わかってるよ。でもそれならどうして食事に誘ってくれたの?」

「まぁ卵の買いっぷりがよかったのと、エヴァンズの状況が知りたかったから」

 なるほど、下心あったんだね。


「でもシーラがお前とドラゴのことをこんなに気に入るとは思わなかったんだ。

 俺もお前のこと面白いから気に入ったし。

 言っとくけど俺は普段なら絶対に商売の裏は明かさないんだぞ。

 お前には悪いことしたと思ったし、弁償も出来るから傷が深くならないうちに打ち明けることにしたんだ」


「……もう私を騙さないって約束してくれる?」

「商売上の利益のために騙したりはしない。

 でも全く嘘はつかないって言うのは許してくれ。

 商売人は他の職業よりも他人の秘密を知る機会が多いんだ。

 知ってることを知らないと言わないといけないこともあると思う」

「……わかった」



 ああ、私はこのところ騙され過ぎだ。

 マスターにも言われたじゃないか。私はヒトをすぐに信じすぎる。

 これは私の方にも責任がある。


 結局私はロブを許すことにした。



 食事が終わってデザートになるとロブはコーヒーを頼んだ。

 私が飲んだことないというと、ロブが試しにと頼んでくれた。


 運んできた給仕の女性がシーラちゃんの大きさに驚いて少しこぼしてしまった。

 彼女が土下座して謝るので私はびっくりしてしまった。


「この程度なら気にしなくていい。火傷とかはないか?」

「あのっ、あ、ありません。申し訳ございませんっ!」

「じゃあ、下がってくれ」

 すると女性は逃げるように戻っていった。


「どうしてあんなにおびえてたの?」

「これが高価な飲み物だからさ」

「えっ?」

「南方の特別な地方でしか取れないんだ。先代勇者がどうしても飲みたいと世界中駆けずり回って探した代物で、今も冒険者たちが体を張って実を収穫するんだ」

「そんなすごい飲み物を私、頼んじゃった……。一体いくらなの?」

「俺のおごりだ。さっきの詫びだ。これでもいろいろ稼いでるんだぜ」

「魔獣商以外でも?」

「ああ、俺は商人だからな」



 どうやらロブは学生ながらもう店を持っているらしく、そこからなかなかの利益を上げてるんだそうだ。


「簡単に言えば安く仕入れて高く売ればいい。作っている職人や取ってくる冒険者たちが見出さない価値を俺が見つけて売るべきところに売るだけだ。もちろん付加価値を付けるためにいろいろやってるしな」

「へぇ、私そういうのは全然なの」


「普通はそうだろ。俺はガキの頃から物を見る目は仕込まれてるし、ヒトを見る目はシーラが嫌う奴はほぼ全員ダメだからな。どんなに優し気にしてたってわかる。

 おかげで俺も人を見る目も出来てきた」

「私は合格点?」

「シーラが膝枕してもらってるの、初めて見るからな」


 そう、今シーラちゃんは私の膝の上でお休み中なのだ。

 私のご飯が気に入ってくれたようです。



 初めてのコーヒーは苦くてちょっと酸味があったけれど、香ばしい香りが心地よかった。

 本物のミルクと砂糖を入れるとすごくおいしくて、木の実のキャラメルタルトにぴったりだった。


 確かにロブが美味しいとハマる気持ちもわかる。

 でもいくらなんだろう?

 知るのが怖いです。



 とにかく私はもうちょっと疑うこともしないといけないのかもしれない。

 この騙されっぷりは危険なくらいだわ。


 ヴェルシア様、どうか私をお導きくださいませ。





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